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第九話

 【夢川恵奈視点】


 無理やり告白を実行させたこと、後悔してないと言えば嘘になる。


 暦月が基山のことが好きだと打ち明けた後、私なりに基山のことを観察してみた。

 結果は大人しくてマイペースな印象。少なくとも、暦月に危害を加えるタイプには見えない。


 とはいえ、不安も当然あった。

 いくら大人しそうだと言っても、本当のことなんてなにもわからない。


 ただ、なんとなく期待していたのかもしれない。

 いつもマイペースで適当に生きてそうだが、なんというか、心の中に芯がある気がする。体育祭のときだって伝説的な有言実行を果たしたし、何も考えていなさそうで、何もかも考えており、それを当たり前のようにやってのけるような気がした。

 それがマイナス方向にしか向いてないというのが玉に瑕だが。


 もしかしたら、暦月も救ってくれる人になるんじゃないか? 

 なんて、期待しすぎかもしれない。それでも……。


 予想は的中したらしい。

 クラスに来た変人をいい感じに追い返していた。

 これなら? と思い、デートの約束を無理矢理こじつけた。



 ◇◇◇



 【春山晃視点】


 い、言えなかった……。

 暦月は本気で秀矢が好きだ。秀矢が勘違いで、仕方なく付き合ってると知ったら、どんなに傷つくか。もしかしたら、再び男性不信に逆戻り、なんてパターンもありえる。

 秀矢にも本当のことは言えない。本当のことを知れば、あの性格だ。最悪暦月に別れを切り出すかもしれない。


 秀矢は良い奴だ。少なくとも根は。暦月が秀矢を好きだとカミングアウトしたときは、飛び上がるほど嬉しかった。あいつと一緒なら、きっと過去のことなんてすぐに忘れてしまうだろう。

 暦月も良い奴だ。顔も、性格も。


 だから、俺のできることと言えば、秀矢が暦月に惚れるよう願うこと。

 それが、一番事を上手く収められる。



 ◇◇◇



【秀矢視点】



 僕は今、激しくイライラしていた。

 その原因がこいつ。目の前で長々と話している、こいつだ。


 酒井翔とかいうこの男。


 こいつが喋るたびに、僕の好きなものが、大好きな、愛してるものがどんどん離れていく。


 どうやら喋りがピークに達したのか、喋りが速くなっている。もはや相槌を打つ暇すらない。

 どうやら、橘が別れた後どうなったか話そうとしているらしい。俺達のラブストーリー、最終章開幕って感じだ。

 その瞬間、自分の中で何かが切れる音がした。もう我慢の限界だ。ガツンと言ってやる。


「あの、すいません。そろそろやめてほしいんですけど」


 まずは冷静に話を止める。


「はあ?」


 明らかに話止められて、ムカつきました顔してくる。

 我慢だ。怒ったら負けだ。


「いえ、別に喧嘩を売ってるわけじゃないんで」

「じゃあなに? 急に話止めて。もしかして怒っちゃった?」


 ご名答。


「あの、いい加減にしてくれませんかね? 橘の中学時代の話ばっかり、そんなの興味ないんで」

「へー、こいつの過去なんて関係ない! みたいな?」


 明らかに怒ってるのに、笑ってる。器用な人だな。


「はい。正直どうでもいいですね」

「そういうのがカッコいいとでも思ってんの?」


「……? いや、カッコいいかどうかは知りませんが、もう疲れました。あなたの話を聞くとイライラが止まらないですよ」

「彼女のために怒るなんてお優しいこった」

「人のために怒るのはどっちかって言うと苦手な方ですが。僕は自分のために怒ってるんです。大切なのは過去のことより今でしょう?」

「カッコいいこと言ってっけどやめときな。お前も後でわかるぜ? これはやめた方が良かったってな!」

「そんなの人それぞれでしょ? 少なくとも僕は嫌だと思ったことはないけど?」


 この男。あろうことか、僕の目の前で否定しやがった。もう無理だ。疲れた。こんなやつとこれ以上喋りたくない。


「はぁ……もういいですか? 今デート中なんで。あなたに付き合ってる暇なんかないんですよ」

「おいおい待てよ!」


 酒井は、無理やり通り過ぎようとした僕の腕を掴んで引き止める。


 カッチーン!


「いい加減にしろ! こっちは今デート中なんだよ! それをクソつまらん話に付き合わせやがって。橘の過去の話なんかこれっぽっちも興味ないし、一人で盛り上がるな!」

「あ? なんだとおい」

「大体、こっちにいちいち同意求めてくんじゃねーよ。あまりにもつまらなすぎて、スマホ弄ろうとしたタイミングで、ね? とか、な? とか、面白くね? とかうるさいんだよ! こっちはお前の話なんて一割聞いてないわ! それを長々と一人で喋り続けやがって。橘も全然楽しそうじゃないし、そんなに思い出話がしたいなら、今すぐ家に帰ってアルバムでも眺めて、独り言発してろ! 長いんだよ話が! 時間なくなるだろ! 五時半までの期間限定なんだぞ!」



 そう、これが僕のイライラしている理由。

 歩いている途中、スマホで調べて知った、そこのカフェで、先週から始まった、毎週木曜の期間限定パフェ。

 先週はバイトが忙しく来れなかったので知らなかった。

 今週を逃すと、来週はバイトのシフトが入ってるため、再来週へと延期になってしまうのだ。こいつが喋るたんびにどんどん離れていく。

 ただいまの時刻は五時二十五分。これでは急いでも一個が限界だろう。ふざけやがって。

 その貴重な時間を思い出話で潰そうというのだ。怒っても仕方がないだろう。思い出話で楽しいのはその当事者だけ。知らないやつからしたら、ついていけず、苦痛の時間でしかない。

 僕はそんな過去の話より、今この時間の方が大切なのだ。

 それをこいつ、これはやめた方が良かったと後悔することになるなんてこと言いやがった。お前にパフェの何がわかるんだって話だ。


「はぁ? 期間限定? わけわからねぇこと言ってんじゃねーぞ、クソメガネ!」

「だったらお前はクソ裸眼だろ! それに僕は運動するときはコンタクトだ! 大体、ちょっと視力いいからってマウント取ってんじゃねぇよ。お前あれだろ? どうせ、友達が眼鏡とコンタクトのあるある話で花咲かせてる間に自分だけ参加できねぇから『お前ら、目悪いとマジ可哀想じゃん』とか自慢してみるけど、『へー、いいなー』くらいで軽く受け流されて、諦めて独り寂しくスマホいじってんだろ? カラコンつけるときも、みんなつけ慣れてるから、すぐつけ終わるのに、お前一人だけもたもたして、『あれ?おかしいな?』とか言って、必死につけられないの誤魔化したりするんだろ?」

「っな……! う、うるせぇんだよ!」

「図星かよ……」

「ちげーわ! はっ! どうやら、変人には変人の彼氏がお似合いみたいだな!」

「え? いや、ちょっと待って。……僕はともかく、橘はどこが変なの?」


 百歩譲って、僕が変人なのは認める。まあと言ってもそこまでおかしいわけじゃない。ただちょっと人より大人しいだけ。それだけだ。それ以外は普通。

 でも橘は、いい意味で普通じゃない。もちろん、変人って意味じゃない。顔も性格も超良いし、モテモテで、優しくて、しっかりしてて……苦手なタイプではあるけど、とにかくすごい人だ。


「は、はぁ? さっき言ったろ!」

「ごめん、聞いてない。そう言わなかったっけ?」

「あ、あ? いや、だから……こいつは浮気されてるの知ってて、自分に振り向いてもらうために、キャラまで変えたっつってんの! どうだ! 面白いだろ! 変だろ?」

「いや……特には……」


 う、うーん。やっぱり面白いとは思わない。

 そりゃ、浮気されてるのにいつまでも執着するのはバカバカしいとは思うけど、それだけ本気で好きなわけで、自分のキャラまで変えるなんて。

 僕からすれば、そこまで誰かに恋するなんて普通にすごいことだと思う。

 どこかに笑えるポイントがあるのか……?

 というか、ようはその話を長々と話してたのか?

 なんという無駄な時間……。


「はあ!? コミュ障だったくせに、今こんなんなんだぜ?」

「僕もさ、こんな見るからに根暗な感じだけど、幼稚園生の頃はめちゃくちゃヤンチャだったみたいで、アルバム見ても裸で家を走り回ってる写真ばっか出てくんの」

「なんの話だよ!」

「でもさ、あるとき好きな漫画に、凄いかっこいいクールキャラが出てきて、憧れちゃってさ、それを真似してるうちに今こんなになったんだよね。まぁ、そのクールキャラ凄いクズだったから、今じゃ嫌いだけど。普通人間てさ、例えどんなものでも好きになったら、そのために変わりたいと思うよね。そんなの当たり前のことだし、それをいちいち変だとは思わないけど。大体、誰にだって恥ずかしい話ぐらいあるもんでしょ。それをいちいち掘り出して、馬鹿にするなんて古いと思うけど。それに、平気で浮気して、それをべらべら人に話してるあんたの方が、よっぽど変だし、面白いと思うけど?」

「っ……!」


「用がないなら帰れば? これ以上付き合ってる暇なんてないし、注目もされたくないんだけど」


 どうやらさっきの言い合いで、だいぶ人を集めてしまったらしい。

 通行人達が、何事かと僕たちを囲み始めた。


「ちっ……クソが」


 そう言い残し、酒井はしぶしぶ帰っていった。


 ともあれこれでパフェが食べられる……!

 そう思い、急いでスマホを確認する。

 三十二分。


 あぁ……最悪だ間に合わなかった。


 膝から崩れ落ちそうになるが、なけなしの理性を振り絞ってなんとか堪える。


 …………はぁ、諦めるか。


 ふと横を見ると、橘が何やら震えていた。パフェ食い損ねたのがそんなに辛いのだろうか? それともあいつにバカにされたから?

 よくわからないがとりあえず聞いておこう。


「えっと……大丈夫?」

「ごめん、大丈夫じゃないかも……」



 そう言って、急に顔を胸に押しつけ、泣き出した。


 どうすればいいのかわからなかったので、とりあえず子供をあやすみたいに、泣き止むまで、頭を撫でることにした。




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― 新着の感想 ―
[良い点] うわ〜〜スッキリしました [気になる点] もっと、しゃべくり倒して欲しい [一言] 良いですね。このキャラ 好きな方向に、育ってくれてます 親友の押す気持ちに1票
[一言] あら、主人公様びっくりするくらいイケメン。
[一言] 次も楽しみにしてます!!
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