A-3.偶像の小僧
「ようこそ、英雄殿」
ショーンが入室するや、機械の声が響く。正面のモニターには「SOUND ONLY」の文字。リーダーを確かめようと意気揚々と入室したショーンは肩透かしを食らった形になる。
「そんなに驚くことかね?正体をなかなか現さないのは、悪役にたくさんいるだろうに」
「まるで根っからの悪ではなく、悪役を演じているかのような口ぶりですね」
ショーンは、この正体不明の敵に騙されたのは2度目であり、さすがに皮肉も言いたくなる。
「まさにそのとおり。不本意ながら、悪役を演じているのだよ」
皮肉で言ったことが本気で受け止められ、ショーンは一層不愉快な気持ちになった。
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ショーンの今回の受難は、ショーンが配属されたメディット方面分艦隊に、宇宙刑務所から支援要請が入ったことから始まる。
メディット星系は、惑星連盟の外縁部に位置し、辺境宙域の開発の中心国家であり、植民地を利用した経済新興国となりつつあった。メディット星系と辺境宙域の中間に、惑星連盟と民間企業による半官半民の補給基地ができ、新たに編成された駐留艦隊の下士官としてショーンは配属された。
メディット星系は完全武装の宙域警備隊も擁しており、治安は良好である。したがって、駐留艦隊と言ってもその規模は小さく、通常の分艦隊の半分程度であり、艦隊司令も大佐が当てられている。ただ、艦隊司令と言っても実戦経験はない。というのも、もともとは補給基地を運営する惑星連盟の官僚であり、駐留艦隊が新たに編成される際に、艦隊も運用する必要が生じ、大佐扱いで軍に所属する形になっただけなのである。その他の士官の大半も同じように官僚出身の腰かけ軍人だった。
配属されたショーンの仕事はとにかく雑用だった。艦隊を軍隊として成り立たせるためのありとあらゆる雑用を押しつけられた。着任あいさつでの艦隊司令の言葉は、今でも覚えている。
「君の上司に当たるイワン・バルだ。申し訳ないんだが、私は大佐待遇だが軍のことはからっきしだ。他の者も補給基地の運営の仕事がある。艦隊専属の士官は君だけだ、よろしく頼んだよ」
「よろしく頼んだ」だけで、5,000人以上の命をあずかることになるのだから、命令というのは恐ろしい。ただでさえ新たに編成された艦隊というのは、指揮系統が乱れがちで、動きが鈍く、士気も低い。そんな彼らに艦隊訓練を実施し、弱点を補強し、士気を高める必要がある。普通に考えれば、新米少尉には荷が重すぎる。ショーンも、ミミがいなければ与えられた仕事の10分の1もこなせなかったに違いない。
ショーンの自己評価を気にしない癖は、ここでは長所に働いた。ショーンは、配属時点ですでに有名人だった。個人情報は駄々漏れで、出自はおろか、ショーン自身が気づいていない歩き方の癖まで皆が知っていた。英雄と言うよりは、アイドルに近かったのかもしれない。 ショーンは、別に軽薄な人間ではないのだが、マスコミに消費されるということはそのような印象を与えるということである。
着任後、補佐の上級軍曹たちを集めてブリーフィングを開くことにした。軍歴の長い上級軍曹たちは、この機会に「アイドルの小僧」をこきおろしてやろうと手ぐすねを引いて待っていた。しかし、それは見事に裏切られることになった。
ブリーフィングの10分前、5人の上級軍曹たちは会議室に向かった。「アイドルの小僧」を待ちかまえてやるつもりで。会議室に入ると、そこにはすでにショーンが隙のない敬礼をして待っていた。
「初めまして、歴戦の勇者のみなさん! ショーン・ヒルガと申します! このたび、少尉として任官しました。どうぞよろしくお願いいたします!」
軍曹たちは、声の大きさに圧倒され、とっさに敬礼を返せたのは2,3人だけだった。ショーンはそれを気にするそぶりもなく、皆に席を勧めた。
「では、ブリーフィングを始めます」
「少尉、すみません。我々の自己紹介がまだ」
「皆さん方は、相互にお名前と所属はご存知ですか?」
「ええ」
「なら、自己紹介の必要はありません」
「でも…」
「ご不満ですか? キース・エヴァーツ上級軍曹。経歴も披露しますか?」
「いえ、結構です。了解いたしました」
「ご不快に思われたら、謝罪します。とにかく、儀礼的な時間がもったいないと思いますので」
ショーンが軍曹たちを見回すと、展開の速さに驚いている様子だが、少なくとも不満顔はいなかった。
「では、今私どもの艦隊が置かれている現状からお話ししましょう。」
ショーンは、手早く艦隊の現状について説明した。すると、上級軍曹の中では若手のツェザーリ・ケンジットが手を上げた。
「少尉殿が張り切るのは分かりますが、この艦隊で軍曹集めてそんな話しても無駄ではないでしょうか?」
「なるほど…無駄と考える根拠は何でしょうか?ツェザーリ・ケンジット上級軍曹」
「そりゃあ、疲れるじゃないですか。なあ」
ケンジットは他の仲間を見て言う。周りは興味深そうに見るが、明確な賛同者はいなかった。。
「じゃあ、ケンジット上級軍曹。ここには、5,000人の兵がいる。誰がその命を預かるんです?」
「……それは、上官でしょう」
「そう、上官です。じゃあ、この艦隊の司令は誰で、どんな経歴の持ち主かは知っていますか?」
「もちろん、知っていますよ。官僚で、しかも建設省かなんかの出身でした。従軍経験は全くない」
「私の言いたいことが今の質問と答えから分かりませんか?」
ショーンは語気を少し強めて言う。
「……」
ケンジットは目をそらして押し黙る。
「ケンジット上級軍曹なら、命を預かる重みが分かるはずと思いますが?」
「……失礼しました」
ケンジットは頭を下げた。
「この会議がこの艦隊の最高意思決定機関だと思ってください。皆さんしか、民を守り、兵を守ることができないのです」
ショーンが上級軍曹たちを見据えると、彼らは先ほどよりも真剣な目を向ける。
「話を続けましょう。要するに我が艦隊は、寄せ集めのボロボロの軍隊です。それを3カ月で実戦に耐えうる軍隊に仕上げねばなりません」
「3ヶ月ですか?!」
上級軍曹にしては若い女性が驚きの声を上げる。声はかわいらしいが、体格を見れば熊をも余裕で素手で倒せそうな雰囲気である。
「ええ。3カ月です。納得いきませんか? レナ・バード上級軍曹」
「いえ、納得の問題ではありません。必要性と実現性の問題です」
体力バカではないことが、発言から分かる。さすがに、その年齢で上級軍曹になれるわけだ。
「いい答えです、バード上級軍曹。まず必要性から行きましょう。この宙域では、いつ戦闘が起こってもいい状況にあるからです。」
「そんなはずはありません」
落ち着いた雰囲気の紳士が述べる。ダンディな声である。
「あなたがそう考える根拠は何ですか? キット・ロウズ上級軍曹」
「それは……これまで全くそんな兆候はありませんでした」
「確かにこれまで戦闘とは無縁の宙域でした。では、なぜここに駐留艦隊を置く必要が生じたのか? その点はどう考えますか?」
「補給基地の確保のためではないでしょうか?」
「そのとおりです。では、補給基地が確保できない状況に誰がするんです?」
「……」
ロウズは考え込んだ。
「仮想敵が存在するということですか?」
最後まで黙っていたジリー・ミルトンが質問する。黒人系統の肌にメガネをかけた女性である。年齢は40代、珍しく結婚している女性軍曹である。ちなみに、夫は20代の新兵だ。
「そうです。この宙域で、我々に勝る武力を持っているところがあるでしょう?」
「メディットですね」
「そのとおりです、ミルトン上級軍曹。今の執行部は、戦略的に意味のない艦隊は置かないはずです。宇宙海賊に対処する必要もあるわけですから。仮想敵が本当の敵にならないためにも、早急に連度を高める必要があるわけです。ここまではよろしいですか?」
上級軍曹たちは、それぞれ頷いた。
「では、実現性の問題です。これを見てください」
ショーンがコンソールを操作すると、ディスプレイに訓練スケジュールが表示された。
「おそらく過酷なスケジュールになるはずです。歴戦の勇者であるあなた方なら、可能と思います。力を貸していただけますか?」
ショーンは、マスコミ対応で覚えた、優しい笑顔を上級軍曹たちに向けた。上級軍曹たちは、その笑顔をマスメディアを通して見ていたが、一連のやり取りを終えた後では、その意味が変わっていた。
最も年長者であるエヴァーツは、会議室を出た後こう漏らした。
「震え上がったぞ。あの小僧には」
会議室に入る前とは小僧の意味合いが変わっていたことは言うまでもない。




