④魔王討伐とエピローグ
王都に戻ったエレニアは、魔王が直接諸侯の前に現れる論功の場にて発言した。
「親愛なる魔王陛下、我らが強靭な魔王軍も長い戦いで疲弊し、士気が下がっております。そこで陛下が前線へ赴き、最も苛烈なる戦場にて武威を示していただければ、臣民たる兵達の士気も高まりましょう」
練習に練習を重ねた成果か、偉い将軍っぽい言い方と所作にて魔王へ上奏するエレニア。誰もが目を惹く絹糸のような繊細な金髪に、美の女神にすら見える美貌、整えられた体のラインはどんな彫刻家でも表現できないような美しさだ。纏うドレスも魔王妃という立場に相応しい豪奢な物だった。
魔族の文官や将軍達、上位の貴族連中すら惹きつけてやまぬ彼女の発言は、内容を考えればありえ無い事ではある。王様、戦場で戦ってね!と言っているのだから。
しかし多数の者が拍手をし、それに釣られその場に居たほぼ全ての者が賛同するように盛り上がった。中には声を上げ賛同する者も少なくない。その声に押され、戦場に行く気がなかった魔王も立ち上がり魔王妃の提案を承諾した。魔族は基本的にノウキンである。魔王だって臣下が盛り上がるなら戦地へ行くのだ。
企みが成功したエレニアは誰にも見えないようにニヤリと笑う。
先導するように拍手したり声を上げたのは、事前に彼女が頼んでいた者達だ。強大な武力に武具作成技術だけではなく、謀略も出来る……のは前世でそれ系の本を読んでいたからだ。会議は事前の調整で決まるとか書いていたのを、まんま実行しただけだった。ニヤリと笑ったのも成功したからではなく、噛まずに言えて良かったという安心感からだ。大物になりきれないエレニアであった。
魔族側の仕込が終わったエレニアは、人間側の行動を誘導する。
人間の国々の王、または代理が集まる世界会議。その場所に青髪のトレジャーハンターであるエアが参加していた。大勢の支配者達が見ている中で、彼女は重要な情報を喋っていた。
「近々魔王が前線、レインガルド近くの戦場に姿を現します。膠着状態の戦線を、最強の力を持つ魔王が崩そうとしているのです」
一部の王族や英雄と繋がりが在るエアからの情報。
神々の遺産と言われたスクロールや数多の至宝とも言うべき武具をもたらし、魔族との戦いに貢献している人物。秘境や魔境にも潜り込める彼女からの情報は、重要視こそすれ無視できるものではなかった。
「魔王が戦場に現れたならば、少数の精鋭を持って当たるのが良いかと。さすれば魔王は単機にて迎え撃つでしょう」
エアのこの発言で王達は魔王討伐を決める。
魔族と戦うのに、4~10人で1魔族と戦うのは常識的だったし、魔族もそれを当然として受けて立っていたからだ。エレニアがここ数年、勝利ではなく人類保護育成に動いていて、昔の第7師団のように魔族が連携するのは気のせいと思われていたのが幸いしていた。
こうして、魔王と人間の英雄達が戦場で戦う事となった。
幾度も魔と人が戦った戦場。エレニアの居城に近く、レインガルドの街からも遠くない平原。そこで圧倒的強さを持った魔王と人間の英雄達が向き合っていた。
王と共に出陣した魔族の第7師団は、師団長であるエレニアの命で魔王の戦いを邪魔する者を排除するように命じられていた。それ以外は積極的に動かず、王の戦いを見守るように言われている。団長たるエレニアは夫である魔王を信頼し、居城にて戦果を待つという事で出陣していなかった。
対する人間側も同じ様な状態であった。魔王に相対する精鋭の戦いを邪魔しないように、魔王を単機にするように動くように命令されていたのだ。
結果、両軍がにらみ合いつつも、魔王と英雄達10人だけが中央に出る事となる。
「愚かなる人間達よ。魔族の王の力を、ここで朽ち果てるその身をもって味わうがよい」
「自惚れるな魔王! 我らは力無き人の子となれど、束になれば貴様とて討ち取れる!」
「虫けら風情が夢を見るものよ」
「貴様の言う虫けらの力を見せ付けてくれる! かかれぇ!」
英雄レグルス王子の号令を皮切りに、魔王と英雄たちの戦いが始まった。
剣の申し子シーザーが前衛として魔王と切り結ぶ。
双子の魔法使いが支援魔法を使い援護する。
最強の傭兵団長ネメアが指揮を取り、連携による波状攻撃を行う。
万能のレグルス王子が、隙が出来た者をフォローしつつ自身も魔王に斬りかかる。
人間の英雄達は魔族にも匹敵する力を持っていた。魔王の魔法を防ぎ、魔力の鎧を貫く。彼らの攻撃は魔王に届き傷を負わせる。
しかし相手は魔族最強の魔王。目の前の人間達が鬱陶しい程度には強いと認識した瞬間、避けられぬ獄炎の魔法を使った。
本来ならば、広範囲に広がる炎を避けられず防げず塵と化すはずの人間達。だが彼らは炎に襲われることなく立っていた。人間たちの中の一人、青い髪をした女性、エアが刀身が凍りのような大剣で炎をなぎ払ったのだ。
エアの力を見て魔王が愉悦を露にする。
「ほう。人間にもましなのがいるな。楽しめそうだ」
「そういう油断が足元をすくわれるって思い知るがいい。魔王!」
「くっくっくっ。是非そうしてもらおう」
「今日こそぶち倒してやる!」
大剣と魔法を使い魔王と戦うエア。人とは思えぬ速度と膂力で魔王と拮抗して打ち合っていた。魔王の絶大な威力の魔法も、反属性の魔法を使いいなしていた。魔王のほうに明らかに分が在るとは言え、1対1で十二分に戦えていた。
エアの真の実力を見たネメアは戦術を切り替える。エアを中心として、他全員で彼女のフォローをすることにしたのだ。
魔王と英雄達の戦いは激しく、一人二人と脱落していく。
最後は舞うように戦う魔王とエアの二人だけとなる。
魔族も人間も関係なく、見る者を魅了する二人の戦いにも決着の刻がくる。
空に輝いていた太陽が沈みかけた頃、エアの剣が魔王の胸を貫いた。
自らを討った女性に、魔王は小声で何かを囁き、そして大地へ倒れる。
魔王を討ち取ったエアを人間達は真の英雄と称えた。
しかし、魔王との戦いを終えた後の彼女の行方を知る者は居ない。
エレニアは自分を調きょ……初めてを奪い、妻となった自分を戦争の最前線に送り込んだ魔王を倒した。魔王の座も息子である次男に押し付け、政務にも軍務にも関わらずに王母として悠々自適の日々を送っていた。
魔族の官僚や将軍達は、エレニアによる新たな魔王を傀儡とした軍事主導の動きがあると思っていた。エレニアは幼少の頃から力を持て余し、最前線でも最強の将として君臨していたからである。横暴で逆らう者を許さなかった前魔王だが、戦に興味のなかった為に都会は平和だったが、エレニアが最高権力を手に入れたら、軍属ではない魔族すら戦地に行かされると思われていたのだ。前魔王よりよほど恐れられていたエレニアである。
しかし元々エレニアは美幼女、美少女、美女、美熟女が大好きで自分を守るために強くなったので、現在は自らの美貌を高め、鏡を見てうっとりしてる日々を満喫して――はいなかった。
王母用の宮殿の一室で、静かに窓辺で椅子に座り外を眺めていた。
「はぁ……息子を魔王にしたから、私に命令できる人が居なくなった。のはいいんだけど、暇だ」
自らを守る為に鍛え、魔王に復讐する為、自由になる為に打倒魔王を掲げ過ごしていた日々。それに比べ王母の生活は退屈そのものだった。好きなものを食べ、好きな服を着て、好きなお化粧品を使い、アクセサリーも自作したり、いらない物はメイドに配ったり、やりたい放題である。
「自分を美しくする時間がたっぷりあっても、これ以上は綺麗になれないしなぁ。美しさを極めてしまった」
憂い顔のエレニアは確かに物凄い美女であった。だが言ってる事はなんとなく最低である。部屋に待機しているメイドさんも渋い顔だ。自分で美しいとか言う女性は女性に嫌われる。
「魔王もなぁ。最後にあんなこと言わないでもなぁ」
暇を持て余したエレニアは、嫌っていた魔王の事を考える時間が増えていた。
今の自分のように逆らう者がおらず、好きに過ごしていた魔王。そう、今の自分は憎く思ってた魔王と同じような立場になった。だからこそ思うことが在る。
「何でも好きに出来ると、ちょっとしたことでイラっとしたり、誰かを困らせたくなるのも分かるなぁ。横暴に振舞ってたのも、本気で自分を怒ったりする人を求めてたのかもなぁ」
あまりに暇すぎて暇すぎて、興味のない政治や軍事にすら口を出したくなってくるのだ。しかも碌でもない事を言いたくなる。無理を押し付けて文句を言って来る者がいないかを期待したくなるのだ。
「あぁ、だから魔王ってばロリな私を決闘してでも嫁にしたかったのかな? 嫌がって拒否したしなぁ。捨てられたのって、年々表向きには逆らわなくなったから飽きられたのかなぁ。もしずっと最初みたいに怒鳴ってたら……」
仲の良い夫婦で居られたのだろうか。当初のような情熱を持って接しられ続けたら、自分は拒否し続けられただろうか?女性として生まれたこの身なのだ。本当に心から愛され続けたら、受け入れていたのだろうか。
「王様やるのが寂しいなら寂しいって言えばよかったんだ。あのバカ旦那め……」
アンニュイな表情で外を見る。
とても絵になっていた。なってはいたが、部屋内にいるメイドさんが顔を真っ青にしているのが雰囲気を壊していた。エレニアの困らせたくなる発言で顔を青くしてしまったメイドさん(25歳)は、日頃からエレニアに付き合わされて高級お菓子食べまくりで太ってきていた。これ以上太らせられるのかと恐怖していたのだ。
暇を持て余した引き篭もり状態のエレニアの部屋に突如訪れる者がいた。
「母上! 相談したいことがあります!」
「おや、これは可愛いマイベイビーのルフト君じゃないですか」
「母上……私はもう大人です。魔王になったのです。ベイビーとか言わないで下さい」
がっくり肩を落とした魔族の青年ルフト君。
彼こそ魔王を押し付けられたエレニアの息子である。
「子供はいつまでも可愛い赤ちゃんなのさ。さぁ、母の胸に飛び込んできなさい」
「そんな事はどうでもいいのです」
「そんな事……。これが反抗期か……。母は悲しい……」
とっくに大人であるルフトに対して子ども扱いするのは母親なので仕方がないのかもしれないが、本気で悲しんでいるエレニアは子離れが出来ない母親であった。自分を始めとした女性を愛するエレニアだが、例外的に息子達は男でも大好きだった。念の為に言うが、男として大好きな訳ではない。
「はぁ、母上、今日は夕食を共にしますから元気を出して下さい」
「本当? ふっ、ルフトは仕方ないなぁ。いつまでも母離れ出来ないんだから」
「はいはい。そうですね」
部屋にはエレニア親子の他に、魔族最高位の親子を生暖かい目で見るメイドが一人。彼女が今の職場を後にするのは遠くない。
「それよりも母上、最強の将軍として名高い母上に相談したいことが」
「なになに? お母さん暇だから、今なら頼まれたらドラゴンだって狩ってきちゃうよ~」
「人間が捕虜にしていたエルフの中に王族がいたのです。そのエルフの王女の処遇について相談したいのですがって、母上?」
急に真剣な顔をしたエレニア。
声のトーンも低くなり、息子である現魔王にゆっくりと問う。
「捕虜にした美人エルフの王女を、人間はどうするつもりだったのかな?」
「人間の王はエルフやドワーフ、獣人の女性を侍らす趣味があると聞きますから、慰みにでもするつもりだったんでは?」
「……もしや魔族でも彼女達を奴隷にしたりする?」
「まさか。魔族にとってもエルフやドワーフは敵ですが、敬意を払っています。それに人間がいる地域を挟んで、彼らの王国は魔族領とは反対ですからね。捕虜はメンドクサイので戦意なき者は逃がします」
捕虜がメンドクサイという辺り、ルフトも立派なノウキン魔族だ。エレニアと前魔王の血のせいかもしれないが。
息子の言葉を聞いて、エレニアの胸中はグツグツと煮え立つほどに燃えていた。人間の王達に対してある感情が。
「おのれ! エルフとかドワーフ! ペッタン美女と合法ロリを侍らすだと! 人間め! 許すまじ! ルフト! 人間の国々を征服して支配しますよ! 直ぐに全面戦争の準備を!」
「は、母上? 義憤に燃えるのは分かりますが、そこまでせずとも……」
優しい母が他種族の女性の身を案じたと思ったルフト。
義憤に燃えるエレニアの胸の内はというと――。
自分ですら美女をはべらしキャッキャウフフな事をした事がないのに、そんな事をしている人間が羨ま……許せない!と燃えていた。オブラートに包まずに言えば、嫉妬、羨望、渇望と、美女に対する欲望で溢れていた。
「世界中の美しい女性を助けにいかねば!」
女の子が大好きな美女エレニアは、実に男らしい欲望で世界を相手に立ち上がるのだった。
読んで下さりありがとうございました。