「落丁」した皇子と、記憶を上書きする観客たち
イザベラの絶叫が遠ざかり、重厚な扉が閉まる。
後に残されたのは、紅茶まみれの正装でガタガタと震えるアルフォンスと、彼を『汚物』と見なした貴族たちの、冷酷な沈黙だった。
「あ、いや……違うのだ! 私は、彼女に騙された被害者なのだ! 帝国の名誉を想えばこそ、異国の王妃を保護しようとしただけで……!」
真っ青な顔で、必死に自己弁護を並べるアルフォンス。
私は彼に向け、抜き身の剣よりも鋭い万年筆の先を、冷たく突きつけた。
「あら。仲介責任を問われる立場の方が、被害者面をなさるなんて……物語の構成がめちゃくちゃですわ。
貴方は『石ころ』を国庫に入れようとし、あまつさえその虚偽を帝国貴族全員に信じ込ませようとした。
――わかりますか?
貴方の皇子としての評価は、もはや存在しないも同然。物語で言えば、致命的な【落丁】ですわよ」
「らく、ちょう……?」
「ええ。読む価値も、残す価値もない、空白の頁ということですわ」
私の宣告が引き金となった。
それまでアルフォンスの顔色を窺っていた貴族たちが、潮が引くように彼から離れ、一斉に私とカイル様の元へ群がってきた。
「流石は公爵令嬢……! 卑劣な詐欺を一目で見抜くとは、なんと慧眼な!」
「そちらの騎士様も、威風堂々たる佇まい! ぜひ、我が家で晩餐を……!」
私は扇子をパサリと広げ、唇の両端を優雅に吊り上げた。
「おやおや。皆様、先ほどまではあちらの殿下の茶番を、随分と楽しそうに『黙認』されていましたわね。
状況が決着した途端、これほど鮮やかに『記憶の上書き保存』をなさるなんて……そのご都合主義な校閲速度、私、ついていけませんわ」
嫌味を込めて微笑むと、媚びへつらっていた貴族たちの顔が、一瞬で引きつる。
さらに、仮面を脱ぎ、圧倒的な美貌を露わにしているカイル様の気を引こうと色めき立つ令嬢たちや、彼を自陣営に取り込もうと、下品な笑みで近づく有力貴族たち。
カイル様は一歩、私の前へと踏み出した。
瞳は、帝国のどんな宝石よりも澄み渡り、そして冬の湖の如く冷ややかだった。
「……俺に触れるな。不実な言葉で、この方の頁を汚すな」
カイル様にとって、素顔を見せる価値があるのは、私ただ一人。
群がる有象無象の称賛など、彼にとっては削除すべき「ノイズ」に過ぎないのだ。
「カイル様、行きましょうか。この舞踏会、これ以上読み進めても、誤字だらけの退屈な展開しか残っておりませんわ」
「……ああ。行こう、リリアーヌ」
私は、呆然と座り込むアルフォンスを一瞥し、カイル様の差し出した手に指を重ねた。
背後では、失脚した皇子を誰が最初に「告発」して手柄にするかという、醜い内輪揉めが始まろうとしている。
私たちは、「没稿」となった会場を後にし、夜風の吹くテラスへと歩みを進めた。
本日も最後までお読みいただき、ありがとうございます!
イザベラが地下牢へデリートされた後、残されたのは「落丁皇子」と、手のひら返しが得意な貴族たち。
どんなに「記憶の上書き」をしようとも、リリアーヌ様の鋭い校閲からは逃げられません。
「もっとリリアーヌ様の毒舌が聞きたい!」「カイル様、最高!」と思ってくださった方は、ぜひ【評価】や【ブックマーク】で応援をお願いします!
皆様の応援が、リリアーヌ様の万年筆に「真実のインク」を補充する力になります。




