第10話 冒険者ギルド
宿屋から通りに出ると、すぐにサハラさんはその光景に魅入られてしまいます。
まさに異世界、右を見ても左を見ても自動車なんて走ってません、自動販売機も無いです、コンビニだってありません。
かわりにあるのは石畳の通りと白い土壁の家(漆喰かな?)や石造りやレンガの家、そして空を見てみれば抜けるようなどこまでも澄んだ青い空があります!
そんな町並みを見てはしゃぎ、道行く人を見てははしゃぎ、そして店に並ぶ商品をみてまたはしゃぎます。
(サハラは何にでも感動する子ね。 もしかして市井の生活に触れた事が無いくらいのお嬢様だったのかしら?)
キョロキョロと辺りを忙しなく見て回ったり、ちょっと目を離すと走り出してしまいそうなサハラさんを見てララはそんな風に思います。
「ねえねえララ、あれって何ですか?」
ララは何かを見つけたらしいサハラさんの視線を追いかけると、店先に毛皮や肉、はたまた鉱石や武器など色々ごちゃごちゃ置いてある店が見えました。
「ああ、あれは冒険者が取ってきた素材とか道具とか買い取る店ね。 何でも買ってくれるから楽なんだけど、その分専門の店より安い値段しか付かないのが難点よ」
「へ~、そうなんだ。 あ! ララ、あそこに角が生えた人が居るよ!? あっちには尻尾がある人が居ます! 良いな~良いな~、色んな人達が居るんだね~」
「そうね。 他の国と違ってこの国は変わってるから、かなり色々な種族が自由に行き来してるわね」
「え、この国って変わってるの?」
「ええ、この国……と言うか、この大陸が変わってらしいわよ。 聞いた話だけどこの大陸は色々な種族
が居るし未探索のエリアも多いから“種族の宝庫”とか“混沌とした新天地”“最後の開拓地”って言われてるみたいね」
と、ララは説明します。 ですがそれはある意味正解ですがある意味間違ってもいます。
何故かというと、それはララが出来る限り好意的な言い回しを選んでオブラートに包んで言ったので少し実際の意味からそれてしまっているのです。
ほんとは“人種の見本市”とか“ごった煮の辺境”“未開の僻地”とバカにされていると言うのが真実なのです。
「へ~、そうなんだ! 他の大陸だとこんなに色んな人は居ないんだね~」
「所でサハラの国にはどんな種族が居たの?」
「え、僕の国ですか……ほとんど僕と同じ黒髪黒目の人ばっかりだったよ。 すご~く時々だけど、肌の色が薄い人とか濃い人を見掛けた位かな。 あ、でも結局みんな僕と同じ種族だよ」
「あら、丸耳族しか居ない国なのね。 外の国だとそう言う事もあるのかしら?」
そんな感じではしゃぐサハラさんと色々話しながらギルドへ向かいます。
暫く進むと小綺麗な商人の町という雰囲気から、荒くれ者の姿が目立つ、冒険者の町に様変わりしてきました。
通りに並ぶ建物も商館や仕入れ問屋から、酒場や武器屋などに変わっていきます。
そんな中をララは迷い無い足取りでスタスタと歩き、目的の場所に行きます。
「着いたわ。 ここが冒険者ギルド“カララ支部”よ」
そう言って指さした建物は石とレンガで作られた三階建ての立派な建物で、正面の出入り口の上には剣と金貨が象られた看板が掲げられていました。 “あのマークがギルドの印だからね”とララはサハラさんに教えて上げます。
さっそくララが入り口のドアを押し開いて中に入ります。
それに付いてサハラさんも一緒に入ると、そこは想像した通りの光景が広がっていました。
入って直ぐは大きなホールになっていて、そこには椅子とテーブルが置いてあり一見すると酒場の様にも見えます。
そして上を見れば三階まで吹き抜けで、天井には明かり取りの窓もあるので凄く開放感のある作りです。
左右の壁の方を見てみるとどちらの壁も何枚もの掲示板が掲げられていて、そこには所狭しと依頼書らしき物が張ってあり幾人かがそれを眺めて悩んでいます。
正面にはカウンターがあってどうやらそこが受付の様で数人の職員がいます。
全体的に今はあまり忙しくは無いらしくて静けさすら感じます。
そんな静かな所に、この辺りでは珍しくて滅多に見ないエルフと言う種族が冒険者ギルドに似合わない少女を連れて入ってきたので何人かが興味を持ち遠巻きに観察する様な視線を向けてきました。
ついでに言えばサハラさんの純白ローブが派手なので目立ってると言うのもあります。
「じゃあサハラ、とりあえず登録しちゃおっか」
「はい、なんだか緊張してきました」
サハラさんは慣れない観察される様な視線に居心地の悪さを感じます。
そう言った事に慣れているララは「気にしないの」とサハラさんの手を取り、暇そうな職員の受付に向かうのでした。
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このギルドには全部で十箇所の受付があるのですが、今の時間は三つだけ開けていました。
で、順にどの受付が良いか見回してみると__
一番右の受付は、キリッとしたキャリアウーマン的お姉さんが担当していて八組の人達が列を組んで順番待ちしています。
少し混み気味ですね。
《ちょこんと頭に生えた小い二本の角が素敵な山羊族さん》
真ん中の受付は、ふわっとした優しそうなお姉さんが担当して居て十四組の人達が列を組んで順番待ちしています。
かなり人気の様です。
《ふさふさ尻尾と垂れた耳が可愛い犬族さん》
一番左の受付は、ムキッとした筋肉が素敵なスキンヘッドのマッチョ中年な男の人が担当しています。
誰も並んでません……。
《顔や体の至る所にある古い傷跡が怖いどう見てもや○ざさん》
ララは特にこれと言って悩む素振りも見せずに空いている一番左の受付に向かいます。
受付の前に付くとララが話しかけるよりも前にスキンヘッドさんがギロっと睨んで話しかけてきました。
「なんだあんたらは、依頼でも出しに来たのか?」
近くでよく見てみるとそのスキンヘッドさんは右目の部分に三本の爪で掻き切られた傷跡が印象的なゴリラの様な体型をした男の人でした。
「違うわ。 この子の冒険者登録をしに来たのよ」
「あん、その嬢ちゃんがか?」
またまたギロっとした目つきで睨まれてサハラさんは正直もの凄く怖いと思ってしまいます。
「ええ、そうよ。 何か問題があるのかしら?」
「冒険者になりたいんです! 宜しくお願いします」
怖いとは思いつつも、サハラさんはにっこり微笑んでそう伝えました。
(やっぱり笑顔で挨拶っていうのは重要だよね)
「いや……問題はねえが…………じゃあこの申請書に必要事項を書いてくれ」
受付カウンターの中から一枚の紙(たぶん羊皮紙)を取り出して手渡されました。 そしてこの時サハラさんは初めて驚愕の事実に気が付きました!
「ら……ララエルさん! …………僕、字が読み書き出来ないみたいです…………」
そうなのです。 言葉が普通に通じていたので全然思い至らなかったのですが、実はここで使われているのは全然日本語じゃ無かったらしいのです。
「あら、そうなんだ。 じゃあ私が代わりに書いてあげるわね」
「ありがとう」
サハラさんは字の読み書きが出来なかった事が恥ずかしくて少し顔が赤くなってしまっています。
《でも実際にはこの世界の識字率はかなり低いので気にする事じゃなかったりします》
「えーと、名前はサハラ……種族は丸耳……じゃなくて人族っと……年齢は七歳位よね?」
ララはさらさらと紙に必要事項を記入しながらさらっと失礼な事を言いました。
「ちょ、ちょっと~! 違うし! 十三だよ~」
「………………十三歳?」
「……なあ嬢ちゃん、別に年齢制限は無えから嘘は付かなくても良いんだぞ?」
ララと一緒にスキンヘッドさんまで驚いた顔をしてさらに失礼な事を言います。
「むぅぅ、ここは怒る所です……よね?」
サハラさんは身長百四十センチ、実はこれ十三歳の日本人の平均身長からしても少し小柄な部類だったりします。 しかもここは洋風な人達や亜人達の世界、みんな結構背が高いですし顔も大人っぽい人ばかり。 さらに言えばサハラさんは丸顔丸目でかなり童顔です。 お陰で必要以上に幼く見られてしまっているのです。
「さ、サハラって十三歳だったんだ……」
ララは「信じられないわ」とか言いながら続きを用紙に記入していきます。
「次に得意な事ね。 神聖魔法で良いのよね?」
「うん、それで良いと思う」
実はこの世界で言う“神聖魔法”じゃ無いのだけど、よく分からないのでそれで良いにしちゃいます。
するとスキンヘッドさんが__
「ほぅ。 この辺りじゃ慢性的に神聖魔法使いが不足してるから腕前を上げれば嬢ちゃんも引っ張りだこになるな」
と、教えてくれます。 見た目より良い人らしいです。
ちなみにサハラさんが攻撃魔法使い風の服装なのに得意な事が攻撃魔法で無いのは、最近都市部を中心に流行ってると言うSランク冒険者のコスプレだと思って居るのであんまり気にしていません。
高ランク冒険者はいわゆる“アイドル”や“ヒーロー”なので小さい子やミーハーな子がコスプレしてても不思議じゃ無いのです。 特に冒険者を目指す様な子ならなおさらですよね。
ララは書き終わった申請書をスキンヘッドさんに渡します。
「じゃあ後は魔力適性検査だな。 嬢ちゃんは神聖魔法使いみたいだが、決まりなんで受けてきてくれ。 そこの廊下を進んで突き当たりの右側の部屋だ」
カウンター横の廊下を指差しながら説明してくれました。
適性検査は虚偽申告を見つける為でもあるので全員受ける事になっているのです。
「頑張ってね。 意外と他の魔法適性が高いかもしれないしね」
この検査は他の人が近くに居ると結果に影響しちゃうからララは一緒に行けないらしいです。
「うん、頑張ってくるね」
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仕方無いので一人でトコトコと進んで言われた部屋に入ります。
そこは小さな個室になっていて奥にお婆さんがいました。
お婆さんの前には台に乗った水鏡が置いてあります。
「ほう。 またやけに若いのがきたもんだねぇ。 まあ良いさね、さっさと水鏡の上に手をかざしな」
少し偏屈そうなお婆さんが急かすのでサハラさんは急いで近寄り手をかざします。
「そったら手にマナを集めるイメージをしな。 そうすりゃすぐに結果がわかるさね」
このお婆さんちょっと怖い、と思いつつも言われた通り手にマナを集めるイメージをします。
「はん! ダメだね! おまえさん天才的に才能無いね! 長年この仕事しとるがこんな事は初めてさね。 結果は真っ白だと伝えな!」
さあ出てった出てった! と追い払われて、あれよあれよと言う間に検査は終わってしまいました。
(天才的に才能無いって……意外と面白い事言うお婆さんだったね)
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「と、言う事らしいです」
ララとスキンヘッドさんに言われた通りに報告します。
「さ、サハラ……大丈夫だからね? 落ち込まないでよ?」
本気で哀れそうにララが慰めにサハラさんの頭を撫でます。
「そうか。 ってもあの検査は神聖魔法は調べられ無えから嬢ちゃん的にはあんまり気にする必要は無えんだけどな」
「え……そうだったんだ。 でも他の魔法に適性なくて少し残念です」
「普通は何かしら適性があるもんだけどな。 ま、とにかくこれで夕方にはギルドライセンスが発行出来るぞ。 それとお前さんらこの後なんか用事あんのか?」
「いえ、特にないわね」
スキンヘッドさんの質問にララが答えます。
「なら特別に俺が冒険者やギルドの説明をしてやるから付き合えよ。 その嬢ちゃんに死なれても寝覚めが悪りいからな」
サハラさんを見てそう言います。 やっぱり良い人らしいです。
「あ、是非聞きたいです。 お願いします」
「そうね。 私が説明するより正確だろうしその方が良いわね」
こうしてサハラさんはこの世界の冒険者の説明を受けれる事になったのでした。




