表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/5

第1話 全部未解放なんですが

二匹のイノシシが、左右から僕へ飛びかかってきた。牙が迫る。咄嗟に召喚獣を呼ぼうとして、手元の召喚カードを見下ろす。


だが、そこにあるカードはどれも、絵柄も名前も効果も、すべて黒く塗りつぶされていた。

意味が分からない。こんなもので何を呼べっていうんだ。


そう思った次の瞬間、イノシシの体当たりが腹にめり込んだ。


息が詰まり、視界が跳ねる。背中から地面に叩きつけられた時には、もう指一本動かす余裕もなかった。

倒れ伏した僕の頭上で、審判の神官の声が響く。


「勝負あり!」


白い装束の神官は、淡々と勝敗のみを告げる。

その向こうで、若い女が嬉しそうに跳ねていた。


「やった!1勝だ!」


……僕はこれで三連敗だ。


念のため言っておくが、僕が弱いわけじゃない。たぶん。

問題は、僕の召喚カードが全部、黒く塗りつぶされていることだった。


召喚獣を呼ぼうとしても、カードは沈黙したまま。

絵柄も、名前も、効果も、何も見えない。


黒く塗りつぶされた紙切れを握ったまま、僕は地面に転がるしかなかった。


そもそも、この状況そのものがおかしいのだ。

話は三十分ほど前に遡る。


その日、僕はいつも通り、駅前の横断歩道で信号待ちをしていた。

スマホの画面には、昨夜寝落ちするまで遊んでいたカードゲームの攻略記事が開きっぱなしになっている。


『モンスターカードは、初動で腐らせるな』


偉そうな見出しを見ながら、僕は小さく鼻で笑った。


「分かってるっての」


カードゲームなら、分かる。

手札を読み、相手の動きを読み、勝ち筋を残す。そういうことなら、僕はそこまで下手じゃない。


ただ、現実の人生となると話は別だ。

大学も、仕事も、恋愛も、これといった勝ち筋は見えていない。

カードゲームだけが、僕の中で唯一、考えた分だけ結果が返ってくるものだった。


なぜカードゲームではアドバンテージを取れるのに、現実ではアドバンテージが取れないのか。


信号が青に変わる。


その瞬間、足元に白い光の円が浮かび上がった。


「……は?」


周囲の音が遠ざかる。

車の走行音も、人の足音も、誰かの話し声も、水の中に沈んだみたいに鈍くなる。


逃げようとした。

だが、足が動かない。


白い光が足元から這い上がる。膝を越え、腰を越え、胸元まで迫った。

視界の端で、誰かがこちらを見て叫んでいた。けれど、その声は聞こえなかった。


最後に見えたのは、スマホの画面に残ったままの一文だった。


『手札事故は、デッキ構築に責任がある』


ふざけるな、と思った。


次の瞬間、僕は見知らぬ石畳の上に立っていた。


まず目に入ったのは、二人の女だった。


一人は白い神官服。もう一人は黒い神官服。


どちらも長い黒髪で、顔立ちはどこか似ている。

けれど、纏っている空気はまるで違った。


白い神官服の女は、感情のこもらない目でこちらを見ている。

黒い神官服の女は、面白そうに口元を歪めていた。


コスプレイベントか何か?


そこでようやく、周囲の異様さが目に入る。

二人の背後を囲むように、鎧を着込み、剣を構えた男たちがずらりと並んでいた。


さらにその向こうには、神殿のようでもあり、競技場のようでもある円形の広場が広がっている。

中央だけが妙に開けていて、周囲には僕と同じように状況を飲み込めていない顔の人たちが立っていた。


「召喚は完了しました」


白い神官服の女は、僕たちの混乱など最初から計算に入っていたみたいに、淡々と言った。


「これより、皆様の適性確認を行います。私のことはソルとお呼びください」


「私はルナだ」


白い神官がソルさん、黒い神官がルナさん。

ソルさんは礼儀正しいが、ルナさんの態度はお世辞にも行儀がいいものではなかった。


「待ってください。召喚って、何ですか」


僕がそう言うと、ソルさんはゆっくりとこちらを見た。


「皆様はその力を見込まれ王国に招かれました。ぜひ国のためにその力を振るってください」


最悪だ。

一番聞きたくない類の説明だった。


「なお、詳しい事情は召喚獣の適性確認の後に説明いたします」


召喚獣、とりあえず、モンスターと剣で戦うことはないようだ。

そんな世界なら、明日には死体になっている自信がある。


「順番がおかしくないですか」


僕の抗議は、2人の神官にきれいに無視され、何事もなかったかのように進行する。


「皆様にはそれぞれの召喚カードが用意されています」


その言葉とほぼ同時に、僕の手の中にはいつのまにかカードの束が握られていた。

厚みはトランプより少し厚く、感触は少し硬い。表面には、見慣れない紋様が刻まれている。


周囲を見渡すと、他の人たちも同じようにカードを手にしていた。


「そのカードは、あなた方の召喚適性を映すものです。模擬戦では、召喚獣を呼び出して戦っていただきます」


そこで、ミニスカートを履いたギャルが小さく声を上げた。


「えっ、これ、カードバトルってこと?」


ソルさんはゆっくりとうなずいた。


「近い理解で構いません。そのカードを媒介に、召喚獣を呼ぶことができます」


ギャルの顔がぱっと明るくなる。経験者で自信があるのかもしれない。


しかし、僕もカードゲームには自信がある。

人生のうち何時間をカードゲームに使ってきたか。その成果を見せる時が来たのかもしれない。


しかし、ゲームに勝つには準備が必要だ。まずは自分に与えられたカードを確認しなければ。


僕はデッキの一枚目のカードをめくった瞬間、息が止まった。


絵柄も、名前も、効果もない。

ただ黒く塗りつぶされたカードが、そこにあった。


特殊なカードなのかもしれない。気を取り直して次のカードをめくる。


しかし、二枚目も、三枚目も同じだった。

めくっても、めくっても、黒いカードしかでてこない。


「……これで、何を召喚しろっていうんだよ」


ルールが成立していない。

そんな感覚だけが、じわりと腹の底に落ちた。


その時、先ほどのミニスカートのギャルがカードを掲げた。


「出てきて、タイラントボア!」


白い光の中から、一匹のイノシシが現れる。


思わず、自分のカードにもう一度目を落とした。

何も書かれていないはずの黒いカードに、その時だけ一瞬、白い文字が浮かんだ。


『未解放』


その文字を見た瞬間、僕はなぜか理解した。

このカードは、まだ僕を持ち主だと認めていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ