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宇宙孤児の秘密  作者: 冴木雅行
第2章 二つの反乱
38/55

A-8.戦の後は

不愉快な連想をさせる表現がありますので、ご注意ください。

 漆黒の宇宙空間に、艦の残骸が浮かぶ。戦艦は、標準的に考えれば、操艦に3人、補助に2人の計5名が乗艦する。300隻余りの軽戦闘艦からなるテロリストたちは1,500名以上の集団だった。おそらく、この戦闘で数百名の人命が、一瞬のうちにこの漆黒の闇に失われたと考えるべきだろう。


 ショーンは思う。失われた人命の背後には、その家族がいただろう。大量に孤児を発生させてしまったのかもしれない。家族を路頭に迷わせてしまうかもしれない。何と理由づけをしようと、軍人というのは、所詮人殺しに変わりない。


 ショーンは、救助できる者を全て救助するよう指示を送っていた。それは、作戦の現場指揮官として当然の処置である。現場には、どのような細かい情報でも、すべてを拾い上げる義務があるのだ。ただ、上がってくる報告からは、宇宙空間での戦闘の冷徹さ現場の凄惨さが垣間見える。報告は、文字と数字かもしれないが、ショーンはリアルに場面を想像できた。


「只今、帰投いたしました!」

ツェザーリが、艦橋に入ってくる。滅菌はしたのだろうが、返り血のくすんだ赤色が白兵戦用防護服のそこかしこに付着している。

「よく無事で戻った。見事だ。後片付けは私が引き受ける。まず、部下とともに休息を取りたまえ」


 ショーンはツェザーリに近づき、左肩に右手を乗せる。ツェザーリの出身宙域では、親密さを示す身体表現の一つである。


「しかし……」

ツェザーリは言う。本来生真面目な性格のツェザーリである。他の上級軍曹が多忙な時に一人休息を取るのは気が咎めるのだろう。

「一旦、専念義務を解くんだよ。大事な部下が大けがをしたんだろう? 死に直面した他の部下のケアも必要じゃないか?」

「……はい。ありがとうございます」


 ツェザーリは、深々と頭を下げると、艦橋を急いで出ていった。ショーンはこのとき特に気にしなかったが、ツェザーリの出身宙域には、いや、宇宙孤児すべてに言えるかもしれないが、立って頭を下げる習慣はない。首を差し出すということは、首を切られても文句を言えないということになるからだ。ツェザーリの感激が行動に現れたものだった。


 ショーンは、前を通りかかった部下に声をかける。


「ジリー、申し訳ないね。この艦への収容を任せてしまって」

「あらかた終わったよ。戦闘中は、実質何もしてないから、このくらいしなきゃ不公平ってもんだよ。そうそう、人質の方は、若い優しそうな女性兵士と医務技官に任せてある」

「細やかな配慮だね。助かるよ」

「あと、ついでに犯人の方はレナに任せた」

「……細やかな配慮だね」


 熊を素手で倒せそうな、頭の切れる女性上級軍曹である。彼女であれば、犯人が暴れたとしても制圧は何の困難もないだろう。


「ジリー、遺体収容室に連れて行ってくれないか?」

「……少尉、あんなもん、見るものじゃないよ」

「ああ、分かってる。ただ、視覚情報は必要だろう?」

「しょうがないね。……そう言えば、参謀総長閣下も同じこと言ったんだよ」


 ジリーは微笑んで、先導を了解した。


――――――――――


『マスター、大丈夫?』

「ああ。……なんとか」

『マスターの頭の中、色々ありすぎて、ミミ何て言ったらいいのかわかんない』

「多分僕は混乱してるんだろうな……」

『混乱?』

「怖くて気持悪くて、そんな思いを持つ自分も怖くて後悔して、後悔する自分が嫌になって、怒りが出てきて暴れたくなって、そんな自分に後悔してへこんで、忘れてた怖さと気持ち悪さが戻ってきて…… ループしちゃうそんな感じ」

『……ごめんね、マスター。マスターの言ってることわかんないや』

「いや、分からなくていいんだ。聞いてくれてありがと、ミミ」

『うん……』


 ショーンは、這う這うの体で戻ってきた。遺体収容室で吐いてジリーに迷惑をかけなかったことだけが救いだ。ただ、艦橋にはさすがに戻れず、仕方なく自室に戻ると、ミミが、心配して脳内に声をかけてきてくれたのだ。


 ショーンは思う。自分のしたことの結果を目の当たりにするのは残酷だった。結果が余りにも残酷だったからだ。遺体といっても全体が残ること、きれいに残ることはほとんどない。欠損したもの。一部しか残らなかったものばかりだった。思い出すだけで、今後食欲がなくなることは予測できた。


 ショーンはこれを避けることもできた。艦隊戦では、遺体が残ることの方が少ないのだから。しかし、やはりそれを自分に強いずにはいられなかった。今後も身一つで銃撃戦をしたり、特殊合金製の斧を振り回すことはないだろう。そんな事態になったら既に負けているのだから。しかし、敵も味方も死に追いやる立場なのに、戦場の死を知らないなど耐えられることではなかったのだ。知らなければ、少なくとも死ねと命令できる立場にはないとショーンは考えた。


「情けない……」


 ショーンがつぶやくと、自室のドアがノックされた。


「キース・エヴァーツです。失礼してよろしいか?」

硬い声が聞こえる。

「どうぞ」

ショーンが答えると、横開きの自動ドア開き、エヴァーツが入室する。

「こんな恰好ですまないね。」


 軍服の上着はベッドに放り投げられてあり、シャツの首元もだらしなく緩められていた。


「いえ」


 表情は無表情を貫いているが、目は暖かだった。エヴァーツは、ショーンの2倍以上生きている。まるで息子を見るような目だった。


「用件は何かな?」

エヴァーツは問われるまで話さない。昔堅気の軍人なのだ。

「キットが合流しました。そろそろ、基地に向けて進発する準備をお願いします」

「ああ、了解。キットをねぎらう必要がありますね」

「……いえ、その必要はないかと存じます」

「どうしてでしょう?」

「マザー・ジリーのお陰ですかね」

無表情のエヴァーツが少し微笑む。珍しい光景だ。

「……よく分からないな」

「気分が落ち着かれましたら、艦橋にお越しください」

エヴァーツは教本に載っているような見事な敬礼をして出ていく。


 ショーンは、エヴァーツの微笑みにつられたのか、不思議と気分が楽になった。


――――――――――


 ショーンが艦橋に戻ると、上級軍曹5人とエレナが司令席前の円卓で待っていた。思いがけないことだったので、敬礼を返すのが遅れる。


「どうされましたか、皆さん。そろそろ進発の時間では?」

ショーンは円卓に座るのも忘れ、問いかける。

「大切な儀式を忘れてるわよ」

エレナが答える。

「儀式といいますと?」

「まったく少尉は、自分のことになると鈍感だね。」とジリー。

「そんなんじゃ女性にモテませんよ」とツェザーリ。

キットが横で深く肯く。ミスター・ダンディに否定されたことに軽いショックを覚える。

「モテはするけど、すぐ振られるタイプでしょう」とレナが言う。

「皆、兵たちが聞いてるんだぞ。……少尉、部下たちがお言葉をいただきたいと待っております」

エヴァーツが皆をたしなめた。

「……それは司令のお仕事でしょう」

ショーンはエレナを見る。

「皆、英雄からのねぎらいがほしいのよ。ジリーが少尉が敵の遺体を見に行ったことを伝えたら、皆から要望があってね。それに少尉が現場指揮官だし、全艦集めての訓示も担当すべきでは?」


 実際に、体を張ったのは兵たちである。彼らを失望させるのは忍びないという思いはショーンにもある。上級軍曹らを見れば、彼らも期待の目を向けている。


「了解しました。私でよければ、訓示をさせていただきます」


 ショーンはマイクを握る。


「我が艦隊の皆さん。」

ショーンは、艦内に自分の声が響き、少し気後れする。

「皆さん一人ひとりが、任務を着実にこなしたお陰で、人質全員、15名の尊い命が救われました。誰一人欠けていてもできなかったことです。皆さんに敬意を表します。」


 ショーンは、ここで一呼吸置いた。


「私も皆さんも彼らテロリストが、惑星出身者を人質にしていても同じように知恵を絞り、身体を張り、命をかけたでしょう。それが、それこそが! 我が艦隊である! 大勝利をありがとう。皆の奮戦に感謝申し上げ、訓示とします」


 ショーンの訓示は短かった。しかし、それはこの艦隊の基本方針を示していた。


 そもそも、一般兵の間で上官としての人気が爆発的に高まっていた。そこに、今回の電撃的作戦で、味方に犠牲者は出なかった。崇拝者が出てもおかしくない状況である。そんな彼らに、ショーンは大勝利をありがとうと言ったのである。特に訓練期間中、ショーンが徘徊して直接声をかけた「癖のある者」の盛り上がりようは尋常ではなかった。


 ショーンは、上級軍曹たちやエレナを見ると、それぞれ満足そうな表情を浮かべていたことにほっとする。一般兵の異様な盛り上がりの中、駐留艦隊は補給基地に進発した。


 しかし、現場指揮官と幹部である円卓の7人には、補給基地に到着するまでにやるべきことが山ほど残されていた。ショーンたちは、一つ一つ片付けにかかった。

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