B-6.三流の悪役と戦乙女の決断
今回は、表現上、不愉快になる言葉が含まれます。ご注意ください。
その後、担当医師との一悶着があったが、マリアがジョエルに対して憲兵隊医務課による検査の可能性を示唆し、今退院を許可すれば、ジョエルの治療方針に関する捜査はしないと告げたところ、担当医師は手のひらを返したように退院許可書を出した。
「中尉、さすがに手際が良いですね」
ジョエルは、数日間にわたって眠らされていたにもかかわらず、病院が用意した車椅子も使わずしっかりとした足取りでマリアについてきていた。この男のタフさは相当なものである。
「あんな口約束、法的には無効なのによく信じるわね。ボルロー少尉、あなたが告発状を出せば、少なくともあの医師は立件できるわよ」
「まあ、今のところは結構です。目的は果たせそうですし」
「目的ね。今回の件の真相を伝えるってところかしら?」
ジョエルは目を見開いた。
「よくお分かりですね」
「そりゃ、分かるわよ。数日間のこん睡状態から目覚めて数十分で自分の足で歩くようなタフな男が、急に精神的なショックからこん睡状態に陥るとは思えないしね」
「……中尉は、私を非難しないんですか?」
ジョエルは俯いてつぶやく。
「何を非難するの?」
「部下を見捨てて逃げてきたことをです」
「それは、時と場合と目的によるわ。少なくとも非難されるようなものじゃなさそうと思うけど」
「……中尉がこの件の担当になったことは天の配剤ですね」
「そうかしら? ……そうだといいけどね」
マリアとジョエルは、それ以降、言葉を交わさず憲兵隊の詰め所に急いだ。
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マリアが補給基地を後にしたころ、高級士官専用エリアの一室で密談が行われていた。一人はウェクスラ―少佐で、もう一人は軍服が全く似合わない細身の男である。口ひげがこの男の下品さをさらに強調している。
「事務屋の娘は第三惑星の衛星基地へと向かいました。これで名目上、私の部下ですし、どうとでもできます」
口ひげの男は、ここの憲兵隊長でルイ・シャダックという。
「そうか」
「これで、再び態勢が立て直せますな」
「本当に、父娘そろって我らの邪魔をしおって。今回の摘発はまぐれ当たりだろうが、しかし気分が悪い」
「そのご気分も時間が立てば癒えましょう。そもそも経験の少ない中尉程度では反乱の鎮圧には時間がかかりますし、部下にならず者部隊を当てたという保険もあります。しかも敵は元部下。事務屋の娘は二進も三進も行かなくなることは間違いありません」
「そうか…… うまくいけば、言うことを聞かせる手もあるな」
「生意気な女を屈服させるのは良いものですしね」
「それを以て親父の方を脅すこともできる」
下卑た笑いが部屋に満ちる。
「先方には、私から連絡しておきます」
「先方の連絡役は誰になった?」
「ダニエル・ジーロ氏です」
「そうか。よろしく伝えてくれ」
「はい。それで、少佐殿」
「役職名で呼ぶな。誰に聞かれているか分からんぞ」
「事務屋の娘も補給基地を離れました。このエリアにいる士官は、我らの味方だけではありませんか。ところで、ジーロ氏から第二惑星に招待するとの連絡が来ております。視察に赴かれるのも一興かと」
「それもそうだな。ちょうど事務屋の娘から第二惑星の現場指揮官の権限も戻したところだ。検討しよう。頼んだぞシャルダック」
「お任せください」
第二惑星での接待についてなど、下品な男二人による下品な会話は盛り上がっていった。
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ジョエルが報告した反逆の真相は実に単純なものだった。
第三惑星においても、宇宙孤児の人身売買にかかわる事案は起きていた。着任したトレンス准尉がそれを見逃すはずはなかった。トレンスは、マリアとの共同作戦で習得した策を示してジョエルを説得した。ジョエルも、メディットが組織ぐるみで行う脱法行為を苦々しく思っていたが、証拠が挙げられずにいたのである。ジョエルはトレンスとともに、脱法行為の摘発を開始した。二人は首謀者の摘発まではできなかったものの、人身売買の対象となりかけている宇宙孤児の保護に成功し始めた。
そこに、ミカイル・トラバーツ大尉が視察と称して第三惑星衛星基地にやってきたのである。目的は、明らかに二人の捜査を邪魔し、摘発をやめさせることだった。ジョエルは、ミカイルが度々視察と称して、第三惑星に降り、メディット政府の接待を受けていることに気付いていた。接待の見返りが人身売買をお目こぼしをすることであることも見抜いていた。ジョエルは、この視察を利用して、証拠を挙げるつもりであり、トレンスと計画を綿密に立てた。しかし、不測の事態が起こったのである。
よりにもよって、ミカイルとその部下二人は、事情聴取と称して、保護した宇宙孤児の少女を手籠にしようとしたのである。トレンスは、事態に気づいて現場に踏み込んだが、誤って、あるいは怒り心頭に発してミカイルを撃ったのである。ミカイルは足にけがを負い、部下二人は逃げだした。ジョエルは、ちょうど証拠集めの準備をしており、気づいたときには、事態は収束できない状況に陥っていた。ミカイルの部下二人が、基地を出てしまったのである。ジョエルは、トレンスに対して、共に憲兵隊に出頭して事態を正直に申告し、上層部の判断にかけようと説得したが、トレンスはジョエルを巻き込むのを頑として拒絶し、ジョエルを基地から追い出すという形で、逃がしたのである。
マリアは、ジョエルの報告を聞き終えると、珍しく決断に迷った。トレンスを救うためには、操り人形を懲らしめれば済む話ではない。補給基地全体、それに加えてメディット星系政府を敵に回す必要がある。そこに勝算があるのだろうか?勝算がなくても正義を為すのは、人間として正しいのだろう。しかし、敗北に追い込まれてしまっては、この先、外敵と戦うことは困難になる。今、トレンスを犠牲にして、後に復讐戦を挑むべきか。ギリギリの逡巡をする。
マリアは、この時ほどショーンが傍にいてくれたらと思ったことはなかった。
そこに一本の光明が入る。やはりそれもショーンからだった。
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マリアは、決断すると行動は早かった。
マリアは、超光速航行の加速を終えると、部下の全隊員に招集をかけた。マリアは、艦橋から彼らを見下ろす。
「あんたたち、ならず者隊員って呼ばれてるらしいわね」
マリアは隊員を挑発する。隊員たちそれぞれの口からブーイングが起こる。中には聞くに堪えない怒号も含まれていた。マリアは凄惨な笑みでそれを受け止める。
「あんたたちは、本当のならず者がどこにいるか知っているかしら?」
怒号が響く中、マリアの声は良く通った。
「これから向かう反逆者のことか! 宇宙孤児をバカにしやがって恥を知れ売女が!」
怒号がさらに大きくなる。
「ならず者にならず者呼ばわりされて、反逆もできなかったヘタレ野郎ども! タマが付いてんだったら、これから言うことをよく聞きな!」
マリアが啖呵を切る。後ろでは、ジョエルが銃を構えて震えている。
「なんだと! こら!」
怒号は一層高まる。これ以上挑発すれば、激怒した隊員が艦橋に上ってくるだろう。緊張感が高まる。潮目を変えたのは、マリアの次の一言だった。
「あんたたちには、そのならず者を摘発させてやる!感謝しな!」
「どういうことだ!」
最もわめいていた一人が、マリアとの応答になる。こうなれば、後はマリアのペースだった。
「あんたたちがまず捕まえるのは、第三惑星の衛星で戦ってる同胞じゃない。人質のいけすかないミカイルの方だ!」
怒号が一瞬、静まる。
「あの野郎は、よりによってトレンス准尉が保護した宇宙孤児の少女に手を出そうとしやがった。そんなクサレ野郎を、あんたたちは許せんのか? 私は、絶対に許さん! それを実力で阻止したトレンス准尉を反逆者に仕立てやがった野郎もだ!」
ならず者隊員は、マリアの気迫に気押される。
「お前らはどうだ! 情けないくそ人間になり下がるのか!」
一瞬の静寂の後、隊員の一人が「許せねえ」とつぶやく。それをきっかけに、隊員たちは一斉に「許さんぞ!」と叫ぶ。
「それでこそ、本物のならず者部隊だ! 期待してるぞ!」
マリアが言うと、怒号がシュプレヒコールに変わる。マリアが、ならず者部隊を従えた瞬間だった。




