第14話 道具屋での出会い
「行っちゃっいました。 う~ん、それにしてもララは心配性です。 僕だって一人で大丈夫なのにね」
やれやれ困った物です。 と、ちょっと呆れます。
(さてと、今日はどうしようかな。 依頼は受けないって約束しちゃったしね)
「う~ん…………そうだ! 前から櫛が欲しかったんでした。 よし、今日は櫛を買いに行きましょう」
(ついでに町の散策もしてきましょう。 ふふふ~ん、何だかテンションも上がってきました!)
そうと決まれば善は急げです。
サハラさんはさっそくお財布をベッドの横にある棚から取り出して所持金を確認します。 〈財布と言ってもようするに巾着袋なのですけどね〉
ベッドの上にひっくり返して数えてみると、銅貨が三十七枚ありました。
ただ、正直お金の価値はサハラさんが聞こうとしても、ララが毎回はぐらかしちゃって中々教えてくれないので、いまだに全然分りません。
それでもサハラさんが毎日生活費として払っている銅貨五~六枚は全然足りていないんだろうな~、くらいには感じているのです。
「何はともあれ準備準備~っと、帽子かぶって、お財布持って~、杖は……要らないかな。 よし、完璧です」
いつでも何処でも戦える体制を整えてこそ一人前の冒険者と言えるのですが……サハラさんは普通に武器である杖を置いていく事にしちゃいました。
それはそれとして、鏡の前に移動して身嗜みのチェックです。 キョロキョロキョロっと見回して…………OK!
(ささ、それじゃ~お出かけしましょうか!)
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意気揚々とサハラさんは部屋を出て廊下を歩き、突き当たりに有る階段を降ります。
降りた先は宿の食堂なのですが、まだ朝食の時間が終わったばかりなのでお客さんは居ない様です。
その代わりと言いますか、奥の厨房で店主さんが後片付けと昼の下準備をしていたのでサハラさんは通り過ぎざまに「買い物にいってきま~す」と挨拶しました。
「おう! なんだ、今日は一人なのか? 気をつけろよ! それと部屋にはちゃんと鍵掛けてけよ!」
と、威勢良く返事を返してくれます。
(ふふふ、鍵? この僕がそんな幼稚なミスをする訳が無いじゃ無いですか。 現にこのポケットに鍵が入って…………あ! 忘れてました!!)
結局サハラさんは慌てて部屋に戻るのでした。
ナイス店主さん!
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出足から危ない所でしたが気を取り直してお出かけです。
まずは櫛を買いに商店街へ向かう事にします。
とは言っても、サハラさんは商店街が何処にあるのか知らないので適当に歩いて行くだけですけどね。
「う~ん、何処かな~? お、あれは武器屋さんですね! あっちは防具屋さんかな? さすが冒険者向けの地区です。 後で暇があったら武器屋を覗いて見るのも良さそうかも」
(あれ? そう言えば櫛って何処で売ってるのかな? デパートなんて無いしな~、元の世界ならコンビニとかホームセンターとかどこでも売ってるのにね。 困ったね~。 あ、道具屋さんとか万屋さんってのに売ってそうですね! それを探しましょう~)
「って考えたそばからナイスです! 冒険者向けっぽいですけど道具屋さん発見です。 え~と、ヘビが笑ってる看板ですか……。 行ってみよっと」
全然この世界の常識が分からないのでサハラさんはとりあえず手近な店から調べて見る事にするのでした。
※ ※ ※
冒険者向けの道具屋さんなのでやっぱり入り口はウエスタンドアです。 ですがこのお店はドアを開けると連動して鈴が鳴る様になってました。
“チリンチリーン”と風鈴の様な良い音が鳴りました。
店内は意外と広いようで、コンビニ四~五件分位のスペースがあるようです。
そして棚には所狭しと、だけど綺麗に商品が並べられています。
「いらっしゃいませー、ってあれ? お嬢ちゃんどうしたの、お使い?」
サハラさんが店内に入ると丁度すぐ近くの棚に商品の補充をしていた、エプロンを着た喫茶店の店員風な格好をしたお姉さんが、ちょっと気怠げなイントネーションで話しかけてきてくれました。
たぶん二十代後半くらいでディープグリーンのウェーブ掛かったロングな髪と同じ色の瞳なお姉さんです。
「こんにちは~、ってお使いじゃ無いのです! 実は櫛を探してるんですけどここのお店には置いてありますか~?」
お使いと間違えるなんて若干失礼ですけど、こっちを気に掛けてくれるし良い人っぽいのでサハラさんは捜し物を聞いてみる事にしました。
それに、お姉さんとしてもサハラさんは滅多に来ない様な可愛いお客さんだったので、ちょっとだけやる気をだしてサハラさんの方へ振り向いて対応する事にしました。
「櫛ね。 髪を梳かすやつだよね? あるわよ、おいで」
そう言って店の奥に移動しながらサハラさんを手招きします。
が、正直サハラさんはもはやそれどころでは無い事に気が付いてしまいテンションうなぎ上りで上がっちゃってたりします。
お姉さんは“だぼっ”とした服を着ていたので動き出すまで気が付きませんでしたが、なんと! 足の代わりにヘビの胴体が付いていました。
にょろにょろにょろっと歩い(?)て行くお姉さんについつい我慢出来ずに――
「お、お姉さんはラミアさんだったんですか!?」
そう、そうなのです! なんとお姉さんはラミアさんだったのです!!
もうサハラさん、興味津々、目もキラキラです。
そんなサハラさんの突然の反応にお姉さんもびっくりです。
「え、ええ……。 そ、そんなに一杯居るって訳でも無いけど、そこまで驚く程珍しいって訳でもないと思うんだけど?」
実を言うとこの時お姉さんは、ラミア族は一部の人達からは凄く気持ち悪がられて嫌われてたりするので、ちょっとそう言った不安が頭をよぎって警戒しそうになりましたが、サハラさんの何だかすっごくキラキラした期待に満ちた目にすぐにその不安を捨て去りました。
「え、そうなんですか? 僕は初めて見ました! 綺麗です。 触っちゃダメですか?」
「う、うん。 触るの? 駄目って訳でもないけど……お嬢ちゃんが男だったら今のセクハラ発言よ……」
女性に初対面でいきなり足触らせてって言ったらどうなるか……ですね。
「う、ごめんなさい。 はしゃぎすぎました、今日は諦めておきます。 あ、そうだ。 名前聞いても良いですか!? 僕はサハラって言います」
反省しているようでしていないサハラさん、まったくめげずに今度は名前を聞きにかかります。
「まったく……しょうがないわね。 あたしはクロエよ、よろしくねサハラちゃん」
もー、困った子ねぇ。なんて思いながらもお姉さんはついついサハラさんのペースに乗せられてしまっています。
「クロエさん……じゃあクロ姉ですね! よろしくです」
「ちょ! クロ姉って……まあ良いか。 で、櫛どうするの? もう要らないの?」
「いります、いります! 危うく忘れる所でした。 お姉さんの魅力恐るべしです」
「あはは! 何言ってるのさ。 バカ言ってないでこっちきなさいな」
楽しそうに笑いながらクロ姉は櫛のある棚に案内してくれます。
でもサハラさんは見てしまいました。 ……お姉さんの舌が先割れの可愛いヘビ舌だった事を!!
ちなみにクロ姉は瞳孔も縦割れです。
「ところでサハラちゃんは冒険者なの?」
「ですよ~。 じゃじゃ~ん♪ 見て下さい、これがライセンスです」
クロ姉に聞かれてサハラさんは自慢げにギルドライセンスを見せつけます。 真っ白の。
「へぇ、ローブとお揃いのライセンスね……。 まぁ、町専なら問題無いか。 じゃ、櫛はここにあるからさ、好きに手に取って見て良いよ。 あたしはその辺に居るから気に入ったのがあったら言ってよ」
※町専:町の中の雑用依頼専門の冒険者の事です。 いわゆる何でも屋です※
「ありがとうございます」
(さてさて、予想外な事に気を取られましたが櫛も重要です。 思ったより一杯置いてあるけど、どれが良いかな~っと)
・・・・・・
サハラさんが真剣にあれやこれやと櫛を手に持って悩み始めたのを見てクロ姉はやっと自分の仕事に戻れます。
(ふぅ、何だか嵐のような子ね。 面白いし可愛いから常連になってくれれば良いのだけれどね)
そんな風に考えながら、結局近くの棚で商品の整理をする振りをしながらクロ姉はサハラさんを気に掛けます。
だって商品の整理なんていつでも出来るけど、面白可愛いお客さんは滅多に来ないですからね。
いえ、むしろこんな冒険者向けの店に可愛いお客さんなんて来ないですからね!
仕事なんてしてる場合では無いのです。
そんな訳でクロ姉さんはサハラさんをちらっと覗いて見ます。
サハラさんは今度は櫛選びに夢中になっています。
(可愛いわね~。 一緒に選んであげれば良かったわね。 惜しい事をしたわ)
なんて考えて居たらサハラさんがシンプルな木の櫛一つとちょっとお洒落な真鍮の櫛を二つ持って来ました。
「クロ姉さ~ん、この櫛ってお幾ら位するのですか~?」
「どれどれ、えーと。 こっちの木の櫛が銅貨四枚で、そっちの真鍮のが右のが三十二枚で左が四十四枚ね」
「そっか~、四十四枚か~。 ありがと~」
そう言ってサハラさんはまた棚に戻って悩みだします。
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それから暫くの間サハラさんは悩んでからどれにするか決めました。
「クロ姉さん、さっきの木の櫛と三十二枚の方の櫛にします!」
「そう。 じゃあ二つで銅貨三十六枚よ」
「はい、これでお願いします」
サハラさんはお財布からジャラジャラっと銅貨を三十六枚出してクロ姉に手渡します。
「うん、そうね。 サハラちゃんはお嬢様育ちって事が分かったわ」
クロ姉はまさかサハラさんが値切りもしないでそのままお金を出すなんて思ってなかったので驚いてしまいます。
何となく言葉使いや仕草で育ちが良さそうとは思っていたのでクロ姉的にサハラさんはお嬢様って勘違いをしてしまいました。
「ふふ~ん♪ さすがクロ姉です。 僕の溢れ出る気品に気付かれてしまいましたか」
何故かサハラさんも自慢げに胸を張ります。
「バカ言ってるんじゃ無いの。 しょうがないわねぇ、人生の先輩として一度だけ教えてあげるわ。 本当は言わない方が儲かったんだけどね。 いいこと? こう言った店に限らず何かを買うときはね“必ず”最低一度は値切らなきゃ駄目なのよ。 最初に言った金額は絶対に本来の値段じゃ無いからね。 はい、これ返すわ。 今回の場合、本来の値段は二つで三十枚なのよ」
クロ姉は顔の前で人差し指を立ててサハラさんへ真剣に教えてくれました。
それと同時にサハラさんから貰った銅貨の内六枚を返します。
「おぉ~、そうなんですか! 勉強になります。 クロ姉さんの事ますます大好きになりました!」
「ば、バカ! そんな事言ったってこれ以上は負けらんないわよ。 まあ、良いわ。 次来た時に覚えてたらなんかサービスしてあげるわ。 だからまた来なさいな」
クロ姉は照れてほんのり頬を赤くしてそっぽを向きながらそんな事を言います。
「分かりました。 絶対また来ます。 今日はありがとうでした~」
そう返事をして、サハラさんは道具屋さんを後にするのでした。
クロ姉さん主役の番外編を活動報告にちょこちょこっとコッソリアップ中です。




