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星間移民船アマテラス〜人類が眠っている間に、移住先がファンタジー世界になっていた件〜  作者: 只野屍


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第84話 百万人の住居

 人類自治政府の会議室に表示された数字を前に、柳原は腕を組んでいた。


 百万人。


 NOAHの現在乗員数はすでに把握している。だが、彼らを実際にEDENへ迎え入れる段階になると、その数字はまったく別の重みを持った。


 現在の人類居住区に、そのまま収容できる人数ではない。


「新しい都市が必要だな」


 柳原の言葉と同時に、壁面へ人類居住区周辺の地形図が展開された。


 平野、河川、森林、地下水系。既存の道路と鉄道、電力網、農業区画。さらに地下構造までが重ねられ、いくつかの区域が候補地として強調される。


『地盤強度、生態系への影響、既存インフラとの接続、将来的な拡張性を総合すると、この区域が最適です』


 イザナミが示したのは、人類居住区から十八キロほど離れた平坦地だった。


 蓮が地図を拡大する。


「近いな。鉄道もそのまま延ばせそうだ」


「近い方がいい」


 柳原が答えた。


「百万人だ。我々とは人口規模が違いすぎる。最初から遠くへ隔離するような配置にはしたくない」


「向こうだけで一つの国が作れる人数だもんな」


「作ろうと思えばな」


 柳原はさらりと言ったが、それ以上は続けなかった。


 政府の各部門から提出された計画案が次々と表示される。


 住宅だけではない。


 上下水道、電力、通信、道路、公共交通、医療施設、教育施設、食料供給設備、廃棄物処理施設。NOAHから地上へ移動してくる人々を受け入れるため、軌道エレベーター側の輸送能力も増強しなければならない。


 百万人が一度に降りてくるわけではない。それでも、最初の移住者が地上へ到着した時点で、最低限の生活基盤が稼働している必要がある。


 住宅棟だけでも数百棟。


 計画都市の立体模型を眺めていた蓮が、建設予定表を見つけて眉を上げた。


「これ、本当に間に合う?」


『第一期計画については可能です』


「あと半年だぞ」


『全計画を完成させる必要はありません。基幹インフラおよび初期移住者用住宅を優先し、その後も人口移動に合わせて建設を継続します』


「なるほど」


 すでに建設予定地では無人機が動き始めている。


 巨大な自律掘削機が地中へ潜り、上下水道や電力線を収める共同溝を形成する。その後方では建設用ナノ群が掘削面を固め、必要な構造材を形成していく。


 地上でも造成が始まっていた。


 資源とエネルギーさえ確保できれば、建設速度は地球時代とは比較にならない。


 しかし、柳原には別の懸念があった。


「住宅の設計はまだ確定するな」


 建設担当者が振り向いた。


「NOAH側の生活様式を確認してから、ということですか」


「そうだ」


 個人名を持たず、出生時に与えられた識別番号で生涯を過ごす人々だった。


 冷凍睡眠設備を失い、閉鎖された船内で二千五百年以上にわたって世代を重ねてきた社会でもある。


 地球時代の住宅をそのまま用意すればいいとは思えなかった。


「向こうに聞こう」


 柳原は言った。


「実際に住む人間が百万人いるんだ。我々が想像して作るより、必要なものを直接聞いた方がいい」


 照会項目が作成された。


 必要とする住居形式、一人当たりの居住面積、共同設備、医療施設、教育施設、食料関連設備、その他の生活に必要な施設。


 さらに柳原は一文を加えさせた。


《上記以外にも、EDENでの生活開始に際して要望する設備があれば提示されたい。実現可能なものについては可能な限り対応する》


 データはNOAHへ送信された。


 返答には十六時間以上かかる。


 その間にも造成は止まらなかった。


 翌日、NOAHから回答が届いた。


「居住設備について、設計データが添付されています」


 担当職員の報告に、蓮が少し驚いた。


「向こうで設計したの?」


「そのようです」


「だったら早いじゃん。向こうが欲しいものをそのまま作れば――」


「まず見よう」


 柳原が遮った。


 壁面に設計図が表示された。


 巨大な高層建築だった。


 構造は単純で、規格化されている。耐震性や避難経路もEDENの環境条件に合わせて計算されていた。


 建設効率も悪くない。


「ちゃんとしてるな」


 蓮が言った。


「断面図を」


 柳原の指示で表示が切り替わった。


 長い廊下が現れた。


 その左右に、小さな部屋が規則正しく並んでいる。


 蓮が少し前へ身を乗り出した。


「……ん?」


 同じ部屋。


 その隣も同じ。


 さらにその隣も。


 階が変わっても、ほとんど同じ構造だった。


「一室を拡大して」


 寝台。


 机。


 椅子。


 壁面収納。


 衛生設備。


 それだけだった。


 調理設備はない。


 居間もない。


 窓もない。


「何人用?」


『一名です』


「二人用は?」


『確認できません』


「家族用の部屋は?」


『該当する設計は含まれていません』


 蓮は黙って全体図へ戻した。


 個室。


 個室。


 個室。


 同じ規格の部屋が、気が遠くなるほど並んでいる。


 共同設備も存在した。


 栄養供給区画。


 洗浄設備。


 医療区画。


 緊急避難区画。


 物資保管区画。


 必要なものは揃っている。


 だが、それだけだった。


 建築担当者の一人が設計図を見ながら、思わず呟いた。


「……刑務所みたいですね」


 会議室が静かになった。


 蓮が椅子にもたれた。


「俺も今、それ思った」


『刑務施設として設計された形跡はありません』


「それは分かってる」


 蓮はイザナミに答えた。


「分かってるから余計に気になるんだよ」


 柳原は設計図から目を離さなかった。


「一室の面積は?」


『九・六平方メートルです』


「衛生設備を含めてか?」


『はい』


「収納容量は?」


『NOAH側が定義する標準個人物品量を収容可能です』


「その標準量は?」


『〇・二一立方メートル』


 蓮が両手で適当な箱の大きさを作った。


「……荷物、これくらい?」


『概ねその認識で問題ありません』


「百万人の引っ越しなのに、荷物だけなら楽そうだな」


 誰も笑わなかった。


 柳原は別の資料を開いた。


 住宅棟は成人一人につき一室として計算されている。


 夫婦という区分もない。


 親子を同居させるための住戸もない。


「確認しよう」


 柳原が言った。


「この施設が一時滞在用なのか恒久居住用なのか。居住単位の考え方、未成年者の居住方式、食事方式、共同空間、余暇設備。それから家族単位で生活する制度があるのか」


 建築担当者が手を挙げた。


「窓についてもお願いします」


 蓮がもう一度図面を見る。


「本当に一個もないな」


「船内では必要なかったのでしょう。しかし、ここは地上です」


「追加していいか確認しよう」


 質問は一つの照会データにまとめられ、その日のうちに送信された。


 翌日。


 回答が届いた。


『居住設備に関する追加照会へ回答します。当該施設は恒久居住を想定しています』


 蓮が額に手を当てた。


「仮設じゃないのか……」


『NOAHにおける成人の居住単位は個体単位です。複数個体による同一居室の恒常的使用は想定していません』


 続いて、未成年者についての回答が流れる。


『未成年個体は年齢区分に応じ、育成施設および教育施設を使用します』


 柳原の眉がわずかに動いた。


『食事は共同栄養供給設備を使用します。個別調理設備は必要ありません』


『余暇専用設備については要求しません』


『自由使用を目的とした共用空間について、特別な要求はありません』


 回答はどこまでも簡潔だった。


 最後に窓についての回答が表示される。


『採光用開口部の追加は居住機能を阻害しないため、許容します』


「許容、ねえ」


 蓮が呟いた。


 欲しいとも、いらないとも言わない。


 生活機能に支障がないから、付けても構わない。


 それだけだった。


 柳原は立ち上がると、都市計画図の前まで歩いた。


「住宅は、向こうの設計を基本にする」


 建築担当者が尋ねた。


「そのまま建設しますか?」


「いや」


 柳原は首を振った。


「個室は要求通りでいい。本人たちがそれを望んでいる以上、我々の価値観で勝手に変えるべきじゃない」


 都市計画図の住宅区域を拡大する。


「だが、街まで同じにする必要はない」


 柳原は住宅棟の間に大きな空間を取らせた。


「ここは?」


「公園にする」


 別の区域を指す。


「ここは商業区画。飲食店が入れるようにしておけ。こっちは運動施設。広場も必要だな」


「NOAH側からは要求されていませんが」


「構わん」


 柳原は即答した。


「使わなければ、それでいい」


 蓮が都市模型を眺める。


「全部、向こうからしたら無駄な空間じゃない?」


「今はな」


 柳原は答えた。


「二千五百年、あの船では必要なものだけを残してきたんだろう。それが間違っていたとは思わん」


 閉鎖された船内。


 限られた資源。


 限られたエネルギー。


 百万人の生命を次の世代へ渡し続けなければならない社会。


 不要なものを削り続けた結果が、あの設計図なのだろう。


「そうしなければ、ここまで来られなかったのかもしれん」


 柳原は言った。


「だが、ここはNOAHの船内じゃない」


 壁面には、建設予定地の現在映像が映っていた。


 青い空の下、造成用の機械が動いている。その向こうには森があり、さらに遠くには山並みが見える。


「要求された設備は用意する。だが、それ以外のものまで排除する理由はない」


 柳原は建築担当者へ向き直った。


「全室に窓を付けろ。公園も広場も作る。商業区画も確保しておけ」


「はい」


「使うかどうかは彼らが決めればいい」


 担当者が頷いた。


 柳原は都市模型を見ながら、もう一度言った。


「百万人を生存させる施設じゃない。百万人が暮らせる街を作れ」


 その日のうちに都市計画は更新された。


 NOAHが要求した個室の基本構造には手を加えない。


 ただし、すべての部屋に窓が設けられた。


 住宅棟の間には木々を植える場所が確保された。


 広場が作られた。


 店を並べられる区画が生まれた。


 運動施設が加わった。


 目的もなく座れるベンチまで配置された。


 NOAHの設計には、一つも存在しなかったものだった。


 蓮は完成予想図を眺めた。


 外から見れば、緑の多い新しい都市だった。


 その中心には、同じ規格の小さな個室を無数に収めた高層住宅群が並んでいる。


「すごい街になりそうだな」


 柳原が横を見る。


「何がだ」


「外はこんなに開放的なのに、部屋に入った瞬間、九・六平方メートルだぞ」


「本人たちの希望だ」


「そのうち広い部屋が欲しいとか言い出したら?」


「そのとき作ればいい」


「二人で住みたいとか」


「二人用を作ればいい」


「自分で料理したいとか」


「台所を付ければいい」


 蓮は柳原を見た。


「ずいぶん簡単に言うな」


「簡単な話だからな」


 柳原は建設予定地の映像へ目を戻した。


「家も街も、人間に合わせて変えればいい。人間を建物に合わせる必要はない」


 画面の中では、最初の住宅棟の基礎が形成され始めていた。


 まだ住民のいない街に、道路が延びていく。


 その両側には、これから植えられる街路樹のための空間が残されていた。


 風が草を揺らしていた。


 NOAHの設計図には、風についての記載はなかった。


――第八十四話 了。

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