Re:prologue
誰かが優しく歌っている。
凍てついた身体を、失命の恐怖を和らげる、月の光のように淡い温かさだ。
ああ、これは夢だろうか。
その存在は見えないが、たしかに私は触れている。
今までに触れたことのない、純然たる至高の魔力に。
それは何とも言えないが、今まで気にも留めなかった孤独の恐怖を自覚した私を、抱きとめる。
柔らかに、親が子を腕の中に抱える様に。
…これは、夢だろう。そうでなければ、なんだというのだ。
はて、私はなぜ、眠っているのだろう。
私は彼の国に在るという、この世で最も美しく、強い魔力の持ち主の訃報を聞き、いてもたってもいられずに、身一つで家を飛び出した。
信じたくない。
彼の方が死ぬなど、ありえない。
誰かが害したに違いない。
家の者の制止も聞かずに、私はただ、あの国の方へと進む。
私のいた国から、彼の方の国までは、少なくとも3つの険しい山脈と、魔物のひしめく森を複数抜ける必要があった。
そのうえ私は国の中では最高位の実力はあれど、興味のある魔法以外は無駄と思い生きてきた。家から出ることもほとんどなく、まして国から出た事などない。
私の身1つでは、到底超えられるはずのない道のりだ。
それでも私は、立ち止まれないのだ。
あの国には、いたのだ。
あの国にしか居なかった。
私の求める、彼の方は。
何も見えない闇の中で、もがく。
足掻いて、足掻いて、病か怪我か、熱を持ち痛みや苦痛に苛まれる身体など、どうでもよかった。
そんなものより、現実を受け入れることの方が余程私を絶望と死に落とすのだ。
魔力が、心地よかった歌が遠のいていく。いやだ。行かないでくれ。
怖い。こんな場所に置き去りにしないで。
闇しかなかったその場所に、1人の女性の…いや、まだ少女という年頃だろうか、だが幼さなど感じられない、白銀の君がそこにいた。
美と力。
彼の国の姿も知らぬ彼の方も、こんな姿をしているのだろうか。
マリア様、貴女は、本当に死んでしまったのか。
白銀の君が哀しげに微笑う。
大丈夫、おやすみなさい。
そう鈴を転がしたような声に、不安は溶けて消えた。
白銀の君の姿が消え再び訪れた闇だったが、私はもう、ちっとも恐ろしいとは思わなかった。




