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フォロワー100万人の裏側、全部晒します。~炎上コンサルタント・佐藤任三郎の処刑ログ~  作者: U3
第1章 偽りの女神と加工された嘘

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12/50

第12話 開演前夜

 決戦当日の朝、6時00分。

 佐藤任三郎がオフィスのエンターキーを叩いたその瞬間、ネットという広大な海に一滴の毒が落とされた。


 『週刊文春オンライン』および『FRIDAYデジタル』が、同時に速報記事を配信したのだ。


 【スクープ】人気インフルエンサーM、反社会的勢力との「黒い交際」疑惑。プロデュース商品の健康被害も組織的な隠蔽か?


 記事には、MIIKAの名前こそイニシャル表記だが、彼女の特徴的なシルエットや、問題となっているサプリのパッケージ写真が掲載されていた。さらに、彼女が半グレ風の男たちと密会している盗撮写真も添えられている。


 反応は劇薬のように早かった。

 SNSのタイムラインが、朝の通勤ラッシュと共に加速する。


『これMIIKAじゃん』

『嘘でしょ? 反社ってマジ?』

『そういえば最近、サプリで入院したって告発垢が消されてたよね……』


 松本愛永の仕込んだサクラアカウント部隊が、すかさず燃料を投下する。


『やっぱり! 私も被害に遭ったのにDM無視された!』

『#MIIKAの真実 ってタグで情報集めようぜ』


 疑念は野火のように広がり、MIIKAの信者たちが必死に擁護コメントを書き込むが、その必死さが逆に一般層の不信感を煽る結果となっていた。


★★★★★★★★★★★


 午前11時。港区、MIIKAの所属事務所。

 社長室では、ヒステリックな金切り声が響いていた。


「どうなってんのよ!! 消して! 今すぐこの記事消させてよ!!」


 MIIKAがスマホを壁に投げつけた。

 画面がヒビ割れたスマホには、炎上し続ける自身のSNSコメント欄が映っていた。


「社長! 弁護士に電話して! 名誉毀損で訴えるって脅してよ!」

「お、落ち着けMIIKAちゃん。今、顧問弁護士と連絡を取っているが……相手が文春となると、そう簡単には……」


 事務所の社長――恰幅の良い中年男が、脂汗を拭いながら狼狽している。

 MIIKAは爪を噛んだ。


「今夜は大事なライブなのよ……。新作コスメの発表もあるのに、こんな空気じゃ商品が売れないじゃない!」


 彼女の脳裏に、氷室レイの冷たい顔がよぎる。


 『数字を出せ。出せなければ、君は用済みだ』


 組織からのノルマは絶対だ。もし今夜のライブで売上が落ちれば、彼女の居場所はなくなる。最悪の場合、消されるかもしれない。


「……そうだ、パパ。パパに電話しなきゃ」


 MIIKAは予備のスマホを取り出し、震える指で連絡先をタップした。


 『大谷会長』。


 彼女の有力なスポンサーであり、いざという時の逃走資金を用立ててくれるはずのパトロンだ。

 コール音が鳴る。

 一度、二度、三度。

 ……繋がらない。


「なんで……? いつもならすぐ出るのに」


 焦燥感がMIIKAの胸を締め付ける。

 彼女は知らなかった。

 その頃、頼みの綱である「パパ」が、佐藤と千尋による圧力工作を受け、MIIKAとの関係を完全に断ち切らされていたことを。


★★★★★★★★★★★


 午後2時。佐藤のオフィス。

 大谷会長への接触という大仕事を終えた佐藤任三郎と渡辺千尋は、束の間の休息を取っていた。


 キッチンから、スパイシーで酸味のある、強烈な香りが漂ってくる。

 東南アジアの路地裏を思わせる、熱気を含んだ香りだ。


「……これよ。仕事の後の、この刺激」


 千尋はキッチンカウンターに肘をつき、ワイングラスではなく、氷の入ったグラスを揺らしていた。中身は搾りたてのフレッシュなオレンジジュースだ。


「大谷の狸親父、顔面蒼白だったわね。『MIIKAとの関係がバレたら破滅だ』って脅したら、秒で着信拒否してたわ」

「ええ。これで彼女の逃走資金と海外ルートは断たれました」


 佐藤は鍋をかき混ぜながら答えた。

 彼が作っているのは、マレーシア・ペナン島のソウルフード『ペナン・アッサムラクサ』だ。

 「世界で最も美味い料理」の一つにも数えられる、魚介ベースの激辛・激酸ヌードル。


 佐藤はまず、新鮮なサバを茹で、丁寧に骨を取り除いて身をほぐす。

 その煮汁に、すり潰したレモングラス、ガランガル、ターメリック、そして大量の赤唐辛子を加える。

 さらに、味の決め手となる「タマリンド」のペーストを投入する。

 グツグツ……。

 鍋の中で、魚の旨味とスパイス、そしてタマリンドの強烈な酸味が融合し、ドロリとした濃厚なスープへと変化していく。

 最後に、ほぐしたサバの身をたっぷりと戻し入れる。


 麺は、米粉で作られた太麺「頼粉」。

 茹で上がった白い麺を丼に入れ、熱々のスープをかける。

 トッピングは、千切りにしたキュウリ、紫玉ねぎ、パイナップル、ミントの葉、そしてトーチジンジャーの花の蕾。

 極彩色の具材が、茶色いスープの上に鮮やかに映える。

 最後に、レンゲに一杯の「ヘイコー」を添える。これを溶かしながら食べるのが流儀だ。


「お待たせしました」


 佐藤が丼を差し出す。

 千尋は待ちきれない様子でレンゲを手に取った。


「いただきます」


 まずはスープを一口。

 ガツン!

 脳髄を直撃するような酸味。その直後に押し寄せる唐辛子の辛さと、サバの濃厚な旨味。


「……んんッ! 効くぅ……!」


 千尋が目を見開く。


「この酸っぱさ! 疲れが一瞬で吹き飛ぶわね。サバの臭みなんて微塵もなくて、旨味の塊みたい」


 続いて麺を啜る。モチモチとした米麺に、濃厚なスープとフレッシュな野菜が絡みつく。

 パイナップルの甘みが、辛さの中で絶妙なアクセントになる。


 そこへ、オレンジジュースを流し込む。

 冷たくて甘酸っぱい果汁が、口の中のヒリヒリとした刺激を中和し、爽やかな余韻を残す。


「ラクサにオレンジジュース……意外だけど合うわね。南国の風を感じるわ」

「現地の屋台では定番の組み合わせですから」


 佐藤も自分の丼に向かい、黙々と麺を啜った。

 汗が滲む。代謝が上がり、思考がクリアになっていく感覚。


 半分ほど食べたところで、千尋が箸を止めた。


「……ねえ、任三郎」


 彼女は真剣な眼差しで、佐藤を見つめた。


「ん?」

「あんた、どうしてここまでやるの?」


 彼女はオレンジジュースの氷をカランと鳴らした。


「MIIKAを潰すだけなら、ネットの暴露だけで十分。わざわざパトロンまで手を回して、完全に退路を断つなんて……まるで、親の仇でも討つみたいに執拗だわ」


 佐藤の箸が止まる。

 湯気の向こうで、彼の瞳が一瞬だけ揺らいだ。

 脳裏に、10年前の雨の日が蘇る。妹の葬儀の日。誰も来なかった通夜。

 妹を追い込んだ連中は、誰一人として罪に問われず、今ものうのうと生きている。

 彼らが持っていた「逃げ道」――金、コネ、そして法の抜け穴。

 それを全て塞がない限り、本当の処刑とは言えない。


「……私の趣味ですよ」


 佐藤は無表情で答えた。


「掃除をするなら、家具の裏側の埃まで払わないと気が済まない。それだけです」

「ふーん。潔癖症もそこまでいくと病気ね」


 千尋はフッと笑った。


「ま、嫌いじゃないけど。……あんたのそういう、壊れてるくせに真っ直ぐなところ」


 彼女はヘイコーをスープに溶かし、味を変えた。

 より深く、コクのある味に。


「私も付き合うわよ、最後まで。……このスープみたいに、ドロドロで刺激的なショーを見せてちょうだい」

「ええ。期待していてください」


 二人は残りのスープを飲み干した。

 器は空になったが、彼らの腹の中には、燃えるような熱量が残っている。


★★★★★★★★★★★


 午後5時。

 ネット上の炎上は、鎮火するどころか勢いを増していた。

 MIIKAはライブ会場の楽屋に閉じこもり、孤独と恐怖に震えていた。

 頼みの綱である大谷会長とも連絡がつかず、弁護士も逃げ腰。

 残されたのは、組織から派遣された冷酷な監視役だけ。


 一方、佐藤のオフィス。

 食事を終え、戦闘モードに切り替わった佐藤は、ジャケットを羽織り直した。

 モニターの前には、既に「Octogram」のメンバーたちが、リアルとバーチャル、それぞれの持ち場についている。


「……先ほど排除した警備員以外に、追加の護衛が配置されたようです」


 佐藤がモニターを指差す。


「ですが、想定内です。グレタと弥生が処理します」


「了解」


 現場のグレタがインカム越しに答える。


「OK、追加の麻酔用意してるわ」


 弥生の声も弾んでいる。


 佐藤はメインキーボードに手を置いた。


「愛永、SNSの準備は?」

『いつでもゴーサイン出せるわよ。ハッシュタグ、トレンド1位目前』

「紘子、機材の調子は?」

『完璧よ。4K画質で彼女の絶望を配信できるわ』

「彩、警察の動きは?」

『所轄には釘を刺してある。あと30分は動かない』

「千尋、会場の空気は?」

『最悪よ。……最高の葬式日和ね』

「襟華、侵入ルートは?」

『いつでもバックドア開けられるよ!』


 全員の声が重なる。

 指揮官、潜入者、交渉人、執行者、分析官、守護者、供給者、そして扇動者。

 8人の意思が一つになった。


 佐藤は深く息を吸い込み、そして吐き出した。

 彼の瞳が、爬虫類のように冷たく、鋭く光る。


「では、始めましょうか」


 佐藤は呟いた。


「開演の時間です」


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