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名も無い星は宵から出る  作者: みもざちゃん


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4/4

彼女は輝かしい。

星宮宵ほしみやよい:妖艶で美しく魅力的だが、多くの男を誘惑する小悪魔な女性。色白、華奢でスタイル抜群。ボブとミニスカートが良く似合う。

夜山祥太よやましょうた:長年続いているバーのオーナーをしている若い男性。優しく内気な性格。

俺の名は夜山祥太。30歳独身。おじいちゃんの代から続いているバーを継いでかれこれもう5年になる。大学を中退してからは、何個もアルバイトをして一人暮らしで何とか生きていた。父が突然死ぬまでは。

「いらっしゃい。あれ、今日はお一人ですか?」

店を開けてすぐに入ってきたのは、常連の1人で最近還暦を迎えたばかりのレインボーばあちゃんだ。ヘアカラーが見事に虹色であることからこのあだ名がついた。彼女はいつもの真ん中の席に座って、サングラスを外しながら不機嫌そうに呟いた。

「何だい。一人じゃ悪いかい。あんなクソじじい、二度と連れてくるか。」

随分ご立腹のようだ。これはクソじじい…レインボーばあちゃんの親友、髭じいと大喧嘩をしたのだろう。

「今日もハイボールで良いですか?」

「ハイボール、ロックで。」

「…はいよ。」

喧嘩した日はいつもハイボールのロックてか。俺はすぐさま用意して、レインボーばあちゃんの前に置いた。するとその時、次々と見慣れた顔がお店に入ってきた。俺が「いらっしゃい。」と笑顔を作ると、「しょうちゃん、聞いてよ!」とりん姉が叫んだ。彼女と一緒にいるのはさや姉に、あさ姉。3人は俗に言う平成ギャルの見た目で人気キャバクラのキャバ嬢である。相変わらず派手な外見で声も大きい。りん姉は赤髪、さや姉は金髪、あさ姉は青髪。俺と常連客は裏で彼女たちのことを”信号三姉妹”と呼んでいる。

「あさちゃんがね、今日お客さんに告られたの!やばくない?」

3人はいつものように並んでカウンター席に着く。俺はりん姉の言葉に苦笑した。

「やばいの?キャバ嬢って、いつもそんな感じなんじゃ…?」

「何よ、しょうちゃん。違うのよ!ガチ告白だったの!結婚してくれって!」

今度はさや姉が高い声を上げた。俺が「それでどうしたの?」と尋ねると、彼女はあさ姉を見ながら言った。

「ちゃんと断ればいいのにさ、あさちゃん優しいから『考えとく』なんて言ったのよ。良くないって、あさちゃん。」

あさ姉は小さくため息をついた。彼女は2人と違ってショートヘアで、ずば抜けて美人だ。俺は彼女を直視して話せたことがない。俺は3人がいつも注文するカクテルを作り始めた。

「あーあ、若いって良いわ。でもね、私だって負けないわよ!」

レインボーばあちゃんがいきなり叫んだので、3人も俺も目を丸くして彼女を見た。

「びっくりした…レインボーばあちゃん、まだそんなに声出るの?まだまだ若いじゃない!」

さや姉がえくぼを作って笑うと、それにつられてりん姉とあさ姉も笑い出した。俺はあさ姉がいつもの元気を取り戻したみたいで少しホッとした。俺はレインボーばあちゃんにハイボールのおかわり、3人にはカクテルを置いてようやく椅子に腰かける。すると玄関のベルが鳴って、心地よい夜風と共に誰かが入ってきた。

「いらっしゃ…。」

俺は途中で声が出なくなってしまった。そのお客さんから目が離せなくなったのだ。

黒髪のレイヤーボブ。雪のように白い肌。吸い込まれそうな二重幅くっきりの大きな瞳。八頭身は間違いない、完璧なスタイル。首元には白いレースのチョーカー。白地に小花が散りばめられたミニワンピース。足元には白いハイヒール。肩からはベビーピンクのショルダーバックをかけている。

俺の様子に常連客のみんなも後ろを振り向く。すると、レインボーばあちゃんとりん姉が同時に叫んだ。

「めっちゃ美人なんだけど!!!」

さや姉とあさ姉も顔を合わせて唖然としている。俺が固まっていると、いつの間にかりん姉が彼女を席に案内してくれた。美女は小さく会釈して、静かに席に座った。

「あんた、どこのキャバ嬢?」

りん姉の言葉にレインボーばあちゃんが「なんてこと聞くんだい!」と一喝する。さや姉とあさ姉も美女に釘付けでばあちゃんの声は届いていない。美女の答えに俺が興味津々でいると、彼女は俺を見つめて小さく呟いた。

「ウイスキー。ロックでちょうだい。」

「あ…えっと…分かりました。」

俺は慌てて手元に目線を移した。「しょうちゃん、なんか変だよ!」とさや姉に言われたが、聞こえていないふりをする。

「それでそれで?あんた、何者?」

りん姉が懲りずに質問すると、美女はハート形の唇を揺らして言った。

「私はずっとこのバーが気になってた人間。ようやく今日ここに来れたわ。」

「そうなのかい!しょうちゃん、良かったじゃないか。」

レインボーばあちゃんがなぜか1番嬉しそうにしている。俺が手元を見ながら「ありがとうございます。」と呟くと、さや姉の「何よそれ、ちゃんとお礼しなさいよ!」という声が飛んできた。

「本当に綺麗だわ…まるで私の若いときみたいよ。」

レインボーばあちゃんの言葉にりん姉が大きく咳払いする。

「あの…お名前何て言うんですか?」

あさ姉が控えめに聞くと、みんな目を輝かせながら美女を見た。俺はようやくウイスキーを彼女の前に置いた。

「それより、みなさんのお名前は?」

美女が質問返しすると、常連たちはそれぞれあだ名で自己紹介した。その間も俺は無意識のうちに美女の様子を盗み見ていた。あさ姉を超えるこんなに美しい人は今まで見たことがなかったのだ。

美女は常連たちの話に笑顔を見せながらウイスキーを口にした。

「オーナーさんのお名前は?」

彼女に見つめられ、自分の顔が赤くなっているのを感じてしまう。

「この人はね、夜山祥太って言うの!みんなしょうちゃんって呼んであげてるの。」

りん姉が雑な説明をする。俺が「呼んであげてるって何?」とツッコむと、彼女は手を叩いて大笑いした。かなり酔っているようだ。りん姉の笑い方を見て、さや姉もあさ姉も笑い出す。

「しょうちゃん…良いわね。」

美女の上目遣いに俺の心臓は持ちそうにない。あわててビールとカクテルの準備を始める。

「だってこのバー、おじいさまの代からやってるんでしょ?凄いわね、ちゃんと継いでて。」

俺はハッとして彼女を見た。彼女は美しいだけでなく、このバーのことを調べてきたようだ。

「あ…まあ、そうです。凄くはないですけど。」

「なんで?なんでそう思うの?」

彼女の目をようやく見ると、すごく真剣な眼差しをしていた。俺が彼女の瞳に吸い込まれそうになると、レインボーばあちゃんがバン!と机を叩いた。

「あのクソじじいめー!!!」

また始まってしまった。レインボーばあちゃんは喧嘩をした日にお酒が入ると怒り狂ってしまうのだ。

「あーあ、また始まったじゃん。しょうちゃん、なんで酒飲ませたのよ?」

さや姉が頭を抱えると、りん姉とあさ姉も俺のことを睨んだ。

「申し訳ない…こうなることを忘れて出しちゃったよ。」

「今日も私たちで何とかするから、今日の分はしょうちゃんの奢りにして。よろしくね~!」

りん姉はそう言うと、酔いつぶれたレインボーばあちゃんを起こした。ばあちゃんは「あのじじい、許さねえ!」と叫びながらりん姉とさや姉に両腕を持たれている。すると、あさ姉だけが俺の元に来て、財布からお金を出した。俺は思わずそのお金を彼女に返した。

「え?良いよ、今日は奢りで…。」

「ダメだよ。このお店のために払わせて。」

彼女はそう言い捨てて、足早に店を出て行ってしまった。俺は彼女からもらったお金を貯金箱にしまい、小さくため息をついた。あさ姉にはもう全てを知られているのかもしれない。

「私がここに来たいと思った理由、分かる?」

美女の問いかけに俺はハッとした。彼女の頬はさっきよりも赤く染まっている。心臓の鼓動が一気に速くなるのを感じながら、俺はゆっくりと口を開いた。

「うーん…なんででしょうか。こんな古いバーに来たいと思うなんて、珍しいですよね。」

「正解よ。」

彼女の返答にキョトンとすると、彼女はハート形の唇を揺らした。

「古いバーだから良いのよ。入った瞬間に分かった。このお店は愛で溢れてるって。」

「愛で…溢れてる…。」

俺の頭に幼い頃の記憶が一気に蘇ってきた。


ー両親が離婚して、父さんに引き取られた俺はじいちゃんの家に来ることが多かった。じいちゃんはいつもこのバーにいて、学校から帰ってきた俺に料理を振る舞ってくれた。

「祥太。ここはな、俺の命みたいなものなんだよ。」

じいちゃんの口癖は決まってこれだった。「いのち?」と首を傾げると、じいちゃんはニコッと笑って声を張り上げる。

「つまり!ここは俺の愛が溢れてる場所なんだ。」

幼かった俺はそれを聞いてもじいちゃんの言いたいことがよく分からなかった。じいちゃんは「お前も大きくなったら分かるぞ!」と俺の小さい頭を乱暴に撫でたんだー。


ガタン!

扉が閉まる音がした。我に返ると、いつの間にかカウンター席に1万円札が置いてある。美女の姿はいつの間にかなかった。時計に目をやると、もう閉店時間を過ぎている。

扉を開けて店の看板をしまおうとすると、上から何か落ちてきた。

「いって…なんだ?」

床に落ちたものをゆっくりと拾い上げる。何やらカードのようなものだ。

「何だろう?お客様のクレジットカード?」

中に入って見てみると、それは真っ黒なカードだった。後ろを見ると、そこには白い字で筆記体の英語が書いてあった。全く読み方が分からず、スマホに頼ることにする。

「Nameless stars… appear at twilight…名も無い星は宵から出る…。」

たしかこれはことわざだ。期待しているものほど最初から現れない、そんな意味だった気がする。お客様の誰かが落としていったのかもしれない。俺は念のため忘れ物ボックスに入れておくことにした。

お店の掃除をして美女が座っていた椅子に目をやった。彼女の現実のものとは思えない美しい顔。バービー人形のような完璧なスタイル。彼女の香水の匂いがまだ残っているような気がする。また彼女が来てくれる日があるだろうか。

「でも…もうこのバーも…。」

俺はそこまで言って口を閉じた。明日もいつも通り店を開けないといけない。俺はお店を出ると、自転車にまたがった。小雨が降っているが気にしない。今の俺は雨に打たれたい気分なんだから。


「しょうちゃん!大変なの、あさ姉が…!!!」

扉が開いたかと思うと、さや姉が金髪を乱して店に入ってきた。今日店を開けてからまだ10分しか経っていないというのに、一体どうしたのだろうか。俺が目を丸くして首を傾げると、彼女の目に涙が浮かんでいるのが見えた。これはただ事じゃなさそうである。

「さや姉…?あさ姉に何があったの?」

するとさや姉の後ろからりん姉もやって来た。彼女も下を向いていて、いつもの雰囲気とは全く違った。

「…辞めちゃったの、キャバ嬢。」

りん姉がボソッと呟いた。俺はその言葉に胸をなでおろしてしまう。するとその様子に気付いたさや姉がカウンター席の机を叩いた。

「ねえ、しょうちゃん!これがどういう意味なのか分かってる?うちらはもう二度とあさ姉に会えないってことだよ?」

「え…?なんで?」

俺が目を丸くすると、今度はりん姉が口を開いた。

「私らの店のルールなの、辞めた仲間には会っちゃいけないってルール。連絡先もブロックされちゃったし、何も話せないままお別れってわけね。」

2人は力なく椅子に腰かけた。俺がカクテルを作ろうとすると、さや姉がそれを手で制する。

「今日は…テキーラにする。もう忘れたいから。」

「テキーラ?そんな強いお酒…。」

「いいからそれにして!私たちの気持ち分かってよ。」

りん姉の目にも光るものが見えた。俺は俯いたまま「ダメです。違うのを用意するよ。」と言って、店の奥に入った。それでも2人は反論してこなかった。昨日の夜から降り続いている雨で、今日は人出も少ないだろう。

「これ…あさ姉が好きだったカクテル。良かったらどうぞ。」

テキーラではなく水色が鮮やかなお酒をテーブルに置いた。2人はハッとしたように顔を上げてそのカクテルを見つめる。

するとその時、店の扉が開いて聞き馴染みのある声がした。

「すっごい雨だねえ。きっと恵みの雨だわ!」

「なんだ、レインボーばあちゃんか…。」

俺は思わずボソッと呟いてしまった。彼女は昨日と打って変わって明るい表情をしている。りん姉もさや姉も俺と同じ気持ちのようで小さく肩をすくめている。

「3人揃って浮かない顔。それでも私は気分最高!しょうちゃん、生ビールと玉子焼きよろしく!」

俺が頷いて生ビールを出すと、彼女は満足そうに笑った。俺が店の奥に入ってしばらくすると、レインボーばあちゃんの「何だって!?」という驚きの声が聞こえてきた。恐らくりん姉とさや姉から全てを聞いたのだろう。

玉子焼きをテーブルに出すと、レインボーばあちゃんの表情がさっきよりも暗くなっているのに気付いた。

「あんたたちも食べていいよ。一緒に食べよう、玉子焼き。」

彼女の優しい発言にりん姉もさや姉も涙を流した。2人ともまだ水色のカクテルには口を付けていなかった。

「あの子、良い子だったのにね。べっぴんさんだったし、控えめだけど芯の強さを感じるような…うん、素敵な女性だったよ。」

たまに良いことを言うのがレインボーばあちゃんの長所かもしれない。彼女の言葉を聞いたら、俺まで泣きそうな気持ちになる。

でも実は今日俺には常連さんに伝えないといけないことがあるんだ。だからここで泣くわけにはいかない。

「しょうちゃん…このカクテル、美味しいね。」

さや姉が涙でぐしゃぐしゃになったまま言うと、りん姉も何度も頷いて涙を拭いた。レインボーばあちゃんは淋しそうな笑顔を浮かべながら生ビールを一口飲む。

俺は小さく咳払いして、服のしわを伸ばした。今が伝えたいことを言うタイミングな気がしたのだ。

「あの…みなさん。みなさんに伝えないといけないことが…。」

ようやく小声で話し出すと、また店の扉が開いた。みんなで振り返ると、そこにいたのは昨日来たばかりの美女だった。俺は無意識のうちに口を閉じてしまう。

「あらあら?あなた昨日の美少女じゃない!今日も来てくれたのね!」

1番喜んでいるのはレインボーばあちゃん…いや、俺だろう。まさか絶世の美女が2日間連続でお店に来てくれるとは夢にも思っていなかったのだ。

ワンショルダーの半袖トップスにプリーツがついたミニスカート。どちらも濃い青色で揃えている。首には黒いチョーカー。足元には黒いウエスタンミドルブーツ。手には黒革のハンドバックを持っている。

「ちょっと…あんた見るとあさ姉思い出しちゃうわ。」

りん姉は机に突っ伏したが、さや姉は彼女の美貌に夢中になっている。美女は昨日と同じ席に座って、「ウイスキー、ロックで。」と凛とした声を出した。俺は体温が上昇していくのを感じながらも急いで準備した。

「なんで今日も来たの?常連客の仲間入りかしら?」

レインボーばあちゃんが美女の隣の席に座ると、彼女は首を横に振った。

「このお店がある内に来たかったの。」

「え?何言ってるの。このお店はこれからもずっとあるのよ?ね、しょうちゃん。」

りん姉が顔を上げて俺を見たので、俺の手は思わず止まってしまった。黙ったまま美女の前にウイスキーを置く。今度はさや姉が口を開いた。

「しょうちゃん?どうしたの?」

「え…?いや、あの…ちょっと眠くなっちゃって。」

下手な嘘をつくと、レインボーばあちゃんが大爆笑し始めた。りん姉とさや姉は呆れ顔で俺を見つめる。俺は胸を撫でおろしつつ、苦笑するしかなかった。

常連の3人は珍しくいつもより早い時間で帰って行った。俺と美女の2人だけの空間。彼女はウイスキーをゆっくりと味わって嗜んでいるようだった。

「あなたが作るお酒、とっても美味しいわよ。」

頬を赤く染めながら彼女が微笑んだ。俺は彼女を直視できないまま小さくお辞儀する。

「いえいえ…ありがとうございます。俺の父から教わった祖父の味です。」

「祖父の味?」

彼女が首を傾げたので、俺は遠くを見るような目になった。

「はい。このバーを作ったのは祖父で、父、俺と代々継いでるんです。自分でも祖父の味はやっぱり最高だと思います。祖父はすごく優しくて面白い人でした。それに対して父は寡黙で背中で語る人で…。」

そこまで話してようやく我に返った。俺は何をべらべら話しているのだろう。

「すみません…つい自分語りを。」

「いいわ。私、あなたに興味があるの。」

美女の予想外な発言に俺の身体は固まった。彼女は話を続ける。

「今日の夜、一緒に過ごさない?2人きりで。」

俺が目を丸くすると、彼女は立ち上がった。バックからメモ帳を出して、それから俺の手に握らせる。彼女からいい匂いがして俺の頭はボーっとしてしまう。

「この場所で待ってるわ。それじゃあまた後で。」

美女はお金を置いてそそくさとお店を去っていった。俺は右手に残されたメモを見てさらに目を丸くし、開いた口が塞がらなかった。


ようやくお店の閉店時間となった。俺は通常の1.5倍速で店の片付けと掃除を終わらせて自転車にまたがり、すぐさま彼女の待つ場所へ向かった。行ったことのない場所で、スマホで地図を見ても何度か道に迷ってしまう。

「あれ…ここ?ここって廃墟なんじゃ…。」

辿り着いたところは古いビルだった。俺が恐怖を覚えて引き返そうとすると、「こっちよ。」と声が聞こえた。意外にも近くに美女がいたのだ。

「あ…あの、ここって入って良いんですか?人気も少ないし、危ない場所なんじゃないですか?」

俺の言葉を無視して彼女は腕を掴んできた。

「ねえ…今日は朝まで一緒にいて。」

こんなことをこんな美人な人に言われて断る男がいるだろうか。俺は顔を真っ赤にしながら彼女に引っ張られてビルの中に入った。まるで肝試しをしているみたいで、俺は冷や汗をかいてしまった。彼女は慣れているのか奥にある小さな部屋に入る。

その部屋にはシングルベッド、光の灯った小さなランプ、机と椅子が1つずつしか置いていなかった。彼女は何の迷いもなくベッドに腰を掛けて脚を組んだ。彼女の完璧なスタイルに俺の理性が崩壊しそうになる。

「あなたも隣に座ってくれるかしら?話がしたいの。」

美女に言われるがままに俺は隣に腰を掛けた。雪のように白い彼女の肌、弾けるような太ももと胸元。透明感のある綺麗な瞳。俺はいつの間にか彼女のことをベッドに押し倒していた。彼女は驚きもせず、余裕な表情だ。俺は何だか悔しくなって彼女に強く口付けした。

「なんでお店…閉めるの?」

「え…?」

彼女の問いかけに俺は固まってしまった。彼女には何でもお見通しなのだろうか。

「せっかくおじいちゃんの代からやってるお店、畳む必要ないじゃない。」

横になったまま彼女が呟く。俺は顔を上げて小さくため息をついた。

「仕方がないんです。もうお店が古くて…老朽化がひどい。」

「老朽化?」

「もう良いです、その話は。今はもう良いですから。」

俺の言葉に彼女は大きく首を横に振った。

「いいえ、大事なことよ。あなたは本当はどうしたいの?」

俺は思わず黙り込んでしまった。彼女はまた話を続ける。

「あなたの心の声をちゃんと聞きなさい。」

彼女の声はいつもよりも力強かった。俺がハッとすると、彼女はゆっくりと起き上がる。

「やってみようともしないでやれないなんて決めつけちゃダメ。まずはやってみないと分からないことだってあるじゃない。最初から諦めないで。」

俺の目にいつの間にか涙が込み上げてきた。彼女は俺の横に座ったままじっと俺を見つめている。

「本当は…本当は続けたい。」

そう言いながら俺の頬に涙が伝っていった。

「俺は父ちゃんの死に目に会えなかった。大学を途中で辞めて、自分で家族との縁を切ってしまった。店を継げたのは、父が遺言に書いてくれてたからなんだ。『息子に店を継いでほしい』って。」

父さんが死んだと知った日を今でもはっきり覚えている。その頃にはもう父は小さな骨になっていたんだ。

「父さんの残したレシピを見て、必死になって勉強した。じいちゃんの味を再現するために。大学を中退してのらりくらり過ごしてた俺にとってはこんなに熱中できるものは初めてだった。はあ…あの頃大変だったな。」

「優しいのね。」

美女の言葉に俺がキョトンとすると、彼女は小さく頷いた。

「あなたの瞳は愛で溢れてる。きっと上手くいくわ。」

「…ありがとうございます。」

俺が自然とお礼を伝えると、彼女は突然立ち上がった。

「あなたの心の声を聞き逃さずにお元気で。ごきげんよう。」

「え…?ちょっと待っ…!」

彼女の腕を掴もうとしたが、彼女は風のようにその場を去ってしまった。俺も部屋を出ようとしたが、ドッと疲れが体に出てベッドに横になった。

「心の…声か。」

しばらく目を開けていたが、いつの間にか眠りについてしまった。


翌日。開店してしばらくするとレインボーばあちゃん、さや姉、りん姉がガヤガヤとお店に入ってきた。レインボーばあちゃんと2人が前よりも仲を深めているのが一目見ただけで分かる。3人ともいつもの定位置に座って話を続けている。

「いらっしゃい。」

俺が声を掛けると、さや姉がえくぼを見せてニコッと笑った。

「しょうちゃん。いつものね。今日もまたしょうちゃんに奢ってもらおっかな。」

彼女の言葉に全く笑えない俺は大きく咳払いした。3人は話を止めて俺に注目する。

「どうしたの?しょうちゃん。」

「実はみなさんに…伝えないといけないことがあるんです。」

もう俺は覚悟を決めたんだ。ポカーンと口を開けている3人を見つめ、俺はまた厳かに口を開いた。

「このお店、老朽化でもう続けられそうにないんです。だから…だから、みなさんのお金を少しだけ恵んでもらえませんか?どうか…どうかお願いします!」

「何よそれ、常連から金取るって言うの!?」

レインボーばあちゃんが怒鳴りつけてきた。俺は俯いて「そうなりますよね…。」と小さく呟いた。

「もう、しょうちゃんって本当に馬鹿よね。そんなこと頼んで、私たちを何だと思ってるの?」

りん姉もご立腹のようだ。俺はだんだん伝えてしまったことを後悔し始める。

「とっくの昔に分かってたわよ、そんなこと。」

さや姉の言葉に俺は「え!?」と大声を出す。すると、レインボーばあちゃんとりん姉がくすくす笑い出した。

「やっぱりしょうちゃんって鈍感よね。私たちに気付かれてないと思ってたんだ!」

「え…だって俺、何も言ってないじゃん。なんでそのことを…?」

俺が動揺を隠し切れないでいると、レインボーばあちゃんが肩をすくめた。

「うーん、まあ女の勘よ。しょうちゃんの元気がないように感じた日から気にしてたってわけ。だからもうお金はあるのよ。」

続けざまに衝撃的な発言をされ、俺は思わず後ろによろけた。

「知ってる?しょうちゃん。クラウドファンディングって。それ、私たちでやってたの。まあ…発案者は今はもういないあさ姉なんだけどね。」

りん姉がスマホの画面を見せてきた。俺はその画面を見てさらに目を見張る。

「え…さ、さ、3000万!?そんなに集まったの!?待って、0の数え間違いか?」

俺がまた指で数えると、さや姉が手を叩いて笑った。

「本当だって!3000万だよ。これでこのお店も全面リフォームできるでしょ?」

「みんな…本当に…本当にありがとうございます。」

自然に涙が込み上げてきて、俺は深々と頭を下げた。次から次へと涙の粒が流れてくる。

「しょうちゃん。私たちはね、このお店が大好きなんだよ。あんたのじいちゃんも父さんもいっぱい愛されてたんだよ、お客さんたちに。」

レインボーばあちゃんが今日も良いことを言った。俺が顔を上げると、さや姉とりん姉も嬉しそうに微笑んだ。

「これからもよろしく、しょうちゃん。うちらはほぼ毎日来るんだからさ。」

「そうよ、覚悟しといてね?いっぱい話すし、いっぱい飲むし、いっぱいイジッてやるんだから。」

その日俺が3人の分を奢ったことは言うまでもないだろう。閉店時間ギリギリまで彼女たちと過ごし、あっという間に時間が経った。

お店の看板を片づけていると、頭にまた何かが落ちてきた。地面を眺めると、そこには黒いカードが落ちている。俺はそれを拾って、「あ!」と声を出した。

「これって…同じカードなんじゃないか?」

俺は忘れ物ボックスから前の黒いカードを取り出した。今回のカードと見比べると、英語の形が違っているのに気付いた。すぐさまスマホを取り出して調べてみることにする。

「アイアム…ホシミヤ……ヨイ?」

その瞬間、俺はハッとした。慌てて周りを見回したが、人の気配はない。

「もしかして、この名前…。」

ふと夜空を見上げると、星が綺麗に輝いているのが見えた。あの美女のように眩しい光を放っている。俺は彼女の輝かしさを思い出しながら、独り言をつぶやいた。

「ありがとう、星宮宵さん。」


シリーズは一旦終了になります!ご愛読いただいた方々、ありがとうございました。

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