第36陣
帝都の学校近くの大樹の森のどこか。
化物はずっとそこに住んでいました。
それこそ、この帝都が作られるよりも前から。ずっとずっと、始めから。
化物はいつも静かに眠っているだけでしたが、年月が経ち、災害も起き、その上に降り積もって行く地層に年月。
化物はただ、眠っていただけでした。
眠り続けているだけでした。
死にたくもないけど、生き続けるのは、苦しいから。だから彼女は、眠り続けることを望んで、それ故に眠っていただけでした。
眠っていたかった、だけでした。
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「シエル嬢ぉお!」
空間魔法と転移魔法と水魔法などの応用の末出来た地上2階、地下10階の迷宮を夕方前にきっちりと作り終えて、最後に微調整してたら、横から鉄砲みたいなスピードでおじいちゃんが飛んで来た。お陰で頭の中揺れてる。
遅れてクロイツさんの声も聞こえた。でも姿が見えない。だっておじいちゃんに正面から抱きしめられちゃってるからね。苦しい。
「グラーティアス卿、その辺にしないとシエル様が窒息しますよ」
「それはダメだねぇ!シエル嬢!しっかり!」
「……やった本人に、いわれたくない……」
ああ、お星様が見えた。と言い捨てながらおじいちゃんの腕より脱出。
「シエル様、一応言っておきますけど、護衛命令はふつうに出ていますから、勝手に出歩かれると困ります。あと、せめて卿には行き先を告げてから転移を。この人歳相応の落ち着きがあなたに関すると微塵も無いんです。先程もパニックになってましたよ」
「えぇ……。そこは察してよ。ちゃんと迷宮作りにいくって言ったじゃん。しかも校長に場所も教えてからだったじゃん」
「結果が全てです。今後改善を」
「はーい……」
おじいちゃん、過保護だ。何とかしないと、護衛命令無くなってもこの調子のままかも。
「了解了解……。ちゃんと消えるときは消えるって言ってから行くよ。
まあそんな事より、こちらをご覧ください」
「そんな事よりって…一応命の危険なんですから、軽く扱わないでくださいね。……見事な建造物が出来てますね。帝都の一級建築士の作品に負けないくらいの見事な塔です」
チェスの駒の塔を参考にしましたー。って言っても分からないだろうけど。
「地上二階、地下……10階くらいかぃ?相変わらずとんでもない魔力量だねぇ」
「入り口はもちろん一階。二階に上がれれば小ボスのキングオーク程度が出て来るよ。それを倒せれば地下への階段が出て来るよ。
だから実質14階建て!頑張った!」
「……上がれれば、と倒せれば、というところが気になりますが、数時間で迷宮を作ってしまえることの前には些細な事な気がしてきました。
昼食の時間もありますし、テストは明日の朝一番に私を含む教授たち数名で検証します。城に戻りましょう。皇子がシエル様の為に、禁書の一部までを読めるように許可を得てくれましたよ?」
「禁書!いいのっ?」
「皇帝陛下からの許可ですから、問題ありませんよ」
皇家の禁書とか楽しみすぎる。私の作った迷宮の外観をしげしげと見ているおじいちゃんを横目に、クロイツさんに文字通り小脇に抱えられた。
何の真似かなーと思ったら、お疲れでしょう?と返ってきた。手足は浮いてて動かない。宙ぶらりん状態……。……捕獲かな?クロイツさん、目を逸らさないでー。せめて否定してー。
「シエル様は目を離すと、すぐどこかにきえる困った方ですからね。ちゃんと城まで帰ってきてくれないと困ります」
「私ただの旅人だからお城とか気後れしちゃうよー。その辺の野にでも放ってよー」
「あの皇帝を前に平然としていた人間の心臓がそんなに弱いわけありません。冗談も程々にしてください」
………………理不尽。
その後、宣言通りお城まで小脇に抱えられたまま連行された。ああ、無駄にキラキラしてる。お昼ご飯も無駄に豪華。落ち着かない。本があって薄暗くてインクの匂いでいっぱいの場所はどこだ!
「ふざけてないで、行くぞ。図書室はこっちだ」
「はーい。というか、皇子殿下、仕事終わったの?」
「元々そんなには溜まっていないし、今日は義母上に帰還の挨拶と、友人に手紙を送ったりしていただけだぞ」
「……皇子殿下、友達いたんだね」
「失礼だと思わないのかお前は。…一応な。本当に親しい友人は、まあ、今はとりあえずお前がいるからそれでいい」
「あははっ。自分が気にならないならそれでいいとおもうけど……、信用していい人間と信頼できる人間は違うよ?忘れないで人を見てね」
「!……ああ、わかってる。所で、何でその呼び方に戻る」
「いやぁー、だって皇子殿下の後ろにいる人たちものすっごい目で見てくるんだもん。大多数の視線の暴力」
くるり、と皇子が後ろを振り返ると、護衛兵が2人と、その更に奥に2人。そしてその2人に押し止められているらしい令嬢らしい女性が3名ほどいる。皇子の後ろに立って私を警戒している護衛2人からはずーっとなんだこいつ、みたいな目を向けられていたし、その後ろの令嬢達からはコイツ皇子殿下と親しげに!何て無礼な!みたいに嫉妬じみた感じで睨まれてるし、正直面倒。
まあそれも皇子が振り返った途端パッと消え去ったけどね。残念だけど、一歩遅かったね。醜い顔がバッチリと見られてましたよ、令嬢方。……ドンマイ☆
「……あれらは気にしなくていい。
令嬢方を丁重に、彼女らの親元に届けろ。私は命の恩人との時間に水を差すような者とは交流を持たない主義です」
最後の言葉は令嬢方に向けられていた。完璧な外向けで。私との対応の違いにそれが分かったのだろう。令嬢方は顔を青くして兵達に囲まれて連れていかれた。
「第三皇子殿下、客人の案内なら我々がします。帰って来られたばかりなのですから、もう少しゆっくりとなさってはいかがでしょう」
残った護衛兵のうち1人がそう言った。もう1人も同意している様子だ。因みに私も同意。
「そうだよー。皇子殿下は休んだ方がいいって。私はそこら辺の輩に負けるほどヤワじゃないし、迷子になったりしないし、1人になりたい」
「一番最後が本音だな。我慢しろ。たしかにお前より護衛役の方が弱いが、皇命ではどうしようもないだろ。護衛役の誰かがついてい無い時に見つかれば結局、俺たちのだれかが罰則を受ける事になる」
「めんどくさいね。やっぱり私の護衛なんて外しちゃえばいいんだよ」
「出来ないと何回言わせれば気がすむんだ……」
あんまりしつこいとこっちも嫌になってくるし、そろそろやめるか。やけに護衛の人たち静かだなーって思ったら、呆然と、顔色悪くして私を見ていた。開いた口が塞がらないって感じだ。
「どったの?この人たち」
「……俺が迷宮で命を救われ、その後皇命により、その迷宮攻略者の護衛任務に回されていることは皆知っているらしいんだが、……どうやらその攻略者が誰かは周知されていないらしくてな?」
「ふぅん。じゃあこんな小娘が迷宮攻略者でびっくりしちゃってるんだ?」
「まあそれもあるが……。一番の理由は単純だ。迷宮攻略者っていうのは、それだけで国賓クラスなんだよ」
「……えー?でも、私の他にもいっぱいいるでしょ?攻略者。迷宮保持者は12人くらいだっけ?」
「保持者は今回失った家を含め12名だが、攻略者は5名だ。攻略者であれば、その実力を以って迷宮を支配下に置いているため、実力の証明となる。よって敬意が払われる。たかが継承したに過ぎない貴族の保持者たちより、敬われるのは当然だ。自分で得た人間だからな。
その上、今回はただの攻略者ではなく、複数迷宮…しかもAクラス冒険者が死んでもおかしくないという凶悪な名もなき迷宮と、再攻略は不可能とまで言われていた深淵の迷宮の攻略者だ。そんな超重要人物の護衛の責任を侯爵位以下の人間が持てるはずがないだろう」
「……なるほど、簡単に言えば、荷が重すぎるってやつかな!」
まあ端的に言えば、その通りだと言う。……なら実力のある奴は放っておいてもいいと思うの。
「……あー、それで近衛騎士たちのこの反応か」
「「失礼致しました!」」
「わー、息ぴったり」
先程までの警戒心はどこへやら。いくら国賓レベルでも、近衛なんだからさっきのままで良かっただろうに。
夕食の時間になっちゃうから早く行こうと急かして図書室。念願の、図書室!
「本〜〜!」
きゃー!と私のテンションが上がってる後ろから、皇子含む近衛のあんなのが本当に迷宮攻略者なのかというような会話が聞こえたけど気にしない。書の前には些細なことだ!!
……勿論、後々追求しないかという問題とは別だけどね。
「で?禁書は?」
「……他の本はいいのか?」
「私がここに滞在している今日と明日しか時間がないから、皇帝は一部の禁書までの閲覧を許したんだと思うよ。もしも次があったとしても、その時禁書が見られるかは五分五分。誰に邪魔されるかわからないし、ね」
「……禁書といっても、昔話と地図やらだと思うがいいんだな?」
「……でも禁書なんだ?」
「まあ、古いものだからな。保存状態も良くないから取り扱いが難しいんだ」
「いいねー。それみたい」
それならこっち、と案内されたのは少し奥の方。一部別保管とされている禁書の棚だそうだ。
棚は他と比べて小さいが、埋め込まれた形で、その周りの壁が少し違う。青く塗られた壁に、黄色の星が散ってるような絵が書かれている。棚の上に描かれている青白い月と、竜。
そこに置かれている本はたった5冊。
・建国の変遷書
・星を降らせた少女
・異種族観察記録
・地図書
・皇族の歴史
「『星を降らせた少女』と『異種族観察記録』というのは所謂お伽話、だな。史実に基づいているのが残りの3つだ」
「……どんな話か、知ってる?」
「……皇族の歴史と建国の変遷書に繋がるお伽話だ。歴史と変遷書を元に、子供の寝物語として作られたものという仮説が立っている。…まあ、確かめようもないのだが」
『星を降らせた少女』それは短い絵本だった。たった一晩の出来事を綺麗な絵で表した本だった。
書かれていた文面は、本当に僅かだけ。
《その土地は、竜の土地でした。
人間がやって来て、二種族は仲良く暮らしていました。
けれどある日悪い竜が現れて、沢山の命が失われました。
竜も、人も、皆。
二種間を繋いだ少女が現れて、星を降せました。
星は大地を、悪い竜共々砕きました。
その後竜たちは姿を消し、人間だけがその地に残り国を作りました。》
「……竜たちは、どこに行ったのかな」
「さあな。気になるなら聞いてみたらどうだ。それがお伽話だろうがそうじゃなかろうが、現在、竜なんて早々お目にかかるようなものじゃない。その竜を二体も従えてるだろう、お前は」
「従えてるんじゃありませんー、お友達なんですー」
「悪かった。別にお前達を悪く言うつもりはなかった」
「だろうね。変なとこ真面目だなぁ。そのくらいじゃ私も友達も怒ったりしないよ」
「だろうな。とにかく、聞いてみたらどうだ?」
「あの子達は比較的若い筈だから、多分知らないと思うよ?建国から居るような生物なら何か知ってるだろうけど」
そもそも、キューちゃんもノクターンも迷宮の番人として階層にいたって事は、この当時の状況なんて知らないだろうし。とは言わない。色々突っ込まれて私が実は迷宮3つ持ってることがバレちゃうと面倒だし。
「建国から……。いるにはいるが、会えるかは分からないな」
「いるの?そんなご長寿」
「この国には建国当時から竜が一頭だけいる。数百年前から代々皇帝が契約している竜だ。だが……会えるとしたら、数年後だろうな。建國二千周年の記念祭が行われる。記念祭自体は毎年あるが、10周年周期で竜は姿を現わす。……もし会えるとするなら、その時だけだ」
「そっかー。じゃあ無理かなー。私が数年後までここに残ってるかわからないし。私の本分旅人だし」
「お前はただ外に出たかっただけで、旅人に拘っているわけでは無かっただろ」
「ん?…………あー」
確かに前そんな事言った気が。
「お前がほんの数年で飽きる程、帝都は退屈か?」
「さてね。それはまだ分かんないなぁ」
「なら無理だと思う必要もないだろ。例えいつか本当に出て行くとしても、それがいつかなんてお前すら分からないんだから」
「……そうだね」
それ以上何かいうのは藪蛇かなと思って、次の書に目を通す。観察記録の方に。
あまりに詳細で、綺麗に描かれた"空想の筈の"動物達。
「クラウスはここにある本読んだのー?」
「いいや。あまり書には興味がないからな。体を動かしている方が好きだ。
……兄なら恐らく、読んでいるだろうが」
「そっかー。お兄さんとは仲良いんだっけ?」
そこに描かれた動物達は、この世界に存在しないらしい。その真偽を誰も知らないけれど。
本をめくりながら、クラウスと会話を続ける。他愛もない話を。
「悪くはないと思う」
「いいねー。羨ましいよ」
「…兄弟、いたのか?」
「……んー。お兄さん、達はいたけどね。血は繋がってないし、そもそも家が違うし。
けど、多分仲は良かったよ。
……嫌われては、いないと思う」
「……その割には気分が悪そうだな」
「独り言のつもりでいうけど、罪悪感があってね?
私が関係性を歪めて、仲良くなった。
それでも、それは結局歪めたものだから、いつか自分に跳ね返ってくるんだと思う」
「随分重たい独り言だな」
「……独り言だからね。こうしてクラウスと交流を持っている事実すら、多分、色んなものを歪めてるんだ」
「……お前はまるで自分が罪人のように言うが、それは別に、悪いことでもないんだろう。先の事は先で考えればいい。その時どうするかはともかくとして、お前はどうにか出来てしまう力を持っているだろう」
「……それもそうだね。
……まあ、そんな訳でちょこっと複雑なわけさ!クラウスは〜?」
「兄をどう思っているかと言われるとな……。尊敬している。……としか言える言葉が無い。会えば話をするし、互いに手が空いていればカードゲームくらいならする。…まあ、その程度だな」
「女遊びに誘ったり「してない」だってさぁー」
「……俺も悪かったとは思っている。誓って誰かにその…そう言った遊びの誘いはしてない」
「出た。変なとこで真面目かつ冷静」
「褒めてるのか?貶してるのか?」
「褒めてるよぉ〜」
あはは。と楽しみながら、半日を図書室で過ごした。禁書以外の持ちだし許可が出たので、数十冊選んで客室に持ち込んで、楽しい夜を過ごした。
……因みに次の日の朝、1時間ほどの仮眠から目覚めると、持ち込んだ本が全て図書室に返却されており、皇宮の使用人達の有能さを感じた。




