A-7.初陣
宇宙空間での戦いは、待ち時間との戦いから始まる。
「少佐、仮眠を取ってください。まだまだ戦いは始まりませんし、一旦始まると仮眠は取れませんので」
「ヒルガ少尉はどうするの?」
「私の方は、すでに戦いが始まっておりますので、終わるまで寝られません」
現場指揮官の戦いは、事前準備から事後処理までなのである。3日寝ないなどざらにある話だ。
「そう。じゃあ、私はお言葉に甘えさせてもらうわ」
「ええ、どうぞごゆっくり」
ショーンはエレナが申し訳なさを感じないよう微笑む。それでもエレナは、後ろ髪を引かれるような思いで艦橋を出ていった。
艦橋にある大きな仮想ディスプレイには、艦隊の位置情報が視覚化されている。普通はレーダーや斥候からの情報をAIが解釈し、予測したものを映すのであるが、駐留艦隊には、ミミの広範囲策敵があるので、予測はほとんど入っていない。
敵が射程距離に入るのはあと15時間ほどである。メディット星系から反時計回りに45度の方向から接近してきている。駐留艦隊は、敵艦隊を覆い包むように補給基地から3光時の距離に軽量巡洋艦を中心とした500隻が旗艦を中心に半球形陣を展開している。残りの500隻は、ショーンの命を受けて、別の宙域に進行中である。
ショーンは、コンソールを操作して今回の作戦に穴がないか最終チェックをしていた。敵が正規軍であれば、せん滅を最終目的とすればいいので戦術は非常に単純なものでいい。しかし、今回、敵はおそらく人質を擁しているはずである。そうでなければ、300隻で、1000隻の艦隊に挑もうとするはずがない。だから、せん滅を最終目的にするわけにはいかない。人質の救出を含めた対テロリスト用の戦術が必要になるのだ。
ショーンは、メディット星系政府を仮想敵としているが、宙域警備隊とまともに艦隊戦をするのは、メディット星系政府が一か八かの賭けに出た時、つまり最終局面だろうと考えていた。それゆえ、この3ヶ月間、対テロリスト用戦術の訓練を優先して組んでいた。しかも、今回の艦隊戦は、そのメディット星系政府の宙域警備隊が観戦している。早期決着が図られなければ、介入してくることもあり得るし、こちらの実力のデモンストレーションも必要である。その辺りを考慮して、ミミが提案した作戦から選んだのだ。
『マスター』
『どうした?』
『ジャミングの用意できたよ』
『やっぱり早いね。ありがと、ミミ』
『えへへ…でも、マスター。どうして電磁パルスのジャミングも必要なの?』
『メディットがもし、ミドリの同胞を味方につけていたらたいへんだからね。離れた距離から敵を自爆させられたり、レコードを消されたりするとたまらない』
『あ、そっか。都合が悪くなったら、メディットとの関係を隠すためにそんなことする恐れがあるんだね』
『そうそう。そうなったら、こっちが莫大なお金を費やして、艦隊を出したメリットがなくなるからね』
『なるほどー。マスターとミミは、敵がメディット・ポリスから飛び立ったのを知ってるけど、それだけじゃダメなんだね』
『そうだよ。偉いね、ミミは』
『えへへ、マスター大好き』
ショーンは、ふとこれが娘モードなのかと思う。
ちょうどツェザーリから準備完了の連絡が入る。ショーンは、兵に仮眠を取らせ、ツェザーリも取るよう指示する。実際に命のやり取りをするのは彼らなのだ。了解と返信がある。同時に、キットからも指示通りαポイントに到着したとの連絡が入る。AIの指示通りに行動し、その後、転進してβポイントに向かうよう指示する。了解と返信が入る。反応の速さは、優秀さを現わすバロメーターである。ショーンは、安心材料を一つ得て微笑む。戦いまであと半日となっている。半球形陣に展開中の部下にも、半数に分けて仮眠を取るよう指示を送る。
通信に関しては、ミドリの技術を応用している。もし、敵にミドリの同胞がいない限りは、こちらの通信を読み取られることはない。万が一読み取られても、指示の内容自体は分からないはずである。戦いの準備に関しては、万全に万全を期すことができなければ、勝利は得られないとショーンは考えていた。
ショーンは、自席で一息つく。これで事前準備は全てやりきった。
そこに、旗艦の艦長を兼ねるジリーがやってきた。
「少尉、コーヒーはいかがですか?」
「何て言うか、すごくいいタイミングだね」
「そりゃ、家では女房ですから」
ジリーはカラカラと笑う。
「旦那は、初陣だったね?」
「ええ。まあ、キースが隊長だから安全ですよ」
「確かにね。それは良かった」
「ええ。レナ隊でなくて良かったです」
「どうして?」
「レナにだけは寝取られたくないからですよ」
「大丈夫でしょう。旦那の胃袋握ってんでしょ。このコーヒー一杯だって手を抜いてないし」
「あら、良く分かりますね……ところで、少尉はお幾つですか?」
「どうした? 藪から棒に。23歳だけど?」
「いやね。こんな稼業やってると、嫌な上司はごまんと見るんだけどね。良い上司ってのはほんとに少ない。少尉は、今までで一位、二位を争う良い上司だよ。その年齢でと思ったけど、考えてみりゃあ、年齢とか出自とか関係ないね」
「マザー・ジリーからそう言ってもらえると、ありがたいな。ちなみに、これまで出会った良い上司って誰?」
「少尉時代の参謀総長閣下さ」
「ジリー…それは褒めすぎだよ」
「ちっとは傲慢になりなさいな。若いんだから」
「もし傲慢になったら鼻っ柱をへし折ってくれるんだろ?」
「当然」
二人して笑う。初陣の待ち時間は、このように過ぎていった。
――――――――――
「敵艦隊、イエローゾーンに入りました」
オペレーターが告げる。訓練の成果だろうか冷静な声だ。
「敵艦隊に警告を」
ショーンが命ずる。
<艦隊を停止させ、所属を明らかにせよ。それ以上の進行を続けた場合、敵対行動とみなす。繰り返す、艦隊を停止させ、所属を明らかにせよ。>
機械的な警告である。敵艦隊は当然、進軍を止めない。
「敵艦隊から通信です」
オペレーターが告げる。
「回線を開いて、司令の席に回して」
ショーンが指示を出す。
『責任者はあんたかい』
いかにも船乗りという感じのごつい男が仮想ディスプレイに映る。よくこんな悪人面を用意したものだ。ご丁寧にほほに切り傷がある。ショーンは密かにミミに宇宙軍のデータベースとの照合を依頼する。
「ええ、私が駐留艦隊司令、エレナ・シェーステッドよ」
『そうかい。これを見な』
15人ほどの宇宙孤児の少年少女が後ろ手に縛られて転がされている。
「立派な犯罪行為ですね、テロリストさん」
『ああ。こいつらを助けたければ、我々に十分な補給をさせた上で見逃すことだ。そうすりゃ、脱出ポッドに乗せて解放してやろう。ただし、5分以内に返答がなければ、一人ずつ犯したうえで殺す。そっちには、宇宙孤児の英雄さんがいるらしいじゃねえか。英雄の名を貶めないためにも、スマートな回答を待ってるぜ』
「今の発言で、もう一つ重犯罪が増えましたが」
エレナが冷静に指摘する。
『ごちゃごちゃ言ってねえで、早く決めろ! この年増女が! もちろん、艦隊が…『下方向から高エネルギー反応!』…何?!』
仮想ディスプレイの映像が、揺れてぶれて消える。戦況モードに切り替わる。敵艦隊に下方向から、高エネルギーの塊が無数に飛んできている。
―――――――――――
敵旗艦の艦橋内は、浮足立つ。相手が通信を受け、こちらに取引条件を提示させたことで、少なくとも攻撃はないと踏んでいたのだ。
「レールキャノンです! 来ます! 避けきれません!」
オペレーターが叫ぶ。
次の瞬間、大きな揺れが来る。どうやら命中はしなかったようだ。
「なめた真似しくさりやがって! おい、そこの餓鬼どもを犯せ!」
頬傷の男が指示をする。部下は、とっさに反応できなかった。艦の揺れに耐えられなかったからだ。
「第二波、来ます! その後、第三波も続いています!」
そこにオペレーターの金切り声。部下は人質の相手をしている場合ではなくなる。訓練を積んでいない者が、いや、積んでいるものであっても、奇襲されればパニックを起こして当然である。
「チッ! 他の艦を下に回してこの艦を浮上させろ! 早く!」
頬傷の男も取りあえず、攻撃に対応せざるを得なくなる。
「もう一度、あの年増に回線つなげ!」
「ジャミングが激しくて通信が送れません! 位置情報も表示できなくなっています!」
オペレーターの金切り声で、悪い報告が続く。艦橋内はいよいよ騒然となる。位置情報が表示できなくなるというのは、つまり視覚を奪われるということである。状況を把握するには艦橋から目視するしかなくなる。そうなれば艦隊運動などもはや望めない。そこに、レールキャノンの第二波、第三波が来た。
――――――――――
『ストロング・ジャミング開始』
『はい! マスター』
ショーンはミミに指示を出す。テロリストはもはやこちらに要求することができない。レーダーも効かない。敵の目も口も奪ったのである。そこに容赦はなかった。こちらが速攻で猛攻撃すれば、テロリストは、それに対処せざるをえず、人質への対処は二の次になる。これが強硬策、Cパターンだった。
仮想ディスプレイには、レールキャノンの第二波、第三波が映っている。敵艦隊は、下方向に艦を集め、旗艦が浮上する。
「ツェザーリ隊、今だ!」
ショーンからの指示が飛ぶ。
黒色に染め上げられた艦が上方から旗艦を目指して突進する。ツェザーリ率いる白兵戦部隊が乗艦する強襲揚陸艦である。敵旗艦上方に突き刺さる。艦橋に衝撃の影響が少なく、しかも、艦橋に近い絶妙の場所だった。同時に敵艦隊の後方から艦隊が半球形陣に展開した味方艦隊が最大戦速でやってくる。α地点でレールキャノンを撃ち、β地点に超光速移動していたキットである。敵艦隊の進路を予測し、射程の長いレールキャノンを撃っておいたのである。全てミミのち密な計算がなければ、できない作戦だった。
「撃て!」
包囲が完成するや、ショーンが号令を下した。
光学兵器が旗艦以外の敵艦を撃ち減らす。撃たれた艦が態勢を立て直そうと舵をきり、別の艦を巻き込む。敵艦隊のあちこちで、連鎖的爆発が起きる。視覚を奪われたゆえである。真っ暗闇で敵と戦うことはできないのだ。しかも、レールキャノンでのダメージで、敵の動きは鈍い。さらに、こちらは、球形陣で囲んでいる。まさに、餌食だった。一瞬の後、敵艦隊はほとんど機能していなかった。一方、味方は、ほとんど反撃をくらっていない。まさに一方的な戦いである。しかも、ここまで10分も経っていない。電撃的作戦とはこういうものだろう。
『ミミ、通常のジャミングに移行して』
『はい。マスター』
「オペレーター、降伏を促せ」
ショーンは艦隊戦における最後の指示を出した。
緊張の数分間が続く。ショーンはツェザーリの無事を祈る。
「敵旗艦から通信です」
オペレーターが告げる。
『ツェザーリ・ケンジットです。敵の親玉を確保しました。人質は、揚陸の際、何人か怪我をしましたが、全員無事です。我が隊は、重傷が一人いますが、命に別状ありません』
「了解。よくやった。速やかに帰投せよ。あと、親玉の自殺に気をつけろ」
「アイアイサー!」
ショーンはエレナを見た。エレナはうなずき、「我が艦隊の完全勝利よ!」と全艦に告げた。
兵が歓喜に湧く中、ショーンはミミに指示を出す。
『ミミ、電波と電磁パルスに警戒して』
『はい、マスター! ……電磁パルス、メディット星系方面から来ます!』
『防げる?』
『大丈夫です!』
ショーンにとって緊張の数秒。爆発は起きなかった。
確かに完全勝利だった。しかし、これでメディットにミドリの同胞か、別の勢力が味方していることが判明した。次の戦いは難しい戦いを強いられるに違いないとショーンは思った。
ただ、今のショーンには取りあえず初陣の後始末が待っていた。




