B-7.戦乙女の反乱
「マリア殿か…彼女に討たれるのであれば本望だな」
トレンスは第三惑星衛星基地司令室の仮想ディスプレイを眺めてつぶやいた。そこには、1隻の特殊警備艦が映っている。憲兵隊は、艦隊は持たないが、その代わりに重戦艦クラスの装甲と火力を備え、機動力は巡洋艦並みという特別艦が与えられている。今、トレンスがディスプレイ越しに見つめる艦には、マリア率いるならず者部隊が乗艦している。
「特殊警備艦といえども、たった1隻です。この基地と我々の戦力があれば、数カ月は抵抗できます。戦いが長引けば、上層部も我々の要求を受け入れざるを得ないでしょう。どうか、そんな弱気なことをおっしゃらないでください」
トレンスの呟きを聞いていた若手の軍曹の一人が言う。
「いや、それではマリア殿の立場を悪くしてしまう。あの方は希望だよ。我々、虐げられてきた者にとっても。それに、我々が抵抗すればするほど、喜ぶのは奴らではないか」
「しかし、今、マリア中尉は敵です!」
「……君は若いな。その若さで軍曹になっているんだ。ここで命を散らせる必要はない。私だけで良いんだ」
「准尉…」
自ら死を覚悟した者にかける言葉は容易ではない。ましてや、経験不足の若い軍曹である。言いまどいは当然だった。
「特殊警備艦から通信です」
オペレーターが告げる。
「…こっちに回してくれ」
トレンスは落ち着いた声で指示した。
自信に満ちた表情のマリアが画面に現れる。ゆるいウェーブがかかったブロンドの髪。その金色に縁取られた細い輪郭。すっきりとした顎。淡い蒼色の瞳に力強さを湛えた大きな目、自己主張しない慎ましやかな鼻。これで、狭い唇と表現できれば、人形のような造形に違いない。しかし、やや広めの唇は、絵本に出てくるようなおいしそうな桃の色どりで、その人形のような精巧な造形に瑞々しい生命を与えている。彼女のファンが女神と表現し、崇拝するのも肯ける話だ。「正義のトレンス」を討ちに来た憎き敵にもかかわらず、トレンスの傍にいる軍曹たちは見惚れてしまう。
『久しぶりね。トレンス准尉』
「ご無沙汰しております。マリア中尉…こんな形で再会したくなかったのですが」
『事情は全てボルロー少尉から聞いてるわ』
「ですが、お偉方には今さら弁解も通じますまい……中尉、私を討てばあなたは上にいけるでしょう。ぜひそうしていただきたい。早く偉くなっていただくことが、我々のためなのです」
『トレンス准尉、あなた死ぬ覚悟をしてるみたいだけど、あの時の借りを私に返してないでしょ? 返してもらうまで死なせないわよ』
「……と申しますと」
『風俗船の時、私が知恵を貸したでしょ? その借りよ。だから、トレンス准尉。私に協力しなさい』
「それはできません…それでは中尉に迷惑がかかりますから」
『迷惑かどうかは私が決めることよ。それに、トレンス准尉。策を立てるのは、あなたと私どちらが得意だったかしら?』
ショーンが見ていれば、意地の悪い笑みと表現するだろう表情を浮かべて、トレンスに問いかける。無表情を貫いていた「おじいちゃん准尉」の口元が右に上がる。
「…考えてみれば、人間、借りは返すべきでしたな……どうせ死ぬ身です。私でよければどうぞお使いください」
『良い答えね……では、私の権限でミカイル・トラバーツを逮捕するから、トレンス准尉に身柄の拘束を任せます。逮捕状は通信で送るわ。じゃあ、後でね』
画面が唐突に暗闇に染まる。トレンスは、ゆっくりと隣を見る。隣にいた若手軍曹もトレンスを見ている。二人ともキツネにつままれた顔をしていた。
――――――――――――――
ミカイル・トラバーツは、タンクベッドの中で眠っていた。トレンスに撃たれた右足は、治療を施されてある。右足の傷を見れば、トレンスの射撃が非常に的確で、極めて冷静になされたものだったことが分かる。足であっても大腿骨や動脈を撃ち抜けば、一生不自由な暮らしを強いられる。場合によっては、死に至ることもある。トレンスは、右足の向こう脛の骨を避けるようにふくらはぎの側面を撃ったのである。治療はすぐに施されたが、ミカイルは治療中も青ざめた顔で「死ぬ死ぬ」とわめき散らし、その軍人と思えぬ醜態は衛星基地所属の一般兵の笑い物になった。
トレンスは、応急処置を終えたミカイルに事情聴取を試みた。ミカイルは、トレンスを見て卒倒しそうになったり、怒りでわめき散らしたり、冷静に話ができない状況だった。部下の進言もあり、医務室に軟禁し、状態が落ち着くのを待った。しかし、一人で大人しくしていられず、時に激しく暴れ、ひどく泣き叫ぶなど日に日に混乱を強めていくミカイルに、医務室の技官もお手上げ状態となり、トレンスは致し方なく、タンクベッドで強制睡眠をさせることにしたのだ。
マリアの指示は、要するにこの状況を追認したものだった。
――――――――――――――
マリアの乗った特殊警備艦が衛星基地に入港する。もちろん、何らの抵抗も受けずに。
後の軍事評論家は、口をそろえて、この瞬間を、宇宙軍第四世代の稀代の名将らの電撃的作戦が始まり、宇宙軍の改革が完成する契機となったと評価する。
そのいわゆる「戦乙女の反乱」は、この瞬間から始まったのである。




