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傑物の一族の傑物ですが、なにか?  作者: 猫側縁
第1章 公爵令嬢 シェリティア・ステラリュート
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第2夜



魔力の高いものは、精神の安定が早い。傑物の一族、ステラリュート家もまたそうである。

シェリティアも、普通の赤子と比べておよそ半年早く話せるようになり、4歳になる頃には語学も…まあ偏りはあるが堪能と言えるレベル。


だが、それだけではない。シェリティアは傑物の一族においてさえ傑物だ。誰が教えるまでもなく、気付いた時には魔法を使っていた。

ものが動けば風が吹くように、炎に空気を含ませれば大きく燃え盛るように、まるで太陽が沈めば夜が訪れるのと同じ感覚で、魔法を使うのだ。息をするかのように自然に。歌うかのように穏やかに。

つり目がちな顔つきから攻撃的な美を持つ妖艶な美女がマリアだとするなら、くるりと丸くて大きな目を持つシェリティアは抱擁するような穏やかな妖精だ。今はまだ。だが…。


シェリティアが何事もなく、いつも通りに次から次へと魔術書を読み漁るのを側に控えて見守っていた執事長は、彼女が初めて魔法を使った日のことを、まるで昨日のことのように思い出す。あれはまだ暑くなり始める少し前のこと。公爵家の使用人を増やして間もない頃のこと。


「…ほう、結界魔法とは」


これはまた、珍しい。と、執事長は呟いた。

彼はこのステラリュート公爵家に代々仕える伯爵家の人間である。先日誕生した次代のステラリュート公爵の世話を完璧に管理している元締めでもある。そんな彼は、先程パニックを起こしながらもシェリティアの異変を伝えに来たメイドにより、時間的に中庭の芝の上で遊んでいるであろうはずのシェリティアの元に駆けつけた。

そしてそこにいたのは、慌てて怯えたように遠巻きに固まっている新入りのメイドが3名と、その視線の先で芝の上に座る少女だ。ただし、その周りには、彼女を円心に半径1メートルの透明な半球状の膜が張られていた。透明で泡玉のようにふわふわして弾力があるように見えるが、触れてみればその球体はガラス球よりも硬質だ。

間違いなく結界魔法だ。それもより高度な強化結界魔法もかかっている。


「じぃ?」


鈴を揺らすような幼い声が執事に届く。執事はにこりと笑って、何でしょうお嬢様。と結界の外ギリギリのところに跪いて小さな主人に伺いを立てる。


「…転んじゃった。りぼん、ほどけちゃった…」

「おや、それはそれは。お怪我はないのですか?」

「うん…」

「では、リボンを結びなおしましょう」

「うんっ……!」


結界が消えて行く。執事は確信する。この少女はすでに結界魔法を意のままに操っていると。そして、敵意や悪意を感じ取る素質すらも発揮していると。

少女の手を取り立ち上がらせ、解けたというリボンを結び直す。嬉しそうににこりと笑って礼を言った。


「お嬢様、質問がございます」

「なあに?」

「魔法を使ったのは初めてですか?」

「…たぶん?転んでびっくりしたら、みんなとおくにいたから」

「そうでございますか。いやはや、あんなに素晴らしい結界を作られるなど、お嬢様は将来、魔導師となる事すら可能かもしれませんな」


確定。結界魔法が初めての魔法だ。

初めて発動する魔法というのは、呪いも兼ねている。占いみたいなものだ。本来なら5歳になってから、教会で持っている魔力を自覚する儀式を行い、その場でやっと弱い魔法を発現させるのである。水晶を前に行うそれは、炎魔法ならマッチ一本分の火が、水魔法なら小さな掌分の水が、風魔法なら小さなつむじ風が其々水晶の中に浮かび上がる。

それらは魔導適正と呼ばれる。

最初に使う魔法がその人間の運命に最も適性のある魔法を示す。例えば、水難の起こりやすい地域に住んでいたりすると高確率で水魔法、酪農が主流の土地にいれば手助けになるよう風魔法が多い。

たまに現れる2属性、闇魔法と光魔法は、不遇な環境にいると闇魔法を発現させる人間が多い。光魔法の出現条件はわからない。本当に僅かな人間だけが光魔法の使い手になりえるから。

さて、そんな特別な魔法だが、シェリティアが発現させた魔法は結界魔法と強化魔法。光と闇だ。孤児が発現させる可能性は高い。命の危機を感じ取り、生き残ろうとするから。庶民でもまだわかる。だが、シェリティアは貴族、しかもその中で最上位の四公爵。ならば何故、結界魔法と強化魔法なんてものを発現させたのか。目下のところ理由として考えられるのは、遠巻きにこちらを見て顔を青ざめさせている3人の礼儀見ならい中の令嬢メイド達だろう。


「お嬢様、ここからは私がご一緒致します。あのメイドたちは下がらせましょう」

「じいが一緒?ならお魚見に行ってもいい?」

「遠乗りをご希望なのですか?では騎士団から何人か連れてまいります」

「……じゃあいいや。部屋に戻る」

「お茶の準備が出来ておりますよ」

「…本、片付けてないよね?」

「サイドチェストに移動はさせました」


ならいいか。と区切りをつけたらしく、大人しく執事に抱き上げられる。空かさず執事について来ていた信用のおける古参のメイドのうち1人が傘をさし、もう1人はその場に残る。理由は1つ、シェリティアの魔法発動の原因排除である。

青ざめていく新人メイドをその場に残し、執事は足を進めるのだった。




マリアの産後は順調だったため、彼女と祖父の2人から愛情込めて育てられている真っ最中。なのだが、そんな時、とある手紙が届く。


「あら…四公爵の茶会ね」


四公爵の茶会。それは仲の良い四大公爵各夫人が、誰かの家で定期的に行っていた茶会である。四年前までの話だが。

皆出産の時期が重なってしまった為、一時取りやめていたのだ。マリアは産後が順調で娘もそれは無事に育っていると手紙で送ったため、それぞれの子息女の顔合わせも含めて再開しないかという事だった。


「リリア様に、アンナ様、カトリーナ様もお元気そう…。三家とも男児だったかしら?」

「はい。なので奥様達はシェリティア様にお会いできるのを楽しみにしていらっしゃいます」


手紙を届けに着た使者は、三方に散々お願いをされたらしく、苦笑気味である。


「子息たちはシェリティアより歳が上だったな?」

「はい、お父様」

「ではうちで行えばいい。最近は書庫の魔法書を読み漁るのに夢中になっておるからなぁ。

行きたくないと言いだしかねんが、当家で行えば出ない訳にもいくまい」


確かに。とマリアは思う。シェリティアはまだ幼い子供ながら、王宮の魔術師や研究者達に負けず劣らずの勉強家なのだ。この間解禁にした禁書の棚の本を読み終わるまでは屋敷から出るものか。という執念が見えたので、ゴドリックの言い分は正しい。

早速手紙を送る事にした。


「…ところでお父様、あの人の件はどうなりそうですか?」

「証拠は儂が握っておることは事実。この儂から掠め取ることなど出来ぬ。奴は別邸から探そうとしているがまあ、意味はないだろうに」

「婚姻破棄も考えております」

「うむ、その事に関してはお前には頭を下げても下げきれん…。老いぼれどもの都合で酷いことをした」


すまない。と頭を娘に下げるゴドリック。言わずもがな、夫の話である。ゴドリックは悔い改める時間をやったのだ。シェリティアが5歳になるまでに家から出て行き、妻と別れて子爵位に戻り今までの悪事の全てを王の前で告白し謝罪、罰を受け二度と公爵家に近づくな。と。

マリアは気にした様子もなく大丈夫だと言ってのける。しかし、女傑である彼女は自分の不利益を許したとしてもただでは許さない。


「ただ…。あの人は国の恥です。

お父様が情けをかけ、猶予を与えたことに私は不安を覚えました」

「む…それは…」


かたん、と音がして、扉が開いた。そこから姿を見せたのは、小さくて可愛らしい愛娘、愛孫。シェリティアだ。


「…お話の邪魔、でしたか…?」


何か聞きたいことがあったのだろう。やってしまったとばかりに落ち込みつつ、分厚い魔道書を抱えて上目遣いに伺う姿は庇護欲を駆り立てる。


「いいえ。シェリティア、おいでなさい」


座っているマリアの膝の上に乗せられたシェリティアは照れつつも嬉しそうである。そして祖父を見て一言。


「おじいさま、悪い事したの?」


どうやら頭を下げていたのを見られていたらしい。母も祖父も苦笑をこぼす。


「いいえ。おじいさまは悪くないのよ」


と母が言うので、賢い娘は理解して、そして迷い無く告げる。


「お母様もおじいさまも、悪くないならいいの。悪いのは私が始末をつければいいもの」


祖父達は今度こそ固まった。まさか父親の事と推測しているとは思わないが、自分が始末をつけるなど、4歳児から出て来る言葉としては些か肝が座りすぎている。


「新しい単語が出てきたので、教えて欲しいのですが」


という言葉で正気に戻った。


「あら?シェリティア。貴女、確かこの国の共通4か国語は覚えたのでしょう?この本に他の国の言葉が出てきたかしら…?」

「ん?……うむ。普通の単語じゃな。掠れたせいで読めなかったのだろう。

この文字はtiarriaじゃな」

「…そう、でしたか。分かりました。ではまた書庫に」

「シェリティア、今度当家でお茶会をしますから、ちゃんと、参加しましょうね。

貴女より歳上ではあるけれど、歳の近い3人の公爵子息もいらっしゃるから」

「…かおあわせ、ですか?分かりました。日付が確定しましたら教えてください。それまでに確実に終わらなさそうな研究は後回しにしますので」


シェリティアは明らかに研究の妨げと思ったが、当家でやると言われて仕舞えば出ないわけにもいくまいと腹を括ったらしかった。

その様子に、親族2名は苦笑を隠せなかったのは仕方のないことだろう。


1人部屋に戻ったシェリティアは、非常に面倒と言わんばかりに溜息をついた。

おおよそ4歳の少女の部屋とは思えないこの部屋の様相は、それでも傑物の一族の人間としてはあり得なくない部屋である。

机の上には古い書物が積み重なり、それはベッドの上や椅子の上にまで及んでいる。どうやら彼女は床の上に本を置くのが嫌なようだ。


「お茶会、ねぇ……?」


鼻で笑って、手にしていた本を机に置いた。開いたページは先程わざわざ確認しにいった単語の書かれた部分を含んでいる。彼女はその単語を指でなぞって、一言つぶやき、本を閉じた。


「顔合わせでしょうに」

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