2-5 最後の一歩
「ミア!」
エレナは叫びながら走った。
炎の中を。
崩れた家々の間を。
ただ声を追い続ける。
息が苦しい。
煙が肺を焼く。
それでも止まれない。
止まることなどできなかった。
再び悲鳴が聞こえる。
今度はもっと近かった。
「エレナお姉ちゃん!」
間違いない。
ミアだ。
エレナは全力で駆け抜ける。
そして。
ようやくその姿を見つけた。
広場の外れだった。
倒れた荷馬車。
燃え上がる建物。
その間に、小さな少女が取り残されていた。
「ミア!」
エレナは駆け寄る。
ミアも彼女に気づいた。
涙で濡れた顔がわずかに明るくなる。
「エレナお姉ちゃん!」
少女は手を伸ばした。
助けを求めるように。
縋るように。
エレナも手を伸ばす。
あと少し。
本当にあと少しだった。
だが。
その瞬間。
轟音が響いた。
燃え上がる建物が崩れる。
巨大な木材が二人の間へ落下した。
炎が弾ける。
熱風が吹き荒れる。
視界が真っ赤に染まる。
「ミア!」
叫ぶ。
何度も。
何度も。
必死に名前を呼ぶ。
だが返事はない。
聞こえるのは炎の音だけだった。
ゴウゴウと。
無慈悲な音だけが響いている。
信じたくなかった。
認めたくなかった。
けれど。
分かってしまった。
少女は膝をつく。
力が入らない。
呼吸が苦しい。
胸が痛い。
何も守れなかった。
誰一人として。
助けられなかった。
母も。
村長も。
ミアも。
自分の大切なものが次々と失われていく。
なのに。
何もできなかった。
涙が溢れる。
止まらない。
視界が滲む。
その時だった。
背後から複数の足音が聞こえた。
エレナはゆっくり振り返る。
そこにいたのは。
旅人たちだった。
いや。
もはや旅人ではない。
その手には剣が握られている。
服には血が付いている。
そして。
彼らの目に浮かんでいたのは。
村へ来た時の優しい笑顔ではなかった。
冷たい目だった。
感情のない目だった。
エレナは理解した。
すべて。
すべて最初から仕組まれていたのだと。
違和感の正体。
村長の不安。
胸の奥の警告。
全部正しかった。
ただ。
気づくのが遅すぎた。
男たちはゆっくり近づいてくる。
エレナは立ち上がろうとした。
だが足に力が入らない。
身体中が震えていた。
恐怖ではない。
絶望だった。
何もかも失った絶望。
男の一人が剣を構える。
終わりだ。
エレナはそう思った。
これで終わるのだと。
その時。
ふと。
視界の端で何かが光った。
黒い光だった。
炎の中。
瓦礫の下から微かな輝きが漏れている。
不思議な光だった。
呼ばれているような気がした。
エレナは無意識に手を伸ばす。
男たちが何か叫んでいた。
だが聞こえない。
世界から音が消えていた。
ただ。
その光だけが見えていた。
一歩。
少女は前へ進む。
瓦礫を越える。
炎の熱さも感じない。
もう一歩。
そして。
最後の一歩を踏み出した。
その先にあったものへ向かって。
黒い輝きへ向かって。
少女の指先がそれに触れる。
次の瞬間。
世界が揺れた。
轟音。
閃光。
そして。
深い闇。
すべてが闇に呑み込まれていく。
崩れゆく村も。
燃え盛る炎も。
迫り来る男たちも。
何もかも。
意識が沈んでいく。
最後に見えたのは。
まるで黄金のように輝く瞳だった。
それが幻だったのか。
夢だったのか。
エレナには分からない。
けれど。
確かに聞こえた気がした。
遠く。
遥か昔から響いてくるような声を。
――ようやく見つけた。
その言葉を最後に。
少女の意識は闇へ沈んだ。
そして。
終わるはずだった物語は。
ここから始まる。




