第八話(暦月視点)
ちょっと長いです
「あれ? 暦月じゃん! ひさしぶりー! 新しい彼氏とデートかい?」
忘れていたはずの、声が後ろから聞こえてきた。
どうして、今……。もうずっと、顔すら見たことなかったのに、どうして今なんだ。
……いやだ。
後ろを向きたくない。認めたくない。
せっかくの、基山との初デートだというのに。
無視して進んでしまいたい。
でも、気持ちとは裏腹に体は自然と振り返ってしまう…
あぁ、やっぱりだ……やっぱり、この男だ。
私の顔を見た瞬間、彼が笑う。
拳を痛いほど握る。怒りで胸がいっぱいだ。
今さら、何のつもりで話しかけたんだ。
彼は笑いながら私に近づいてくる。
いやだ。こないで。
声が出ない。体が震えが、私の忘れたいと思い続けた記憶を完全に呼び覚ます。
あぁ、終わった。
「君、暦月の新しい彼氏?」
彼は私ではなく、基山に話しかける。
なぜ?
もしかして、昔の私のことをベラベラ喋るつもりだろうか?
失望されるかもしれない。
「まぁ、そうですけど……あなたは? 大学生ですか?」
「あぁ、俺の名前は酒井翔。大学三年の二十一歳だよー」
「へー、橘の友達ですか?」
「まぁ、友達でもあるんだけど……」
誰がお前なんかと。
「昔よく一緒に遊んでた幼馴染で……」
そんな過去はもう捨てた。
声を出して否定したいのに、全然声が出ない。
震えが止まらない。
「元カレかな!」
言われた。全部……。
「えっ……気まず。よ、よく友達できますね」
「まぁ、幼馴染だし。それに振られたの俺だけど、そういうの気にしないタイプだからね」
たしかに、振ったのは私だ。でも先に捨てたのはそっちだ。
それを、それをまるで、なにもなかったかのように。
「へー、さすが陽キャ。それじゃ」
基山はペコリと頭を下げて、再び歩き出す。
チャンスだ。私も急いで立ち去ろうとした。
「まぁまぁ、俺こいつと会うの久しぶりでさー。ちょっと話させてよ」
「あっ、そうですか。じゃ僕、先にカフェに行ってるから」
私を見て、そう言い残し立ち去ろうとする。
まって! 行かないで!
一人にしないで。
失望されるかも……と思ったが、この状況を一人で耐え切れる自信がなかった。
なにより少し、期待していたのかもしれない。
基山なら、優しく受け止めてくれるのではないのかと。
「まあまあ待てって。こいつの面白い話聞かせてやるからさー、お前も一緒にいろよ」
「は、はぁ。わかりました。で?」
「そう焦んなって。こいつな? 何が面白いって、俺のこと、小学生のガキの頃から好きだったんだぜ?」
「へー、そーですか。」
「こいつ、俺の家知ってるからよ、小五のときにな? 俺の部屋に入ろうとして、俺と彼女がキスしてるとこ見ちまったんだと」
「それはキツいですね」
「でな、俺に私ともキスしようよってせがんできてさ。小学生なんかとするわけないだろって! 面白いだろ?」
「へー、面白いですね」
「まあ流石にロリコン趣味はないから手は出さなかったけどな! そんでまあ、ちゃんと断ってやったのに、それでも俺のこと好きだったらしく、俺がフリーになったとき、こいつが中二のころ告白してきてさ、そんときは俺も暇だったから付き合ってやったんだけどさ、その告白がまた面白くてさ──」
目眩がする。何を話しているかすら聞こえない。
涙で前が見えず、私はただ下を向いて俯くしかなかった。
基山はずっと酒井の話に相槌を打っている。
私を馬鹿にした話にもへー、とか面白いですねー、とか。
受け入れてくれる。そんなふうに考えてくれたのが馬鹿だったかもしれない。
友達ならともかく、彼氏としてはこんな話、失望するに決まってる。
中学の頃の私──酒井と付き合っている頃の私は壊れていた。自分でもそう思う。
『翔にぃ!』
『翔にぃ、遊ぼ!』
『翔にぃ、見て見て!』
小さい頃の記憶。
元々引っ込み思案な性格だった私は酒井だけが、遊んでくれる相手で、いつのまにか好きになっていた。
その性格は中学まで続いた。
もともと友達も少なかった私は、相変わらず酒井のことが好きで、翔にぃがしたいのなら、キスもその先も……なんて馬鹿はことを考えていた。
そんなある日、酒井が別れているのを知り、私は告白した。
性格のせいもあって、思いを伝えるのが下手くそで、口では何も言えないと考えた私は手紙を出した。
一生懸命書いたつもりだった。下手くそは下手くそなりに、精一杯。
手紙はかなりの長文になり、今考えただけでも恥ずかしい。
しかし、当時はそれで成功したもんだからなんとも思っていなかった。
酒井はチャラいタイプだった。
彼はそういう人の方がタイプなのかと考え、必死に性格を直し、もともとの質が良かったのか、すぐクラスに馴染み、友達も出来た。
特に仲が良かったのが、恵奈と晃と真那元だ。
でも、結局は作られた偽りの性格。
酒井が浮気をしていることを知ったときも誰も頼らず、誰にも相談せず、酒井に依存していた。
せめて、私が一番に! なんて考えてどんどん無理をした。無理して、明るく振る舞ったし、チャラくもなった。補導されたこともある。
これで、見てくれる。私のことを見てくれる。
そう思っていたが限界だった。
泣いていた。自分でも気付かぬうちに、放課後、教室で。
そのとき、たまたま残っていた三人が私の相談に乗ってくれた。私はそこで初めて、自分のことを話した。
それを聞いた恵奈が『おかしい!』と、ハッキリ言ってくれた。
否定されたのに嬉しかった。きっと私はずっと、誰でもいいから止めてほしかったんだと思う。自分ではもう止められないから、誰か友達に。
そうして私は酒井を振った。
でも、そう簡単には上手くいかなかった。
「それでこいつ、俺と別れてどうなったと思う? それがさぁこれまた面白くって! こいつ……」
止めて。それ以上言わないで。
基山はどんな顔してる? 笑ってる? 呆れてる?
怖くて顔が見えない。
「──あの、すいません。そろそろやめてほしいんですけど」
横から、酒井の声を遮る声がした。
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