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宇宙孤児の秘密  作者: 冴木雅行
第2章 二つの反乱
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B-9.天佑神助

「公益通報ですか……名ばかりの制度と思っていましたが」


 おじいちゃん准尉ことトレンスが唸る。第三惑星衛星基地の指令室のテーブルにマリア、ジョエル、トレンスの3人が座っていた。トレンスの後ろには、トレンスの部下が立っている。トレンスは控えておくよう命じたのだが、マリアが「聞いてもらった方が手っ取り早いから」と許可したのである。


「どんな形骸化した制度でも、要は使いようよ」


 マリアはこの衛星基地に向かう途中に、ジョエルから、この事案について公益通報をさせたのである。公益通報制度は、上官に不適切な行為などが見られた場合、上層部に直接通報できるものであり、主として宇宙孤児に対する不当な扱いについて、早期対処を目指したものである。建前上、宇宙孤児に対する差別が存在することを認めるわけにはいかない宇宙艦隊としては、「上官が『公益』を失する行為をした場合」というあいまいな表現でこの通報制度を創設した。いわゆる宇宙艦隊における内部告発制度であるが、その例に漏れず、形骸化しつつあった。


「確かに、士官が利用するというのは前例がないですしね」

「士官という者は、無用のトラブルを招きたくないと考える輩ばかりですしな」

ジョエルとトレンスは口々に言う。

「私たちにあの艦が与えられていたのも幸いしたわね。最新鋭の恒星間光速通信が配備されていたもの。それで、さっきトレンスに通信をする前、私あてに指令が届いたというわけ」


 マリアが手元のコンソールを操作すると、仮想ディスプレイに文字列が映る。宇宙艦隊総司令の署名入りの指令書である。


『現時点を以てマリーベル・フォーゲルト中尉を特別臨時捜査官に任ずる。期限を現時点から2カ月間とし、その間、下記公益通報の捜査に対する必要な一切の権限を与える。関係する全ての機関において、その任を妨げることのないよう宇宙艦隊総司令の指令を以て命ずる』


 その下段には、ジョエルの公益通報の内容が要約されて書かれてある。一つは、ミカイル・トラバーツ及びその部下の犯罪行為の件である。箇条書きでジョエルが挙げたミカイルらの犯罪行為や非違行為が書き連ねられている。そこまでは良い。しかし、問題は、もう一つの項目が付け加えられていたことである。


 そこには、「マジェッタ方面分艦隊とメディット星系政府との贈収賄の件」と記されていた。


「まったく、私にこの方面の大掃除をやらせるつもりだわ。人使いが荒いわよね。娘だから文句言わないと思ってんのかしら、うちの親父は」

ブツブツと宇宙艦隊参謀総長の悪口を言うマリア。マリアにかかれば、宇宙艦隊のナンバー・ツーであるカルマンも、母の尻に敷かれるしがない中年親父でしかない。マリアのつぶやく悪口の過激さに、ジョエルとトレンス、トレンスの後ろに立つ軍曹たちの顔は青ざめていた。


 マリアは、公益通報によってミカイル・トラバーツに関する捜査の権限を与えられることは予測しており、それゆえジョエルに通報させたのである。司令部も、通報者を臨時捜査官に任ずることはできないだろうと考え、マリアが通報するのを避けたのだ。マリアは、ミカイルを叩くことで、まずマジェッタ方面分艦隊の守旧派に対する揺さぶりをかけることを狙っていた。しかし、司令部は、マリアの予想を超えて、マジェッタ方面分艦隊の守旧派の摘発についてフリーハンドをマリアに与えてきたのである。


 もし、ミドリを通してショーンからの情報とアドバイスがもたらされなかったら、マリアとて、戦略的な展望もなく、強大な権限を持てあましていたに違いない。マリアはそこに思い至り、ようやく父親への理不尽な怒りは収まった。この場にいる者のカルマンのイメージは、既に地に落ちていたが。


―――――――――――――


 マリアは、あの逡巡の際、答えの出ないまま自室で考えを巡らせていると、ミドリから連絡を受けた。急いでマリアは通信機器を操作する。


『年増乙女、聞こえるか?』

「乙女は良いけど、誰が年増よ」

『いい加減、流せばどうだ』

「そんなことできるわけないでしょう。私はまだまだピチピチのうら若き乙女よ!」

『まあよい。それで……』

「流すな。こら、宇宙人」

『ショーンがお主を心配して、情報をくれたと言うのにいらないと申すのか』

「え? ショーンが? 早く教えなさい」

『友人を宇宙人呼ばわりする女には教えられぬ』

「……ごめ…って、あんた間違いなく宇宙人じゃない。それにあんた友人を年増呼ばわりするのはどうなのよ」

『チッ、引っ掛からなかったか』

「子どもみたいなことするんじゃないわよ」

『まあ、戯れだ』

「それで、ショーンは何て?」


 ミドリは、久々にまじめな口調で語り始めた。マリアは相槌をうたず、じっと聞き入る。


 ショーンは、メディット方面の補給基地でテロリストの摘発を行い、その首謀者を捕えた。首謀者は、マリアが着任する前に薬事条約違反で摘発されたメディット所属の輸送船の船長だった。ショーンによると、当然の如く簡単に口を割らなかったのだが、このテロが、本来はメディット星系政府の宙域警備隊の実力誇示のための自作自演だったこと、その証拠に首謀者が身柄拘束されると艦を自爆させる設定がなされていたこと、今後、口を割らないままだと、人格破壊レベルの刑を受けること、そうなったとしてもメディット星系に命を狙われることをショーンが淡々と告げたところ、案外あっさりとメディット星系政府の関与を認める供述を始めたという。


「ショーンの淡々とは本当に容赦ないのよね。普段の調子が優しい分、とても怖いのよ」

『知っている。私も何度淡々と諭されたか。その度に泣きそうになった。……ショーンは、場合によっては、ヴァーチャル・リアリティを用いた特別尋問を用いる予定だったらしいがな』

「その前にミドリのグッズを使うんじゃない?」

『部下の手前そうもいかんだろう』

「それはそうね。……それで?」

『ああ、そのテロリストは、あらぬことか、聞いていないのにもかかわらず、メディット政府がマジェッタ星系でやっていることを暴露したのだ』

「テロリストが開き直っちゃたわけね」

『それで、お主が赴任しておるマジェッタ星系第二惑星で、マジェッタ方面分艦隊の幹部にどんな接待をして、どんな裏取引があったのかまで詳細に語ったらしい。』

「メディット政府もずいぶんと迂闊ね」

『いや、おそらく駐留艦隊をなめてかかっていたのだ。いずれにしろ、メディット政府はショーンの艦隊とテロ艦隊との戦い介入して、首謀者を消すつもりだったんだろう』

「そして、不運なことに、ショーンの電撃的作戦でその隙も与えられなかったというわけね。さすが、ショーン。私の見こんだ男なだけはあるわね」

『そうだな、さすが私の遺伝子を共に遺すにふさわしい男だ』

「あんたどさくさにまぎれて何を言ってんのよ」

『それで……』

「話を聞きなさいよ!」

『ショーンからお主にアドバイスがあるそうだ』

「何? なんなの? 早く教えなさいよ」

『急くな。メディット政府のこの大失態は容易には取り戻せないから、これまでにない攻勢に出るはずだというのがショーンの予測だ』

「そうでしょうね。この間、政府高官が摘発されたし、もはや言い逃れができないレベルね」

『そう。惑星連盟が制裁を加え、やがて主権の制限にもっていくのは目に見えている。一連の脱法行為や謀略を政府レベルで主導していることからすれば、それをおとなしく受け入れるほどにメディット政府は成熟していないのだ』

「なるほどね。じゃあ、次は宇宙艦隊内部の亀裂を誘う策に出るというところかしらね。それで、最初の狙いが私のいるマジェッタ星系分艦隊というわけね」

『ショーンもそう言っておった』

「まあ、こんなことくらいうちの参謀室でも気づくでしょうから、好機とみて内部の掃除をしちゃうことになるかもしれないわね」

『それで、ショーンは、お主に大掃除役が回ってくるかもしれないと言っておった』

「なんでそんなことが分かるの?」

『ああ、ショーンが司令部に呼ばれておるのだ。自分がまたアイドル役をやらされるなら、現場にいるマリアに何か役が回るに違いないとな』

「そういうこと…… ひょっとしてまたショーンがグラビアやったりするのかしら」

『お主は…… 今度私が撮ったとっておきのプライベート写真を売ってやろう』

「あ、ショーンに会っても抜け駆けしないようにしなさいよ」

『……では、またな』

「待て! こら、宇宙人!」


 マリアは、先ほどまで人生で最も長い逡巡をしていたことさえ忘れ、ショーンのことを考える至福の一時を過ごした。

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