12.邪悪なる神の、怒り
《槍の勇者シズカ視点》
お、おれは……おれは、ば、バケモノを相手にしている……。
鞄の勇者。
あのちびガキに、俺はボコボコにされた。
結界で逃げ道を塞ぎ、そして高出力レーザーでおれの体を焼き続ける……。
並の魔族だったら、もう死にたい、死なせてくださいと泣いて許しを請うただろう。
おれも、背負う物が無かったら、とっくに死を選んでいたと思う。
けれど。
「主の、名前と位置はどこですか?」
鞄の勇者は淡々と尋ねてくる。
やつの体からは凶悪な魔力が常に放出されていた。
あんな恐ろしい力を持つものを、最愛の人、ワルージョ女王のもとに、連れて行けるものか!
「言わない……」
「どうしてそうもかたくなに、主の名前を言わないのですか?」
「どうして……だと? はっ! そんなの、愛してるからに決まってるだろうが!」
「へえ……そう」
おれは鞄の勇者と会話して、時間を稼ぐ。
少しでもその間に体力を回復させるのだ……!
「愛してるから、主の名前を言わないの? 僕が、その人を殺すかもしれないから?」
「そうだ!」
「ふぅん……そっか」
ごぉお! と先ほどよりも大量の魔力が、鞄の勇者から湧き上がる。
「ねえ……君にも人を大事にする、愛おしいって気持ちがあるんだよね?」
「あ、ああ……!」
「なら……ねえ、相手にも愛おしいと思う人がいるかもって、考えたこと無いの?」
何を言ってるんだこいつは……?
「僕にとってね、オタクさんって本当に大事な人だったんだ。ただの友達じゃない……本当に、大事な……親友だったんだ」
どんどんと、やつの体から湧き上がる魔力量が増えていく!
しかも……魔力出力もだ!
聞いたことがある。
魔の物は、負の感情をエネルギーに出来ると!
何かを壊したい、何かを奪いたい、何かをぐちゃぐちゃにしたい……。
怒り、悲しみ……。そういった負の感情を、エネルギー、つまり魔力に変換できると!
あいつは……人間じゃないのか?
「君が主の情報を漏らさないのって、その結果大事な人が死ぬかもしれないからなんでしょ? ねえ……誰かを大切に思う気持ちが、少しでもあるのに……君はどうして、誰かの大事な人の命を理不尽に奪うのかな?」
どんどんと魔力量が上昇していく。
おれの目の前に居るのは、小さな子供のはずなのに……。
超巨大な怪物を、目の前にしてるほどのプレッシャーを感じる!
駄目だ……やっぱりこいつは今ここで!
殺さないといけないんだぁ!
「ねえ答えてよ」
「だまれ! 殺してやる!」
「へえ……どうやって?」
鞄の勇者は言う。
「君もう、死んでるのに?」
……。
…………。
……………………。は?
し、死んでる……?
ど、どういうことだ!?
おれは周囲を見渡す。
おれの体が……半透明に透けている!
そして、少し宙に浮いていた!?
な、なんだ!?
何が起きてるんだ!?
「君は、僕の新しいスキル、【神の右腕・悪魔の左腕】を受けたんだ」
「か、神の右腕・悪魔の左腕? なんだそれは!?」
鞄の勇者のカバンから、腕が伸びている。
カバンから伸びてる左腕は、真っ黒だった。
左腕は、眼下で倒れている、おれの胸に突き刺さっていた。
「神の右腕・悪魔の左腕の効果。右腕で触れた相手に命を吹き込む。そして……左腕で触れた相手の命を奪う」
「命を吹き込み、命を奪う……だとぉ!?」
な、なんだそれは?!
なんなんだその凶悪なスキルは!?
「さっきオタクさんには、この右腕を使ったんだ。ルクスリアで体を治し、右腕で命を吹き込んだ。結果、オタクさんを復活させた」
神の右腕+色欲の魔王の力で、死者を完全蘇生したのか!
「で、君には悪魔の左腕で触れたんだ」
腕が完全に、おれの胸に突き刺さっている!
触れたってレベルじゃない!
「悪魔の左腕は、君の魂をつかみ、肉体から抜き出す」
……は?
な、なんだ……それ……?
魂をつかみ、肉体から抜き出す……!?
よ、よく見れば、やつの黒い腕はおれの肉体に突き刺さり、貫通してる。
そして黒い腕は頭上へと伸び、そして……おれのこの、魂にも突き刺さっている!
「君は今、幽体離脱してる状態ってことさ。僕がこの手を離せば、魂は肉体に戻るよ」
そ、そうか……。
命を奪うっていうから、触れただけで即死させる凶悪な技かと思っていた。
が、実際には悪魔の左腕は触れた相手の魂と肉体を分離する技のようだ。
良かったそこまで凶悪じゃ……。
い、いや……待て。
「君の肉体は今、魂を失っている。死体と同じさ。だからね……」
……やつの体から、無数の触手が生える。
「蠅王宝箱の、効果範囲内だよ」
蠅王宝箱!!
非生物を、取り込み、収納してしまう技!
おれは魂を失っている!
生物じゃない! だ、だから……!
『うわぁあああああああああああ! やめろぉおおおおおおおおおおお!』
悪魔の左腕で、魂を肉体から引き抜き!
蠅王宝箱で、肉体を収納!
そうすれば、相手は即死だ!
魂は肉体を失えば、消滅してしまうんだから!
『やめてくれぇえええええええええええええええええええええ!』
おれは必死になって肉体に戻ろうとする!
だが! 悪魔の左腕が魂をがっちりロックして、身動きひとつできない!
蠅王宝箱による触手が、おれの肉体に絡みつく。
みち……みちみち……!
触手が、おれの四肢に絡みついて……そして……。
ぶちぶちっ! ぶちぃい!
『いぎゃぁあああああああああああああ! 腕がぁ! 腕がぁあああああああああああああああああああああ!』
おれの腕が、引きちぎられた!
腕だけじゃない! 足も!
おれの肉体は四肢を失う!
そのダメージが、なぜか、魂だけになったおれにフィードバックする!
魔族の肉体は人間と比較できないくらい、強靱だ。
決して人の力では、引きちぎることなんてできない!
……あの触手は、それほどまでに強い力で、おれの体を壊したってことだ!
『やめろおぉおおおお! やめてくれぇえええええええええええええええええ!』
「じゃあ、主の名前と、居場所を話してくれますか……?」
……ワルージョ様の居場所を話せ……だって?
そしたら、この悪魔は……いや!
この邪悪なる神……邪神は!
ワルージョ様を殺してしまうぅ!
『い、言え……』
「言えないですか。じゃあ首もぎますね」
ぶちぃい!
『うげぇああああああああああああああああああああああああ!』
あのガキは!
躊躇無く肉体から首をもぎやがった!
「次は胴と下半身」
ぶちぃい!
「足と腕の関節全部外しちゃいますね」
ぶち! ぶち! ぶち!
あ、あいつは……!
あいつはぁ……!
おれの体を! まるでレ●ブロックのように! バラバラにしていく!
しかも切断じゃなくて、引きちぎっているのだ!
痛みは、切断以上!
しかもこっちは、肉体の主導権を奪われているから、抵抗できない!
さらに!
痛みだけが! フィードバックされていく!
おれに、耐えがたい痛みが襲ってくる!
逃げたくても逃げれない。あいつは、一方的に苦痛を与えてくる!
……それでも、おれは必死に耐えた!
ワルージョ様のために!
あの邪神が、どれだけおれに苦痛を与えようとも!
おれのワルージョ様への愛は……忠誠心は、失われることはない!
「あ、じゃあ【それ】もいただいておきますね」
『そ、それ……?』
ガキのカバンから、新しい触手が生える。
それはおれの頭に……ずぶぅう! と突き刺さった!
『うげぁあああああああああああああああああああ!』
あ、あが、あががががが!
あ、あだ、あだがぁあああああああ!
「よっと」
すぽんっ、とおれの頭から何かが……抜けた。
それは……。
『は、針……?』
「はい。どうやら呪物のようですね」
触手が握っているのは、小さな針。
そこから、まがまがしいオーラが漏れている。
「【鑑定】。ああ、どうやらこれは、刺した相手の、思考を操る呪いが付与されているようですよ」
『………………刺した相手の、思考を……操る……だと?』
「はい。この針には、あなたを特定の誰かのこと、好きに思うように仕向ける呪いがかかっていたようです。覚えは……?」
……………………なん、だと?
特定の誰かを、好きになる呪い……?
ま、まさか……まさかぁ……!?
わ、ワルージョ……!
今、おれはあの女に対して、好きとか愛してるとか、そういう感情がわいてこない!
あ、あの女ぁ……!
おれの頭に、針を突き刺し、好きになるように仕向けてやがったんだぁ……!
「どうやらあなた、主にマインドコントロールを受けていたようですね」
『ああ、そうだ! 教える! おれの主の名前を! だから……頼む! 助けてくれ!』
すると鞄の勇者は……。
天使のような微笑みを浮かべ……。
「無理♡」
といった。
「確かに、君は誰かに操られてたようだ。君は主のせいで、したくもないことをさせられてたのかもしれない」
『そ、そうなんだよ! だから……』
鞄の勇者は……。
一転して、無表情になる。
「でも、君がオタクさんを殺した事実は、無くならないから」
触手が、さらにたくさんカバンから吐き出され、おれの体にまとわりつく。
「誰に操られようが関係ないから。君が僕の大事な人を殺した事実は無くならない」
触手はおれの体にからみついて、パーツを一つずつむしり取っていく!
『あが、あがががががが!』
「僕は持てる力をすべて使って、君に最大の苦痛を与えるよ。大丈夫、僕にはルクスリアがついてるから。君の体は、何度壊しても、すぐに元通りにしてくれるから」
……それは、何度もおれを拷問するっていうことと、同義だった。
『おねがいしますうぅううううう! 助けてくださぃいいいいいい! あ、あそ、そうだぁ! お、おれは……おれはおまえの仲間! 槍の勇者のシズカなんだぞぉおお!?』
そうだ!
おれたちは仲間なんだ!
思い出した! おれは……。
「君は、仲間じゃ……ない」
触手がおれの体のパーツを引きちぎって、そして、握りつぶす。
『ぶげぁああああああああああああああああああああ!』
「僕の仲間に、君は入ってない。ルクスリアさん、治療して」
カバンから色欲の魔王が出てくる。
「ごめんねぇ。お姉さんも、命が惜しいから……」
ふぅう、と色欲の魔王が、おれに治癒力を付与。
みるみるうちに体が元通りになる。
「さ、まだ拷問は終わらないよ」
『主はワルージョ! 黒幕はワルージョで王都にいるから!』
「あ、それもう知ってるから。君に刺した呪物を鑑定したとき、ワルージョのって書いてあったから」
『じゃあもう拷問する必要ないだろぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』
だが、邪神は言う。
「そうだよ。必要ない。けど……君は、僕の大事なものを傷つけた。僕の気が晴れるまで……君を拷問させてもらうから」
……絶望とは……まさに、この状況を言うのだと、おれは思い知ったのだった。
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