※注釈:優雅な潜伏生活と、不協和音のプロローグ。
窓の外は、遠く地鳴りのような怒号が響いている。
『真実を隠蔽し続けた国王を引きずり出せ!』
それは、数日前から門前を埋め尽くしている、熱に浮かされた民衆の声だ。
けれど、アストレイド公爵邸の食堂は、驚くほど静かだった。最高級の銀食器が触れ合う音と、淹れたての珈琲の香り。魔法による遮音結界は、外の醜悪なノイズを完璧に「検閲」し、ここには届かせない。
「……あら。このオムレツ、焼き加減が少し甘いですわね。まるで今の王宮の事後処理のようですわ」
私は優雅にフォークを置き、ナプキンで口元を拭った。向かいに座るカイル様は、苦笑混じりに私を見つめる。
「君は……この状況で食欲が落ちないどころか、毒舌まで冴え渡っているな。俺はまだ、自分がここに匿われていることが信じられないというのに」
「当然ですわ。カイル様は私が『校閲』した、この物語の重要人物ですもの。ゴミ箱に放り込まれた下書きのような王宮に、置いてくるはずがありませんわ」
傍らで魔導瓦版を広げていたお父様――アストレイド公爵が、顔を上げて私を見た。
「しかしリリアーヌ。あの伏魔殿と化した王宮から、よくぞカイル王子を連れ出したものだ。衛兵たちは、君が密命を帯びていると勘違いしたようだね。敬礼までして道を開けるとは」
「難しいことではありませんわ、お父様」
私はティーカップを手に取り、さらりと言ってのけた。
「踏み込んできた衛兵たちに、こう告げただけです。『これより、王家の重大な誤植(ボリス王子の不祥事)の『全文差替』に入る。邪魔をする者は、この国の歴史から一文字残らず抹消する』と。彼ら、私の剣幕に押されて、震えながらカイル様の馬車を護衛してくれましたもの」
「……さすがは我が妹だ。言葉一つで軍を動かすとは」
ヴィンセントお兄様が呆れたように、けれど誇らしげに肩をすくめる。私はふと、お父様が広げている魔導瓦版に目を落とした。そこには、王宮を包囲する民衆の惨状が映し出されている。
「それで、母上たちは……王宮に残された者たちは、どうなったのだ?」
カイル様の問いに、私の瞳が冷ややかに細まった。
「王妃イザベラ様なら、今頃は豪華な自室で、震えて夜を明かしていらっしゃるのでは?」
お父様が重々しく頷く。
「現在、ヴィクトール子爵がその混乱に乗じ、教会の不正を盾に『王政廃止』を謳っている。民衆は彼の言葉を真実だと思い込み、正義という名のインクで街を塗りつぶしているよ。我が家を囲んでいる者たちも、その一部だ」
「あら。ヴィクトール子爵……。あの成金の、文法も知らないような男が執筆者を気取っているのですか」
私は立ち上がり、窓の外――怒りに拳を振り上げている群衆の影を見据えた。
「お父様、ご安心なさい。彼らの怒りは本物ですが、その根拠が偽物です。……誰かが勝手に書き換えた、この不備だらけの『革命』というプロット。私が真っ赤に添削にして差し上げますわ」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
カイル様を救い出したリリアーヌ様。 次は、民衆を煽って「王政廃止」を目論むヴィクトール子爵がターゲットです。
どのようにして、歪んだ革命プロットを「真っ赤に添削」していくのか。
次回も、どうぞお楽しみに!




