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男装陛下と女装令嬢  作者: 神宮透
第四章 仮面舞踏会

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仮面舞踏会II


ハッとして振り向いたシャノンの顔に赤い閃光がはしる。小さく悲鳴を上げていた人々も、その正体が花火だと分かるとホッとしたように笑い合った。


「こんな演出があるなんて知らなかったわ。粋なことをするものね」

「花火なんて、女王陛下がお生まれになった時以来だな」


招待客たちが口々に感想を述べる。中には、花火を見るのが初めてと言う者もいて、予想以上に色々な場所から人が集まっているのだと実感した。


「きれいね……花火なんて何年ぶりかしら」

「そうだね…最後に見たのはいつだったかな?」

「さあ……確か、今の国王陛下が即位なさった時じゃなかったかしら?」


アンネの返答に古い記憶が蘇る。そうだ。あれは先代の王が急死し、当時わずか10歳だったメリルが歴代最年少で即位した事を祝うものだった。だが、国民たちは同時に喪にも服していたので、「めでたいんだか、悲しんでいいんだかわからないねぇ」と大人たちがぼやいていたのを覚えている。



「まさかこんな間近で見られるとは思わなかったわ」

「そうだね。花火の原料となる硫黄や硝石は貴重な資源だし、どの国でも簡単に手に入るとは限らないからね」


続けざまに打ちあがる緑や黄色の花火を見上げシャノンが呟いた言葉に、アンネは目を丸くする。


「……詳しいのね。どこでそんな事を?」


メリオットから叩き込まれた知識がうっかり口から滑り出て、シャノンは慌てて気をそらそうとする。


「ほら!みんな花火に夢中になっていて列が乱れてる。今の内に前に進もう!」


夜空を彩る花火の音に後ろ髪を引かれつつも、アンネは背中を押されシャノンと共に人波をかき分ける。松明が煌々とたかれたエントランスの前まで来ると、仮面の代わりに騎士の兜を付けた者が招待状をあらためていた。


「名は?」

「シャノン=マグリットです。この度はご招待頂きありがとうございます」


シャノンの挨拶には答えず、騎士は後ろにいた黒ずくめの男に帳簿の確認を促す。男は何枚か紙をめくったあと、頷き返した。すると、騎士はいきなり態度を豹変させ、兜越しでもわかるほどの猫なで声で来訪の感謝を伝えてきた。


「ようこそ、お待ち申しておりました。どうぞ不可思議で妖艶な一時をお楽しみ下さい」


そう言って館内への入場を許可する。アンネを伴いながらシャンデリアの光が煌めく会場内へ足を踏み入れたシャノンは、その人の多さに驚く。建物の外にはまだあんなにたくさんの人が並んでいると言うのに、一体どれほどの招待客がいるのか。

大広間の一角には様々な楽器を持った楽団の姿があったが、その他にも請われれば何でも演奏する流しもいて、果たしてそれがただの招待客の手慰みなのかプロなのか判別がつかなかった。


「チェリー酒はいかがですか?」


鼻の長い奇妙な仮面をつけた給仕に声を掛けられ、シャノンはアンネの肩に手を置き、かばうようにその体を引き寄せた。


「結構。だが、彼女には何か軽い物を飲ませたいんだが、ノンアルコールはあるかい?」

「でしたら、あちらに木ブドウのジュースを用意してあります。園庭で採れたものですから新鮮で美味しいですよ」

「ありがとう」


礼を言い、その場を離れる。給仕の姿が見えなくなると、アンネは堪え切れなくなったように噴き出した。



「シャノン……何?その喋り方」

「メリオット様からの受け売りだよ。顔が見えない分、はったりをきかせて威厳を持った方がいいって」

「どうして?」

「さあ、よくわからないけど……素顔が分からないのをいい事に、当たりが強い人がいるらしいんだ」


理解したようにアンネが頷く。


「確かに……顔を隠すと気が大きくなるって言うしね。横柄な態度で人を服従させようとしてくる人に対しては効果的なのかも」

「そう言うものかな」

「そう言うものよ」


いまいちピンと来ていない様子のシャノンに、アンネは苦笑する。


「シャノンは分からなくていいわ。どこにいても変わらないのが、あなたの良さですもの」


シャノンの腕に手を置き、アンネは大広間の方を顎で示す。


「行きましょう」


二人で大きなアーチ状になっている入り口をくぐる。中にはすでに大勢のゲストが待機しており、ホールの中心を空け、ダンスの曲が始まるのを今か今かと待ちわびていた。

シャノンたちも列の後ろに並び、その時を待つ。その間もシャノンは仮面の奥から、メリルの姿をずっと探し続けていた。

スタンリーは、この仮面舞踏会の最中に必ず接触してくるはずだ。1秒足りとも気を抜けない。


シャノンの変化に気付いたアンネが、腕に置いた手に力を込めてくる。


「どうかした?」

「……いや、大丈夫」


下手な言い訳は図星を掘るだけだと思い、シャノンは言葉少なに否定した。

アンネはそれ以上詮索してこない。彼女もこれがただの仮面舞踏会ではないと、うすうす勘付き始めている。


すると、ホール内が静寂で切り取られ、人々が息を詰めた瞬間、舞踏会の始まりを告げるワルツが盛大に奏でられる。我先にと中央へ踊り出していく人々の波に押されながらも、シャノンとアンネは空いているスペースを見つけそこに滑り込む。

互いの手を取り合い、一呼吸おいた後、音楽に合わせて踊りだす。


ともすれば、肩がぶつかりそうな程の至近距離で踊る人々の隙間をかいくぐり、シャノンとアンネは仮面越しに苦笑した。


「すごい人ね」

「はぐれないようにしないと」


そう言った直後、アンネの姿が突然風にさらわれたように消えてしまった。驚いて立ちすくむシャノンの指に、黒いレースに包まれた細い四指が絡みつく。派手なクジャクの仮面をつけた女だった。


「仮面舞踏会は初めて?」


仮面と同じ黒い紅をはいた唇が妖艶にわらう。シャノンが答えられないでいると、女はその針金のような指先を首筋にあてがってきた。


「コレはね……チェンジリングと言われる遊びよ。1小節ごとに踊る相手を入れ替えるの」


そう言うや否や、女はまた別の男の元へと飛び移った。どうやら、このゲームは女性側に主導権があるようだ。そして、次にシャノンの元へ現れたのはふくよかな体型をしたマダムだった。女は意味ありげな視線を送りながら、その豊満な体を押し付けてくる。媚びるような態度にシャノンの背筋は粟立った。

嫌悪感に身を引こうとするも、マダムは更なる反応を確かめるように胸元にも手を這わせてくる。

仮面の奥の瞳が異様にぎらついていた。

そして、シャノンは咄嗟に理解した。


これは「夜の相手を探す」ゲームなのだと……だとしたら、やはりアンネをここに連れてきたのは間違いだった。メリオットが一体どこまで熟知していたのかは不明だが、彼の事だから恐らく知っていて黙っていたのだろう。

仮面舞踏会には、そう言った淫靡で背徳的な側面がある事を──


だが、だからと言って彼を責める気にはならない。そう言った秘匿性が高く混沌とした場所だからこそ、

メリルたちが姿を現す可能性が高いのだ。メリルがどこの馬ともしれない男共に触れられていると考えるとぞっとする。彼女は気高く高貴な存在だ。

凡庸な男共がおいそれと触れていい存在ではない。悶々とした思いが胸中を埋め尽くす。


彼女の凜とした姿を脳裏に思い浮かべる。別れてから数ヶ月……あの薄紅の珊瑚を溶かしたような淡い真珠色の髪は伸びただろうか?おおよそ男装とは程遠いほど華奢で小柄な体型に変化はあっただろうか?強い意思を湛えたアーモンド色の瞳は、今何を映しているのだろうか?


より鮮明にメリルの姿を思い出そうとしたシャノンは、強く冷静な声音に現実に引き戻された。



「よろしいかしら?」


ハッと目の前に焦点を合せると、青いモルフォ蝶の仮面をつけた小柄な女性がじっとシャノンを見つめていた。


「え、ええ……すみません。ぼーっとしていて」


身長の頃合いで言うと、ちょうどブーツを脱ぎ捨てたメリルくらいだ。まさかと言う期待がふくらむ。だが、手を重ね合わせた瞬間に違うとわかった。メリルの手も本当の男のものと比べるとかなり小さいが、それでも武芸で鍛えられ節くれ立っている。その努力の証も大好きだった。

何を見ても、何を感じても、全てメリルに繋げてしまう。


苦笑するしかないシャノンを見てどう思ったのか、女は先程よりも少し口調をやわらげて話しかけてきた。



「その気がないのなら早くここを抜けた方がいいわ。あなたみたいないたいけな子羊は、百戦錬磨の狩人たちの格好の餌食よ」


先程の女たちが仮面の奥で舌なめずりする姿を想像し、シャノンは身を震わせる。一刻も早くここを離れなければ。

曲が終わると同時にシャノンは駆け出した。礼にかなっていないのは百も承知だが、裸で狼の群れに放り出されたような不安が一気に襲ってくる。


曲間の雑談に花を咲かす人の波をかきわけ進んでいたシャノンは、不意に名前を呼ばれた気がして振り返る。仮面越しにちらちらと品定めしてくるような視線は感じるが、見知った人はいないと判断して踵を返す。いたら大問題だが、仮に居たとしてもこの匿名性が売りの舞踏会でわざわざ話しかけてくる者はいないだろう。



もう少しで人波を抜けられそうな所まで来た時、急に後ろに引っ張られるような感覚がして危うくつんのめりそうになる。

見ると、ジャケットの上から2番目のボタンに、銀色のひもが巻き付いていた。何事かとそのひもを辿っていくと、袖口にたくさんのフリンジがついた衣装を身にまとった女がいた。仮面マスクには、大量の白い羽があしらわれていて、頭から鼻先まですっぽりと白いヴェールに包まれていた。



「あ…すみません。すぐに解きます」


乱暴に引きちぎるわけにもいかず、もたついていると、次の曲が待てずに自由に踊り出した人々に囲まれる。このまま、ここにいては邪魔になると人波の外へ連れだそうとしたシャノンを、女は手をかざし制止する。そして、小さく首を振り踊れと合図する。


逡巡する間もなく次の曲が始まってしまったため、シャノンは戸惑いながらも従った。女はとてもリードがうまかった。本来なら男性側が誘うはずのステップを聞き馴染みのない曲で戸惑うシャノンに代わって、なんなくこなしていた。それでも、はたから見たらきちんとシャノンがリードしているように見えた事だろう。


そして、そんな事が出来る女性は、シャノンが知る限りたった一人しかいなかった。



「……ル」


やっとの思いで絞り出した声は蚊の鳴くような小ささだったが、それでも彼女の耳にはちゃんと届いたようだった。


「シャノン」

「…メリル」


今度は、ちゃんと言えた。



「今まで……」

「しっ、隙を見て抜け出してきたんだ。このまま人混みの中に紛れろ」


近くにスタンリーがいるかもしれない緊張感が会えた喜びに勝り、素直に再会を祝えない。



「このまま一緒に逃げよう、メリル」


握ったこの手をもう離したくない。だが、メリルは首を縦に振らなかった。


「どうして……」

「確かめねばならない事が…まだある」


奏でられている曲は先程よりもテンポが早く、男性が女性を回転させたりと何とも大胆な振り付けになっている。確か、メリオットには「難易度が高すぎる」と練習から外された曲でもあった。それでもこのまま突っ立っているわけにもいかないので、シャノンは半ばやけくそのような気持ちでメリルの腰を引き寄せた。

見よう見まねで、振り付けを真似る。一度彼女の体を突き放したかと思えば、またすぐに腕を引っ張り自分の元へ引き寄せる。鼻先が触れ合うほど顔の距離が近付き、互いの熱い吐息を感じた。



「……俺にも言えないこと?」

「そうじゃないが……」

「じゃあ、何?」


言い淀むメリルにもどかしさが募り、彼女の腰に置いた手に力が入る。


「あいつに何かされた?」

「いや……」

「触られたりとか…何か侮辱的な事された?」

「いや、されてない」


そう、はっきり否定されたにも関わらず、シャノンの不安は晴れない。


「嘘だ」

「嘘吐いてどうする」


たしなめるように言われてもシャノンは怯まなかった。


「本当に?指一本たりとも触れさせてない?」

「いい加減にしろ。私がそんな軟弱な人間に見えるのか?」


ついには少し怒ったように体を離したメリルの手を引き、シャノンはヴェール越しに彼女の目を見つめた。


「違うよ。俺にとって…メリルはただの愛する女の子だから、心配してるだけ」

「………」


言い返す言葉を失い、メリルは呆ける。急に立ち止まった二人を周囲の人々が迷惑そうに避けていく。



「…大丈夫だ……本当に…何も、されてない」


急に息苦しさを感じて、メリルは俯く。……一体どうしたと言うのだろう。急に耳が熱くなり、まともにシャノンの顔を見られなくなる。表情を見られまいとヴェールを深くかぶり直そうとする手を止められる。


「二人きりになれる場所に行こう」

「ないだろ、そんな場所」

「あるよ。行こう」


自信たっぷりにそう言うと、シャノンはメリルの手を引いた。そのまま人の輪から抜け出そうとするシャノンをメリルは慌てて引き止める。



「だめだ。目立つ行動を取るな」


どこでスタンリーが見ているかわからない。

彼の目をうまくごまかせた、と言うよりも「泳がさせられている」と言う気がして、メリルは落ち着かない。そんな彼女を周囲の視線から守るように、シャノンはそっと引き寄せた。



「彼がいる?」

「わからない…だが、きっとどこかから私たちを見ているはずだ」

「どうして、そんな事?」

「さあ……奴の考えている事はわからない」


そう答えながらも、メリルは心のどこかで理解していた。

彼が──……“姉”の面影を見出そうとしている事を。それは、本来であればメリルなのだが、今はシャノンだと思われている。シャノンを危険な目には遭わせたくない。だが、国の防衛上、本当の身分を明かすわけにもいかない。


打開策を得るためメリオットを探しに来たが、まさか先にシャノンに出くわすとは思っていなかった。策士家の彼の事だから、今後キーパーソンとなるシャノンの事をみすみす表に出すまいと思っていた。



「あいつはどこだ?」

「メリオット様のこと?それなら使用人ルームにいる」

「なるほど……それで“二人きりになれる場所がある”と言ったのか」


先程のシャノンの妙な自信を思い出し得心する。


「確かに……他の参加者が足を踏み入れない場所なら、リネンルームだったり、物置だったり…色々あるな」


身分の高い者は基本、使用人が使うスペースへと足を踏み入れない。そこの盲点を突き、メリオットは裏からのルートを確保しているのか。そして、そのどれもこれもが自分の奪還作戦のためだと分かるからこそ、メリルは歯痒さに瞼をきつく閉じる。



「一緒に返ろう、メリル」


耳元で囁かれたシャノンの声が切なく胸に響く。



「………まだ、帰れないんだ」

「どうして?」


驚いたように体を離したシャノンに、メリルは自分の気持ちをうまく伝える言葉が見つけられず苦笑する。



「とにかく……まだ帰れない」


それだけを言うと引き止めようとするシャノンの腕を振り払い、踵を返す。

追いかけようとしたシャノンは、しかしフロアを縦横無尽に踊り狂う人々によって阻まれる。



「メリ…」

「シャノン!」


急に目の前に飛び出してきたアンネに、シャノンは口を閉じる。誰が聞いているか分からないこの状況で、名前を呼ぶのは避けたかった。


「良かった…!もう会えないかと思った!だって、この人の多さでしょ。それに……どうかしたの?」


興奮気味にまくし立てていたアンネは、自分の背後を気にするシャノンの視線を追い、振り返る。



「誰かいた?」

「………いや……」

「大丈夫?きっと人に酔ったのね。あっちに座れる場所があったから休憩しましょ」



顔色の冴えない自分を心配し、人波の外へ連れ出そうとするアンネにシャノンはホッとする。




……少し、頭の整理をしたかった。


メリルは「まだ帰れない」と言い、その理由も告げずに去ってしまった。何故、理由を言えないのか……もしくは、言わないのか。

どちらにせよ、自分はまだメリルにとって頼れる存在ではないのだと勝手に気落ちしてしまう。




「ここにいて。飲み物を取ってくる」


手近なイスに座らせられ、しばらくの間そこで待つように言われ大人しく従う。飲み物を取りに行くアンネの後ろ姿を見ながら、ぼんやりと考える。

自分がここに来たのは、メリルにとって迷惑だったのではないだろうか。彼女なら一人で……そして、メリオット一人いれば十分だったのではないだろうか。そんなマイナスな思考が頭をもたげ、シャノンは頭をかきむしる。



「あー……会えなかった時より、会えた時の方が悩むとはな」


自嘲気味に呟き顔を上げた時、2階のちょっと出っ張ったバルコニーのような部分に狼の仮面をつけた男が立っているのが見えた。咄嗟にそれが誰かを理解したシャノンは、無意識に駆け出していた。



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