A-9.英雄というお仕事
ショーンは、自分の頬がだんだん引きつって来るのを感じる。微笑むというのは、こんなにも顔の筋肉を使うのだ。先ほどからもう何度フラッシュを浴びただろう。今度は、目が痛み出した。ショーンは現実から逃避するように、カメラという機械が、地球世代から変わらぬ形状をしているというどうでもいい知識を思い出した。
ショーンは、惑星連盟の首都機能がある主星ヴァレンヌに帰って来ていた。久々に降り立ち、重力の感覚よりもその臭いに懐かしさを感じる。宇宙空間の構造物には、作られ、管理された空気しか流れない。臭いも、主に機械類が放つ無機質な香りに支配されている。惑星に来ると、それぞれ生の空気が流れており、独特の臭いがする。ショーンは、軍の大学に入るときに、この臭いに酔い、その先の生活が思い遣られたことを思い出した。
帰星の表向きの目的は、テロリスト護送のためである。テロ行為は、惑星連盟軍と惑星連盟検察の捜査対象であり、その裁判権も惑星連盟にある。これには、いささか政治的なファクターが絡んでいる。宇宙艦隊が機能し始めると、星系政府間の直接の紛争が激減したものの、その代わりに星系政府間の紛争にテロリストが雇われ、テロの応酬で惑星数個分の人命が失われるという事態が起きたのである。この事態を受けてようやく、惑星連盟への警察権、裁判権の一部委譲を参加国が受け入れ、各星系政府の主権を制限する方向へと踏み出すこととなったのだ。したがって、テロに対する警察権、裁判権の行使は、惑星連盟にとって政治的に未だ重要なのである。
そして、もう一つの目的が作り笑顔でフラッシュを浴びることである。いわば宇宙艦隊の広告塔としての仕事があるのだ。
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上品な婦人が部屋を出ていくのを見送り、ショーンは一息ついて応接室の椅子に腰をかけた。今のは、宇宙孤児里親互助会の会頭だ。事業に成功して税金対策として慈善事業を行う者は、会談の際もすぐに俗な話題に及ぶが、今のご婦人は宇宙孤児の里親事業に熱烈たる情熱を燃やしているようだった。俗な話題よりも清々しい気持ちにはなるが、心身ともに疲労感は蓄積していた。分刻みで人と会えば、自然にそうなる。
「だいぶお疲れのようですね」
ショーンが顔を上げると、扉から顔だけだしてこちらに声をかける女性がいる。名をエリーザ・プロッティと言ったはずである。「メディニカの奇跡」の後、軍の広報を通して長時間インタビューを受けたことが2回あったが、その内の1回はこの人がインタビューワーだった。駆け出しライターであり、ざっくばらんで大ざっぱな性格に見えたが、さすがにこの若さでインタビュー権を得るだけのことはあると舌を巻いた。ツッコミは鋭く、話を引き出すのも上手かった。年齢はショーンの4つ上だったはずである。
「そりゃあ、分刻みで人と会ったり、カメラや視線を気にするなんて日常ではありませんから。ようこそ、プロッティさん。……何ですかその恰好?」
部屋に入ってきたエリーザは、その長身を白地に青のラインが入った宇宙艦隊の軍服に身を包んでいた。
「……似合います?」
「そりゃあ、お似合いですけど。コスプレですか?」
エリーザは大きな目をパチクリと瞬かせて、その後爆笑した。
「あぁ、まったく。……雇われたんですよ」
一通り笑いがおさまるとエリーザは答える。
「雇われた? 軍にですか?」
ショーンは、当り前のことを聞く。
「そうです。今は広報課勤務ですよ」
「それはまた……意外ですね」
「どうしてそう思います?」
「なんか、雇用とか似合いそうにない人だと思っていたので。それがまた、軍とは」
「まあ、利害が一致したというところです」
「はあ……」
ショーンは深く突っ込むのをためらい、そのまま流すことにした。
「改めて、よろしくお願いします。英雄ショーンのマネージャーを務めさせていただきますエリーザ・プロッティ少尉です」
「こちらこそよろしくお願いします。……マネージャー?」
「はい」
「ということは、マネージャーが必要なほど広報の仕事をさせられるっていうことですよね?」
「はい。1週間の滞在で一年分の仕事をしていただきます」
エリーザは満面の笑みで言った。あ、この人もドSだとショーンは思った。
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ショーンは、自分とはかけ離れた「英雄ショーン」なる人物が、星系間通信網を通してマスコミを賑わし、消費されている姿を外から眺めている気分だった。エリーザがマネージャーとして極めて優秀で、マスコミ対応から要人との会見まで、全てに的確なアドバイスをし、ショーンはそれにただ従っていただけである。
「『偶像の小僧』と言われても仕方ないね」
ショーンは、テレビ局から統合作戦本部ビルに向かう車中で、自分のことが書かれた女性週刊誌の記事を眺めて言う。
「アイドルは必要なんですよ。特に、暗い時代には」
隣でエリーザが、PAIを操作しながら言う。
「なるほどね。記事といえば、ミドリの記事が出てたなあ」
「ええ。私が書きました」
「へ?」
「あの『お兄さん、ありがとう』っていう記事ですよね?」
「そうだけど。……軍にいるのに?」
「ええ。それも私の仕事なんです」
ショーンは、エリーザが軍に雇用されていることに合点がいった。なるほど、宇宙艦隊広報課は、積極的な情報戦略を取っているらしい。情報統制と情報提供を巧みに組み合わせているのだろう。
ちなみに、このエリーザが書いた記事で、ミドリは、半年間のショーンとの同居生活のお陰で、心の傷が回復し、ショーンが実の兄ではないことを頭で理解できるようになったが、家族だと思っていることが紹介されている。他人が家族になれるということは、宇宙孤児の里親制度促進の政治的宣伝にもなっている。
「私のライフワークですから」
「……何が?」
「英雄ショーンの生涯を追うことです」
「追い抜いてる気がするけど」
「訂正します。ショーン・ヒルガの生涯を脚色して英雄ショーンを作ることです」
エリーザの直截的な言い方に、ショーンは乾いた笑いしか出なかった。
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車が統合作戦本部ビルに着き、VIP用の駐車場に入る。ショーンは正面玄関から未だ入ったことがない。後方勤務になればそういうこともあるだろうと思い直し、深く考えないようにした。最上階近くにある作戦会議室に向かう。今日の午後の予定は、統合作戦本部としか知らされていない。予測のつかない事態ばかりで感覚は麻痺しているが、それでもまだ弱冠23歳のショーンである。不安はつきない。
扉を開けると、目の前の円卓には錚々たる顔触れがそろっていた。
「ショーン・ヒルガ少尉、出頭しました」
ショーンは顔触れを見て気遅れをするが、礼儀通りに申告し、敬礼する。
「ようこそ、若き英雄。ショーン・ヒルガ大尉」
扉から正面に立っている総司令エルネスト・リシュパンが言う。太いが、優しい声である。
「は!……あの、私は少尉ですが?」
「ああ、辞令は既に出した。今回の2階級特進は、特例というほどではない。軍功を客観的に見れば、ちょうどいい」
「はあ……ありがとうございます」
「嬉しくないのかね?」
エルネストは笑いながら言う。
「いえ……」
「遠慮せず、言ってみなさい」
エルネストはショーンに先を促す。
「ただ、飴の後には鞭が来るのではないかと思ったのです」
エルネストは目を見開いてショーンを見た後、カルマンを見る。カルマンは肩をすくめた。その仕草はマリアに似ていた。
「……君の言うとおりだ」
エルネストは結構あっさりと、ショーンの予測を認めた。
ショーンは、上司の手前にもかかわらず自分が肩をすくめたくなったが、似合わないのでやめておくことにした。




