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宇宙孤児の秘密  作者: 冴木雅行
第2章 二つの反乱
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B-15.スマート&クレバー

 マリアは、マジェッタ星系の後方補給基地に戻ってきていた。


 マリアたちは、贈収賄の証拠の収集をほとんど終えていた。トラバーツがもう少し仕事のできる人間であれば、証拠になりそうな通信文を削除するなりしたのであろうが、あろうことかトラバーツはそのPAIに送受信した通信文をすべて削除せずに置いていたのである。ご丁寧にフォルダ分けされているとジョエルが報告時に見せた複雑な表情を思い出す。確かに、こんな愚か者が自分の上官かとだったのかと考えれば、ジョエルが自嘲的になっても仕方ないだろう。


 もちろん、削除したところでAIのログが洗い出されれば、同じ結果になるだろうが、その手間が省けるのはありがたいことだった。特別でも、臨時でも、通常であっても捜査官は、収集した証拠を整理し報告書にまとめることがその仕事の半分以上を占めるのである。


 マリアは、贈収賄の嫌疑については報告書の作成を終えていた。マリアが補給基地に戻ってきたのは、残る証拠の収集もあるが、それは些事であり、もっと重要な目的があった。マリアが今回逮捕した連中は守旧派の中でも、純軍事的な実績は何もない、いわば「ただ飯喰らい」である。トラバーツは例外だが、ウェクスラ―やシャダックは組織維持そのものに問題はなかったにしろ、あまりな人選である。いくら辺境星域であるからといって、いや、辺境星域であるからこそ、惑星連盟に加入したばかりのメディット星系政府の抑えになるべき人材を振るべきなのだ。よしんば派閥に配慮した人事が仕方ないとしても、改革派から優秀な将官が来ているはずだった。


 マリアは、ジョエルが拘禁されていた病院へと急ぐ。その拘禁エリアの上の階、正真正銘のVIPエリアに、おそらくその辺りの秘密を知る人物がいる。ほとんど機能していないこの補給基地の駐留艦隊の司令である。マリアは、その人物をよく知っていた。


――カーラ・ネリ中佐、宇宙大学校時代の教官である。


「久しぶりね、フォーゲルトさん」


 マリアが病室を訪ねると、カーラは笑顔を見せた。四十路を超えているはずだが、中年女性という言葉の持つイメージがこれほど似合わない人もいないだろう。美人というのではないかもしれないが、静かな知性が全身からにじみ出ているような人だとマリアは思う。男女ともに学生からの人気が高く、ストレートの長い髪を後ろで縛るスタイルを真似る同期もいたことを思い出す。マリアが予想していたとおり、ここにいるのは仮病によるのだろう。教官時代よりも少し痩せた印象はあるが、血色が良く、生命力のあふれる笑顔である。


「教官、お久しぶりです」


 カーラは、柔らかな微笑みを浮かべてマリアを中に招く。さすがVIP用の病室である。簡易の応接セットではなく、応接用の部屋があった。おそらく、病室には事務ができるような設備もあるのだろう。マリアがソファに腰を下ろすと、柔らかく体が沈む。カーラが紅茶セットを持って入ってきた。ずいぶんと短時間だ。


「教官、私が来ることを予想されていましたね」

「どうしてそう思うの?」


 カーラはマリアの向かいのソファに腰をおろし紅茶を淹れる。その優雅な手つきをマリアは眺めた。


「おいしい紅茶を淹れるためには、かなりの時間と手間が必要です」

「なるほどね。あなたは、ちゃんと私の講義を受けていたわけね」


 カーラが担当していたのは、情報技術である。学生から人気の高いカーラの講義であるが、その内容の難しさから、工廠科の学生以外は選択を避ける学生も多かった。マリアは、専門的な内容よりもカーラの情報のとらえ方から多くを学んだ。ちなみにマリアは、この講義でショーンを初めて目にしたという意味でも恩師と言えた。


「はい。『全ては情報である』という多義的な言葉に私も衝撃を覚えました」


 カーラは笑みを深くする。


「教官、いえ、ネリ中佐。今日、私がここに来た理由ですが……」

「あなたが知りたいのは、私が職務放棄をしていた理由ね?」

「中佐は、表向き病気による療養という理由で駐留艦隊司令の職務はなさっておられないように見えます。しかし、それは計画のうちだったのだと私は考えますが」

「どうしてそう考えたの?」


 学生に質問を投げかけて考えさせるのが、カーラのスタイルだったことをマリアは思い出す。


「中佐が着任されたのは、私が着任するちょうど半年前です。惑星連盟の記録上、中佐はヴァレンヌからこの基地の交代要員を含めた5万309名を引き連れて来られたとあります。ここの交代要員が一万五千人。先日ショーン・ヒルガ大尉が率いた小艦隊が五千人。残りの一個艦隊強の人員については、ウェクスラ―少佐の執務記録には出てきませんでした。それどころか、この基地の公式記録には、中佐がヴァレンヌから率いてきたのはここの交代要員と中間基地の駐留艦隊の二万人のみだったと記録されています。もちろん、一個艦隊を失うような事故があったという記録もありません。記録上、大量行方不明事件が起きているわけですが、宇宙艦隊司令部が問題視している様子もない。そして、駐留艦隊司令は情報のプロであるネリ教官。とすれば、ウェクスラ―らに知られずに、つまり、駐留艦隊をここに駐留させないで、ここからその管理を行っていたと見るのが相当と考えます」


 カーラは真剣なまなざしでマリアを黙って見つめている。


「こうせざるを得なかったのは、『敵を欺くにはまず味方から』という兵法上の指針というよりは、『味方面した無能を信用してはいけない』という俗な格言の方が当てはまるのではないでしょうか」


 カーラは、表情に笑みを戻し、ゆっくりと口を開く。


「メディット高官の摘発とかトレンス准尉の反乱とかイレギュラーが発生してさすがに慌てたけど、大掃除を担当したのがあなたでよかったわ。本来、この星系の大掃除は、私がやるべき仕事だったのだけど、あなたのようにあの連中の摘発とメディット星系政府の影響力の排除を同時にやるには、まだ少し時間が必要だったの」

「駐留艦隊の準備が整わなかったんですね?」

「そう。それに、私だとあんなスマートなやり方はできなかったわよ」


 マリアは、カーラの称賛に思いがけず頬が熱くなった。これまで様々な称賛を受けてきたマリアが、照れるのは珍しいことだ。カーラの人柄、あるいは教育者としての才能なのかもしれない。


「そんなことはないと思います」

「いいのよ、謙遜しなくて」


 カーラは、フフフと笑ってティーカップを置く。


「話を戻しましょう。あなたの言ったとおり、私は、ウェクスラ―に知られないように3万人の人員を率いてきて、別の場所である任務に就かせていたの」

「造船設備付の艦隊基地の造営……ですか?」

「……敵にあなたほどの将官がいないことを祈るわ。ええ、そのとおりよ。どうしてそれに気づいたのか聞かせてもらえるかしら?」

「メディット星系政府の目をかいくぐって人員の大規模輸送できたのは教官が同行されたこの一回だけでした。ウェクスラ―に報告が入る定期輸送で徐々にこの星系に艦隊用の人員を来させるということは不可能ではないにしろ、手間がかかります。それよりは一気に運んだ方がいいでしょう。となれば、三万人の人員は、中間基地の駐留艦隊用の戦闘艦に乗せて来た。そうすれば、戦闘艦の中身を勝手に見る権限がないウェクスラ―には分かりません。しかし、そこまでウェクスラ―やメディット星系政府に秘匿して一個艦隊分の人員を連れてきた特別な意味が必要となります。そう考えれば自ずと答えは限られてきました」

「そうね。惑星連盟とメディット星系政府の関係を考えれば、いずれ一戦交える可能性がある。けれど、こちらから刺激をすることは避けたいが、準備も怠れない。中間基地の小艦隊程度なら刺激をすることもないだろうという妥協の裏で、参謀本部は極秘裏に本格的な艦隊基地を造営することにしたというわけ」

「では、教官が率いてこられたここの交代要員は……」

「少なくとも下士官は情報部員としての訓練を受けているわ」

「そうですか。今回の作戦に横やりが入らなかったのも、彼らの部下からの人気のなさだけだとは思えなかったので。……教官が助けてくださったのですね」

「助けたというほどのことはしていないわ。まあ、第三惑星衛星基地にあの連中がみんな漏れなく行くように手配したぐらいよ」


 作戦指揮は孤独感との戦いでもある。少なくともマリアはそう認識していた。このように自分の意図を読み取って、手助けをしてもらえるとは思ってもみなかったのだ。マリアは理解ある上司あるいは先輩という存在のありがたさを初めて身にしみて感じていた。


「それで、ヒルガくんとはどうなの?」


 突然、カーラが意地悪な目をして尋ねる。マリアは不意を突かれる。今恩を感じたばかりのマリアは、このスマートでクレバーな先輩の質問からは逃れられそうになかった。

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