B-14.戦乙女の前哨戦
《敵艦から通信です》
機械的な音声が告げる。揺れの影響がおさまり始めたころ、タイミングを見計らったかのように通信が来る。
「繋げ」
ダニエルの声に反応して、画面が変わる。画面に映ったのは、うら若き女性である。ただ、まさに戦乙女との称号よろしく、堂々とした自信あふれる表情である。なるほど、生まれ持った才覚というやつか、纏う雰囲気が駆け出しの士官のそれとは全く違うなとダニエルは思う。
『初めまして。ダニエル・ジーロ准将』
「貴殿がマリーベル・フォーゲルト中尉だな?」
『お名前を覚えていただいて、光栄です』
マリアは、形式に則り、右手を左胸に添えて礼を返す。
「やはり、貴殿にしてやられたな」
『閣下が私の排除を上申されたと聞いております』
「まあ、実現しなかった時点で、貴殿とこんな風に顔を合わせざるを得なくなっておったのかもしれんな。さて、我々の足止めをした理由を聞かせていただこうではないか」
『では、単刀直入に申し上げます。外商部局長をはじめ、マジェッタ星系駐留艦隊との贈収賄に関わった者の引渡しを要請します。リストをお送りする』
「ほう。しかし、貴殿も十分ご存じのとおり、局長は、特例外交官だ。不逮捕特権を持っている。局長以下、特例外交官の引渡しには応じられない」
『ええ。ただし、特例外交官は、我が国が特例を認めた人物に限ります。残念ながら、そのリストに記載した方々は、認容取消し処分を受けています。すでに外交ルートを通じて、メディット星系政府にも通告がなされています』
ディスプレイに、惑星連盟国務委員長の署名が入った文書が示される。日付は2日前。ちょうどマリアが拘束されたという情報がもたらされた日である。メディット星系政府もちょうど通告を受けたところだろう。
ダニエルは、リストを見る。ダニエルが国益を損ない続けていると見ていた者の名前が挙げられている。そこには、クリストファー・ラージヒルをはじめとする事務方だけでなく、自分の名前が見当たらない。
「ここに、私の名前がないが」
『ええ。贈収賄に関わった証拠がありませんでしたので、当然リストには記載しておりません』
「その言い方は、専ら贈収賄の捜査しかしていないかのようではないか」
『小官には、その権限しか与えられておりませんので』
「では、なぜ貴殿は我が国の第三惑星事務所を落としたのだ?」
『これは、異なことをおっしゃいますね。我々は貴国の外商部事務所には一切手をつけておりませんが』
「しかし、物理的な干渉がなければ、あのような……」
ダニエルはそこまで言って気づいた。自分の過ちに。第三惑星からの報告をマリアが仕組んだ罠と見抜いたまでは良かったのだが、その解釈が間違っていたのだ。ダニエルは、第三惑星周辺の電波ジャミングが消えた中であの報告がなされたことで、マリアが物理的に事務所を押さえたと考えたが、そうでなくともあの報告は可能なのだ。ジャミングではない手段で、例えば、第三惑星の宇宙通信基地を破壊するなど第三惑星事務所からの通信機能を奪いさえすれば、あとは報告を偽造すればいいだけである。その可能性が盲点になっていたのは、ダニエルが、マリアの身柄が拘束されたという情報の真実性を否定しながら、どこかでマリアを青二才となめていたということに尽きる。第二惑星事務所から外商部の幹部を退去させ、第三惑星事務所を孤立させることが目的と見抜けなかったのだ。
「貴様、謀ったな」
『まさか。驚いているのは、こちらの方です。局長以下、容疑者の引渡しをお願いしようと思っていた矢先に、第二惑星事務所は謎の爆発で破壊され、皆さんはお発ちになっておられました。逃走を図られたかと、こうして急行した次第ですのに。もちろん、閣下が犯人隠避を図ろうと、小官には閣下を逮捕する権限はございませんが』
マリアは慇懃にそう答える。
「……第三惑星の基地にいる者はどうなる?」
ダニエルは、怒りをこらえて尋ねる。罠にかかったのは確かであるが、それを指摘して怒ってもどうしようもないのだ。
『同じように、贈収賄に関与した疑いのある者を拘束し、残った方々は自由意志にお任せすることになるでしょう』
「……分かった。引き渡しに応じよう」
マリアたちはメディット星系政府の主権を侵害していないのだ。たとえ腹のうちでこの星系からメディット星系政府を排除するという目的があったとしても、表向きは法令に基づいて贈収賄の捜査をしているにすぎない。しかも、特例のついていない外交官の身柄を拘束する権限はマリアにある。ここで、ダニエルがごねれば、マリアは強制力を以て抵抗を排除するだろう。そうなれば、メディット側に分が悪い外交問題に発展する。ましてや、国益を損った者を法律違反の廉で引き渡し、信頼する者や自分の部下の安全は保証されているのだ。心情的には完敗を喫した感をぬぐえないが、徹底的に抵抗するほどではないと考えた。
こうして、マリアの思惑通り、マジェッタ星系からメディット星系政府の影響力は排除されたのである。
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第三惑星衛星基地では、ウェクスラ―少佐とシャダック上級大尉をはじめ、贈収賄に関与していた士官が拘束されていた。
特殊警備艦でウェクスラ―少佐らは意気揚々と第三惑星衛星基地に上陸した。そこに、ならず者部隊のリーダー格が出迎え、ウェクスラ―、シャダック、あのとき逃走したトラバーツの部下二人をトラバーツの部屋へと案内した。入室した彼らが、トラバーツの部屋で見たものは、応接セットに腰掛けるトラバーツだった。しかし、その姿が尋常でないことに瞬時に気づく。尋問用のバーチャルリアリティ・ヘッドセットをつけられていたのである。彼らが唖然としているところに、潜んでいたならず者部隊が銃を構えて囲み、身柄を拘束した。彼らは、心中の混乱を抑えることができず、まともに抵抗することさえできなかった。
ジョエル・ボルローが彼らに令状を示しながら、身柄拘束の理由を告げる。
「なぜだ? どうして我々が拘束をされねばならない」
ウェクスラ―が、興奮のあまり普段よりもさらに甲高い声で言う。
「今、申し上げた通りの罪状で、フォーゲルト特別捜査官の権限において私がそれを代行しました」
「そういうことを聞いているのではない! あの小娘がトラバーツに捕まったのではなかったか」
顔を真っ赤にして怒鳴るウェクスラ―。ジョエルは、脳溢血で倒れられると困ると場違いな心配をする。
「ああ、それは嘘です」
「あんだと?!」
ウェクスラ―は、呼吸が荒く、ちゃんと発音できていない。
「ですから、嘘です」
「しかし、確かにトラバーツの専用回線から報告をもらったのだぞ」
シャダックが割って入る。
「ご覧の通り、トラバーツ大尉本人からお聞きしたということになります。もちろん、拷問などはしておりません。惑星連盟にはログを公開しますので」
「無理やり聞き出さずして、そんなことは不可能だ!」
シャダックが噛みつく。
「いいえ、可能です。実際、フォーゲルト中尉は、風俗船の摘発の際にこの手法を使用しております」
そう、バーチャルリアリティは、主に尋問において精神的な拷問に使用されてきた。当然、現在は、使用の制限があり、使用した場合にログも公開する必要がある。しかし、なにも本人が嫌がるシチュエーションではなく、本人が自然と暴露するようなシチュエーションを体験させればいいのだ。今回、トラバーツには、自室で目覚めてマリアの挑発を受けた上で、犯罪で身柄拘束されて追い詰められるという状況を体験させ、バーチャルリアリティ内でトラバーツの専用回線を開かせたのである。あとは、実際にその専用回線を使用して、虚偽の情報を流した。もちろん、ならず者部隊のスパイにも対策を施している。
「いずれにせよ、あなた方にもこれから尋問を受けていただくことになります。特に、シャダック上級大尉、あなたには憲兵隊式の尋問を受けていただくことになるかと思います。覚悟してください」
ジョエルが、そのように告げると、シャダックの顔が急激に青ざめた。彼らはこの期に及んで、ようやく自分たちが罠にはまったことに気づいたのである。