グレイド、本懐を遂げる
何故だ、自分は26歳の健康な男なのだぞ。
26歳になる日に思うのは、やはりフランチェスカのことだ。
フランチェスカは先月、18歳になった。
盛大にお祝いした、それはもう可愛くって。
プレゼントのおねだりも上手い。
グレイドと1日一緒にいたい、グレイドの時間が欲しい、なんて言うから死ぬほど働いて時間作った。
フランチェスカのリクエストで馬で遠出をしてピクニックに行った。
山間の小さな湖畔を手を繋いで歩いた。
なのに、キスから進展がしない。
フランチェスカに会ってから10カ月以上禁欲生活が続いている。
フランチェスカ以外としたいとは思わないが、フランチェスカとはしたい。
好きな相手が側にいて、相手も自分が好きなのに手を出せない。
仕事は忙しい、チャンスは少ない。
だが、何より焦ってフランチェスカに嫌われたくない。
いつからこんな小心者になった、フランチェスカを好きになってからだ。
2ヶ月後の結婚式まで自分達は清い関係なのか、グレイドの頭の中で煩悩が渦巻く。
そして誕生日というのに、仕事に終われている。
結婚式が2ヶ月後だからだ。
戴冠式も2ヶ月後だからだ。
人事を刷新し、国政の体制を変えたからだ。
クリストフ王国との交渉がひかえているからだ。
エメレン王国政務官との会談が近くなってきているからだ。
自分はいったいどれだけの仕事を抱えているのだ。
いつからこんなに忙しくなった、フランチェスカと出会ってからだ。
「グレイド、お誕生日おめでとう。」
のんきにフランチェスカが執務室に入ってきた。
お茶の時間になっているらしい。
ワゴンに誕生日ケーキを乗せている。
馴染みになった政務官達が茶の用意を始めると、グレイドも休憩をすることにした。
フランチェスカが政務官達に指示をしてテーブルを片づけている。
フランチェスカは書類の重要性にわけて処理するから、後で困ったことはない。
「フランチェスカ。」
「はい、グレイド?」
「君は書類を片づける時に書類の内容が解っているよね?」
うんうん、とフランチェスカが首を縦に振る。
それは簡単なようにフランチェスカはするが、一目で解るような内容ではない。
「だってー、エメレンの王太子教育受けてたもん。」
もん、じゃない、すごい事なんだぞ。ここに人材がいた!
気楽にハッピーバースデーを歌っているが、とんでもない才能の持ち主かもしれない。
17年間王太子教育をされているんだ、フランチェスカは頭はいい、これは使える!
「ほら、蝋燭吹き消して。」
グレイドの目の前にケーキが持ってこられたが、グレイドの頭の中は仕事の処理でいっぱいだ。
「フラン、プレゼントに君が欲しい!」
政務室が一瞬で鎮まった、フランチェスカは真っ赤だ。
「こんな、皆の前で言うなんて!
グレイドには情緒がないの!?」
グレイドは言葉使いを間違った。
「ごめん、仕事が多くって、フランの処理能力が欲しい。」
グレイドが言いなおすと、フランチェスカがポカポカ叩いてきた。
「バカー!期待したじゃない!」
グレイドは撃沈した。
思わず鼻を押さえて、鼻血と妄想と煩悩を押さえる。
君の一挙一動に振り回されることさえ楽しいと思う自分がいる。
その後、空いたテーブルでフランチェスカは書類を分け始めた。
内容、日時、種別、重要性、機密性を元にグレイドでないと処理できないものだけグレイドに渡し、他は政務官達に振り分けた。
残念ながら実務経験がない為、フランチェスカ自信が処理する能力はないが、一気に書類の処理が進んだ。
政務官がするには機密事項を含んだ書類があるため、グレイドが確認しながら各自に振り分けていたので、フランチェスカは適役といえた。
それだと、グレイドは全ての書類を確認するために時間を取られていた。
フランチェスカは王太子の執務室にお茶に来るだけだったが、部屋にいる政務官の特性を見ていたらしい。
彼らに振り分ける書類も得意分野を考えて分けていた。
「明日もお手伝いするわね。」
初めてのお手伝いで、やる気に燃えて瞳をキラキラさせたフランチェスカ。
「ありがとう。助かるよ。」
グレイドも使える人材と感心するほどだ。
グレイドがソファーを動かして、グレイドの執務机の横に持って来ると、フランチェスカが疲れたー、と言いながら座った。
政務官が煎れたお茶を飲んでいたが、寝てしまったらしい。
グレイドは自分の上着をフランチェスカにかけると執務を続けた。
しかも、他の政務官にフランチェスカの寝顔を見せたくないので、ソファーの向きを変え、他の政務官の方にソファーの背を向けた。
いつもよりは早く仕事が終わり、政務官達も部屋を出て行った。
それでも外は真っ暗である。
「フラン、公爵邸まで送るよ。」
グレイドがフランチェスカを抱き上げようとすると、フランチェスカが目をあけた。
「今日は、帰らないの。
グレイドのお誕生日プレゼントは私よ。」
この間はグレイドの時間を貰ったから、と言う。
大胆発言のフランチェスカにグレイドは夢かとさえ思った。
「公爵は知っているのか?」
彼女の父親は恐い、ご機嫌を損ねる訳にはいかない。
どこの彼氏も同じだ。
「お母様が協力者よ。」
口に人差し指をあて、フランチェスカが笑う。
イタズラな微笑みをするフランチェスカにはかなわない。
もう主導権はフランチェスカでいいと思う。
グレイドはフランチェスカを抱き上げると、私室に向かいながら囁いた。
「フランチェスカ、君だけを愛しているよ。」
フランチェスカが嬉しそうに微笑む。
「私も。」
だから、ずっと大事にしてね。
もちろんだよ。
それからの言葉は続かない、夜は更けていった。
国中が喜びにあふれ、グレイドが戴冠した日。
たくさんの賓客が見守る中、極上のレースに包まれたフランチェスカがサンレオ公爵に手を取られて大聖堂の中を進んでいた。
長いレースのトレーンが参列する女性達の感嘆の溜息を誘う。
その先には王になったばかりのグレイドが待っている。
大聖堂のステンドグラスからは光がこぼれ、祝福の音楽が響いている。
繊細なレースを纏い、真珠が散りばめられたウェディングドレスを装う花嫁の美しさにグレイドは奮えそうだ。
フランチェスカのベールを髪にあげ、誓いのキスをする。グレイドの感動はひとしおである。
フランチェスカに会ってからの日々が走馬灯のように甦る。
「好きよ、グレイド。」
花嫁は誰よりも美しい笑顔で囁いた。
自分が言おうと思っていたのに、また先を越された。
「君にはかなわないな。」
参った、君に首ったけだよ、とグレイドが笑い、二人は手を繋いで光あふれる扉に向かう。
外からは民衆の歓声が聞こえる。
「これからずっと一緒だね。」
これにて完結となります。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
楽しく読んでいただけましたなら、嬉しいです。
11/17~12/2 16話 完結