備えあれば
私の誕生日から数日後の昼下がり、お母さまとその侍女のアンジェリカさんが私の部屋を訪れていた。
「オリビアさん、少しいいかしら……って、あら?ポチは?」
「散歩させていたら水たまりに突っ込んでしまったので、メイドさんに洗ってもらってるの」
我が家に来た犬の名前はポチに決まった。犬といえばやっぱりこれ。
ポチは何を気に入ったのか私によく懐き、たいてい私について回っていたので、お母さまは同じ部屋にいないことを不思議に思ったようだ。
「それで、お母さまは私になにか用事があったんですか?」
「ああ、そうだったわ。魔石がたまったから、オリビアさんにもらってもらおうと思って」
「えっ、もう?」
お母さまがつけている魔封じの腕輪は、一定量の魔力を吸収すると魔石に変換してくれる。お母さまはそれでできた魔石が小瓶に一杯たまったら、それを私にくれていた。
でも、これまでは三ヶ月に一回くらいのペースだったのに、今回は前回から一週間ほどしか経っていない。
「そうなの。それでね、これはもうジオンには伝えたんだけど、オリビアさんにも話しておかないといけないといけないことがあるのよ」
「なんですか?」
「この魔石はポチを買った日に出来たものなの。あの日はレイモンドと一緒にいたから、私とどちらが狙われたかわからないけれど、もしかしたら魔法での攻撃を受けたかもしれないという話になってね。だから悪いけど、オリビアさん。しばらく外出はしないようにしましょうね」
そういえば、オリビアの父親であるレイモンドの死因は馬車の事故だった。それも、オリビアの誕生日プレゼントを買いに出かけた時。まんま今である。
どうして忘れていたんだろう。もし魔封じの腕輪がなかったら、原作通りに事故が起きていたのかもしれない。
真っ青になった私を見て、お母さまは私が怯えていると思ったらしい。
落ち着かせるように抱きしめてきた。
「お母さま……」
「オリビアさん、大丈夫。大丈夫よ……」
「お母さま、私、女神様のところに行きたい!」
「さっきの話聞いてた?」
言い聞かせたこととまるで反対のことを言われて、お母さまは目を丸くしている。
でも、絶対に行きたい。襲撃を防げるのが一番だけど、何かあった時の備えは大切だ。
それには治療薬が必要不可欠。そして、この世界には『女神の吐息』という万能薬が存在している。
もちろん、原材料は女神様のお家の周囲だ。
行くしかないのである。
「オリビアさん。今は危ないからやめておきましょうと言ったでしょう?ダメです」
「でも!本当に何かあった時のために薬を用意しておきたいの!!女神の吐息ならなんにでも効くし、女神様のところで材料は全部揃うから!」
「それで危ない目にあったら本末転倒でしょう。ダメで……」
「いいではありませんか」
ほとんどわがままな私のお願いを跳ね除けようとしたお母さまの言葉を遮って、会話に割って入ったのはアンジェリカさんだった。
「お嬢様が薬を作ってくだされば、いざという時に安心できますよ。最悪の場合を考えて動くことも大切だと思います」
「でも……」
「護衛を多めに連れていきましょう。それに、女神の泉なら魔法は無効化できますから、多少は安全なはずですよ」
お母さまはあまり納得いってないようだったけれど、アンジェリカさんに押される形で私の女神の泉息を「レイモンドがいいと言ったら」と了承していた。
これはもう行けるのは確定したも同然。お父さまは愛娘のおねだりにはそれはもう弱いのである。




