第30話〜小さな変化〜
Γ・・・」
フォルカは静かに、ウェルトを見守っていた。
数時間前に起きた戦闘で、ウェルトは致命傷は負ってないものの、倒れたまま起きる気配がないのだ。
Γ・・・フォルカ、まだ起きてたんですね」
Γあっ、クラス」
部屋を僅かに照らすランプの光が、彼女の体を照らす。
時刻はおよそ朝方の二時。
普通の子供ならとっくに寝ている時間である。
Γクラスこそ、寝なくて平気?」
そう聞くと、Γクロムですから」と言って首を縦に振った。
Γフォルカこそ、普通のヒトなんですから、ちゃんと睡眠をとって下さい」
Γ寝たいんだけど、ウェルトさんのことが気になって寝れなくって・・・」
フォルカは少しはにかんで見せると、クラスはやんわりと口元を緩めた。
Γあっ・・・」
Γどうかしましたか、フォルカ?」
急に何かに気付いた様な声を出したフォルカに、何かあったのかと少し不安そうにクラスは近づいた。
Γクラス・・・今笑ったよね」
Γえっ・・・私が、笑った?」
クロムは感情を持たない。
そのはずなのに、彼女はやんわりと笑って見せたのだ。
Γ・・・フォルカ、隣に座っていいですか?」
Γうん、いいよ」
確認をとった後、クラスはゆっくりとフォルカの隣に腰を下ろした。
Γフォルカ、少しだけ・・・私の話を聞いてくれませんか? 聞きたくないなら私の独り言にしてもらっても構いません」
Γ嫌じゃないよ、だから・・・ちゃんと聞いているよ、クラスの話」
フォルカの言葉に少し安心して、クラスはゆっくりと口を開いた。
Γ私・・・本当にクロムなんでしょうか?」
Γ・・・どうしてそう思うの?」
フォルカは、クラスの方にしっかり顔を向けた。
Γ私達が捕まったとき、フィニカさんが生体検査の結果、私がクロムであることは分かりました。 ですが・・・私はクロムとして知ってて当然のことを知りませんでした。 それに、私はクロムが使える技の基礎技しか使えない・・・更に持つ筈のない感情まで持ってしまっている。 だから・・・不安で」
そういって、クラスは顔を下に向けた。
彼女の体が微かに震えているのが、フォルカの目にも映った。
Γクラス・・・」
Γ・・・すいません、私が一方的に話してしまいました」
クラスの謝罪に、フォルカはΓそんなことないよ」といって首を横に振る。
Γ僕がクラスの話を聞くって言ったんだから、気にしないで」
その一言の後、少しの沈黙が続く。
しばらくして、先にフォルカが口を開いた。
Γ僕もね・・・自分が本当に居ていい存在なのかなって思ったりするよ」
Γ・・・?なぜです。フォルカにはエリアルやユニィ、ウェルトさんやドールも・・・フィニカさんだっているのに」
クラスはこちらを向いて、首を傾げた。
その仕草がまるで、なんでも疑問に思える子供の様で、少し笑いが込み上げた。
そんな彼女の疑問に、フォルカは答えた。
Γ僕が・・・物心つく前に父さんは死んじゃって、顔もわからないんだ」
Γ・・・寂しいですか?」
Γ寂しい・・・かな。でも兄さんがずっと傍にいてくれてたし、守ってくれてたからそんなに寂しさは感じなかったよ。でも・・・」
フォルカの言葉が止まる。
クラスが不安気に、フォルカの顔を覗き込む。
「フォルカ?」
「ごめん、話してるのは僕なのに黙りこんじゃって」
そういってフォルカは、一回深呼吸して話を再開し始めた。
「でもさ・・・時々思うんだ、なんで兄さんは僕なんかを守ってくれてたんだろうって。勉強が出来る訳でもないし、運動オンチだし・・・すぐに兄さんに頼ってたのに」
「・・・・・・」
クラスは静かに思った。
フォルカの言っていることは、何かひっかかる。
(何でしょう、この感じ。私も・・・フォルカの様な思いを、した事がある?)
考えを深めようとした時、フォルカの言葉が聞こえてきたので、あわててそっちに耳を傾ける。
「でも・・・旅を始めてから、なんとなくわかった気がするんだ。兄さんはそう思ってたかは知らないけどね」
「フォルカなりの答え・・・ですか?」
「うん、そうなるね」
フォルカは目を閉じて、こういった。
「誰かを守りたい、助けたいって思うのは・・・強いからだよ」
「強いから・・・守りたい?」
「そう。 確かに強くても何かを守ろうって思わない人もいるけれど、本当の強さは他人への優しさの中にあるんだって・・・ウェルトさんと兄さんを重ねて見て、そう思った」
そういってフォルカは、立ち上がる。
すると急に欠伸が出てきて、目元に涙が溜まる。
「・・・私もです、フォルカ」
「・・・何が?」
クラスの一言に、フォルカは反応をした。
彼女はこちらがちゃんと聞いている事を確認して、話を続けた。
「フォルカを見てると・・・自分を見てるみたいな気分になります。 似たような事で悩んだり、似たような事を思ったり・・・」
「うん・・・僕はクラスを守りたいし、エリアルやユニィやドール、ウェルトさんの手助けもしたい。 もちろん、兄さんも助けたい・・・」
二人の脳内に浮かぶ、一人の男。
どんな理由があるかは知らないが、彼は今クロム研究施設長を守り支える『四素騎士』の一人となっている。
「何か理由があるんだろうけど・・・兄さんがナイトやシェリナーの手助けをしてるなんて、考えたくないな」
「・・・・・・」
クラスは黙って聞いてくれていた。
すると、彼女も立ち上がり、フォルカの右手を掴んだ。
「クラス・・・?」
「少しだけ、思い出したんです。手を合わせて二人の誓いを言い合い、共有すると誓った事をちゃんと実行できるそうです」
「へぇ・・・なんだか不思議だね。 でも、本当に実行出来そうな気がする」
そういって、フォルカは笑う。
そして、クラスの手を握り返した。
「じゃあ僕から言うね。僕は・・・みんなの事を守りたい。力だけじゃなく、心の支えになりたい。・・・ちょっと実行は難しいけど、旅を始めて、皆と出会って・・・そう思った」
「私は・・・エリアルのお父様が言われた通り、ヒトになれるように頑張りたいです。さっき言った様に、不安ではありますが・・・フォルカやエリアルの様になってみたいという気持ちもあります」
二人は、握っている手に力を込める。
しばらくして、握り合っていた手を離した。
「・・・じゃあ、僕はもう寝るよ。さすがにこれ以上起きてたら、明日動けないし」
「はい、おやすみなさいフォルカ」
クラスは丁寧に頭を下げて、そういった。
「おやすみ、クラス」
そういってフォルカは、寝床に戻った。
去っていく彼の背中を、クラスは柔らかな表情で見続けていた。