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森のエルフは過保護さん  作者: rurura
カララの町 《雑用編》
22/80

第22話 ほんとは怖かった

 門を出てすぐの辺りはまだ木々がそこそこ生えていました。

 林と言うには少ないけど、鳥達が困らない位にはあったのです。


 でもそれも町から離れるにつれて段々と閑散になって行ってその代わりとでも言うかの様に青々とした草が増えて来ます。

 ララの説明によるとどうやらこの辺りから“草原”と呼ばれる場所らしいのです。


 どんな場所かと言いますと、今まで薬草取りしてた『原っぱ』これは都会に住んでる方でも案外身近に有ると思います。

 要するに何も無い所に草と木がそこそこ生えてる場所です。 長年放置されたビルやらデパートやらの建設予定地とかがまさにそんな感じですね。


 で、今回サハラさん達がやってきた『草原』は日本だとあんまり見掛けないかもしれないです。

 避暑地の高原か、牧場がある様な場所が近いです。


 さらに暫く歩いて行くと、まばらだった木々も無くなって一面の草原が広がる場所にでました。

 見渡してみても草原の終りは見えず、数キロ以上は離れてるであろう彼方に山が見えるだけで後は何も無い草原です。

 今は初夏の終り頃、もうすぐ夏本番と言う事もあって草は青々と生い茂り、サハラさんの腰の高さ辺りまで成長していました。



「綺麗です~。 こんな綺麗で大きな草原は初めて見ました!」


 あんまりにも見事な緑の絨毯にサハラさんのテンションはうなぎ上りです。


「あら、そうなの?」


「うん! すっごい感動ですよ~。 でも結構草の背が高いんだね」


「まだまだ大きくなるわよ。 あとひと月もしたらサハラの背より高くなっちゃうわね」


「へぇ~、そんなに大きくなるんだ」



 と、サハラさんとララは雑談しつつ歩いてきたので狩り場に着くのに少し時間が掛かってしまいました。

 なので早速狩りを……と言いたい所ですが、今回は周りの草を刈って少しだけ開けた場所を作ってそこで狩りをします。

 ですのでその準備をするのですけど、それと同時にララは色々な注意点とか狩りの仕方をサハラさんへレクチャーもします。



「――って事でサハラ、ウサギ狩りは簡単だから落ち着いてリラックスしてやってね。 一つだけ注意するのは“真正面に立たない”って事だけよ」 


 


「わっかりました~!」


「そ、そう? じゃあ探して来るからサハラ、少し待っててね」


 なんだか調子の良いサハラさんの返事にララはそこはかとなく不安を感じますが、準備が出来たのでウサギを探し始める事にします。


 正直に言って草むらに隠れた野生のウサギをサハラさんが探したら、一匹見つけるだけで一週間は掛ってしまいそうです。

 動物を探すには経験とか勘とか、センスや狩りの知識が無いとすごく難しいですからね。


「は~い、お願いです」


 サハラさん自身もそれを自覚しているのでララに甘えます。



「大地を覆う草の精霊よ。 我は黒の森、シルフィのララエル、我が一族との契約を遂行せよ。 我が問いに答えよ」


 ララは精神を集中して精霊魔法を使います。

 魔法が発動するとすぐに数カ所が淡く緑色に光って見えました。 その場所で何か大きな生き物が動いていると言う事です。


〈今回ララが唱えた魔法は草原で生き物を探す補助魔法です。 “問いに応えよ”と言っていますが要するに草が見つけた生き物の場所を教えてくれると言う魔法なのです。 探したい生き物の大きさをイメージして発動すると大体それに近い生き物だけ探せます。 欠点は生き物以外見つけられない事と、草が生い茂ってないとダメって所ですね。 ちなみに精霊魔法の呪文は上位精霊に頼む時や自分と相性が悪い精霊ほど丁重な言い回しになります〉



 魔法で見つけた数カ所を光の大きさや動き方でウサギだろう物とそうじゃなさそうな物に分けて、その中で出来るだけ近くて位置が良いのを選び出しました。


「あれが良さそうね。 サハラ、今からこっちに追い込むからウサギが見えたら頑張って倒してね」



「ぇ……うん、頑張る」



 ララはナイフを両手で握りしめて緊張するサハラさんの姿にちょこっとだけ不安を感じつつも、ウサギを追い込む為に次の魔法を唱えました。



 ララにとってウサギ狩りは幼少の頃からやっている当たり前の作業だったのでついつい見落としちゃったのだけど、この時サハラさんはナイフを力一杯握りしめていて両手は真っ白だったし、それに何よりサハラさんは小さく震えて居たのでした。




「世界の歌を司る音の精霊よ、我が名は黒き森、シルフィのララエル。 我が一族との古の盟約に従い願いを聞き届けて頂きたい。 世界から歌を消したまえ」


 詠唱が終わるとララを一瞬だけ淡い緑の光が包み、それが消えた時にはララから発せられる音は聞こえなくなっていました。


〈自分から出る音を消す魔法です。 欠点は大きな音は消せないって所と喋ったら効力が切れるって所です。 精霊魔法は長い呪文を詠唱しなきゃならないから別の魔法を唱えようとすると音消しの魔法が切れちゃうって事ですね〉



 ララは音が消えたのを確認すると、身を屈めて出来るだけ草に隠れてまずは目標の風下に回り込みます。

 ウサギに気付かれた様子は無いので、そのまま草を揺らさない様に気をつけて近づいていきます。

 五メートル程の距離まで近づいたけどまだ見つかっていないようです。


 ここまで近づいたら今度は追い込む為にララは一気に駆け出しました。 ここでやっと相手も異変に気が付いて二本足で立ち上がってララの方向を覗いて来ます。


(やっぱり予想通りウサギね!)


 狙い通りの獲物だったのでララはそのまま追い込みを続けます。 突然の襲撃者にウサギも逃げるために急いで反対側に向かって走り出します。

 ウサギも必死に進路を変えながら逃げようとしますが、その度にララが先回りをしたり、石を目の前に投げつけたりしながら器用にサハラさんの方へウサギを誘導します。


「サハラ、もうすぐそっちに行きますよ!」



「わ……わかりました~!」


 

 ララの声の後、すぐ近くの草むらからウサギが飛び出して来ました。

 サハラさんの想像よりすごく大きかったからびっくりしてしまいます。


(ぁわゎゎゎ! 大きいです! な……なんとかしなきゃ!)


 ピョンピョン跳ねながら目の前まで来たウサギはやっとサハラさんに気が付いて急停止しました。

 でも予想外の大きさと足の速さに焦ったサハラさんは完全に頭の中が真っ白になってしまいました。


(え……えっと、どうするんだっけ? え~っと……あ! 捕まえるんだ!)


 テンパッたサハラさんは何を思ったか、ウサギの正面に立ち塞がって両手を広げて捕まえに行ってしまいます。

 その動きに対してウサギは真っ赤な瞳でじっとサハラさんを見つめて様子を伺って居る様です。


「ウサギさんウサギさん、そのまま動かないでね~」


 そろりそろりと近寄ります、だけどこの時サハラさんは焦る余りにララが教えてくれた注意点をすっかり忘れちゃっていました。


「ッ!? サハラ! 前に立っちゃダメー!」


 ララは急いで駆け寄りながら大声で叫びます! でも時すでに遅く、後一歩でウサギに手が届く位置まで近づいたサハラさんへ目掛けて、ウサギは渾身のジャンピング頭突きを放ったのでした!



「ひゃわわ! ぎゃふす!!」


 サハラさんは大型犬サイズのウサギの頭突きを思いっきりお腹で受けてそのまま後ろにひっくり返ります。




「…………! げほっ! げふっ……ぅ……」


 お腹に強烈な打撃を受けて声が出せません。

 サハラさんは普通の女の子だったので当然お腹を本気で殴られた経験なんてありません。

 それなのに野生動物の必死の攻撃を受けたらひとたまりも無いのです。

 人生で初めて受けた攻撃の痛みと、その事実に驚いて涙がぽろぽろ出て来てしまいます。

 余りの痛さにお腹を押えてうずくまって痛みが通りすぎるのをじっと待ちます。 少し落ち着いて喋れる様にならないと魔法もままなりません。


(ぅぅぅ~、野生動物っておっかないです……。 まさかウサギがあんな強いなんて思わなかったよ~)



「きゃーー! サハラー!!」


 ララエルさん本日二度目の悲鳴です。

 走り寄ってきて、まだうずくまって「う~う~」言ってるサハラさんの横にしゃがんで背中をさすります。


「大丈夫? ぁぁぁ、どうしよう、どうしましょう!」


 ララは必死に背中を擦りながらオロオロ、オロオロしてしまいます。


(あー、どうして私は瞬間回復魔法が使えないの!? サハラが泣いちゃってるわ……何とかしなきゃ、なんとか……)


 苦しんでるサハラさんを見て“何とかしなきゃ”とは思うものの、さする以外に何も出来る事が無いので焦りばかりが募ります。





「うぐ……げほん……げふん……。 だ……ぃ……じょぶ……か……ら」


 サハラさんは、横であんまりにも狼狽えてるララが逆に心配になって何とかそれだけ伝えます。



「あぁぁ、サハラ、大丈夫? ごめんね。 私が悪かったわ、ごめんね」



 どうしてサハラさんがナイフを使わなかったのか……何せサハラさんは都会っ子の普通の女の子です。 料理すらほとんどした事無いのに、いきなり生きたウサギをナイフで殺せと言われても無理なのです。 しかも大型犬サイズだし。

 それでも加工済みの食材から段々と慣れて行けば、そのうち大丈夫になるかもしれないですけど……いきなりは無理ですよね。


 じゃあなんでこの依頼を受けたのかと言うと、最大の理由は“ララが期待してくれたのが嬉しかったから”ついつい深く考えずに受けちゃっただけなのです。

 いざ狩る! となったら突然現実に気が付いて焦ったのですけどもう後の祭り、殺す事は出来ないから何とかしようと思って捕まえに行って反撃を受けちゃったって事ですね。



 暫くララに背中をさすって貰ったら何とか痛みも治まってきました。


「ぅ~……ララ、もう大丈夫、回復魔法使うね」


 それでもララは「大丈夫? 無理しないでね?」と言いながらそのまま背中をさすり続けます。



「【回復Ⅰ】」



 サハラさんが唱えると何とか魔法が発動して体全体に淡い雪の様な光が降り注ぎ、あっという間に痛みが消えていきました。

 回復魔法、便利です。

 だけど今回は魔力をちょっといっぱい使ったみたいで、サハラさんは何とも言えない不快な疲労を感じました。 精神的な疲れに近いですけどちょっと違う、なんだか良く分らない不思議な疲労感なのです。



「あ~痛かったです~。 ララ、もう大丈夫だよ~、心配かけてごめんね」


 まだちょっと涙目だけど、サハラさんは心配してくれているララに笑顔で言いました。

 

「サハラ! 良かった……大丈夫?」


「大丈夫だよ~。 だけどごめんなさい……捕まえるの失敗しちゃった」


 サハラさんは「ごめんね」と、申し訳無さそうに俯きます。



「そ……そんなの気にしないで! 次はもう動けないって位疲れさせてから連れてくるから! 今のは私が全部悪かったのよ!」



「違うの、ごめんララ。 僕気が付いちゃったのです」


 いざナイフでウサギを狩るんだと思ったら怖くて震えた事、ウサギが目の前に来ても決断出来なかった事、そして攻撃された事が怖かった事。



「ララ……ごめんね」


 サハラさんは俯いたまま呟きました。




「あ……えっと……うん、大丈夫よ! と……とりあえず今日は帰りましょう! そうしましょう」


 実のところ幼い頃から日常的に狩りをして来たララにはサハラさんの悩みのほんとの所がいまいち分かりませんでした。


 それでもサハラさんが酷く落ち込んでる事は痛い程分かるので、クエストを中断して今日は帰る事にしたのでした。








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