5 コーラ視点
わたくしは自業自得で、バーリードゥ侯爵夫人から2度目のお説教をされましたわ。
バーリードゥ侯爵夫人のお言葉は尤もで、返すお言葉もなく、わたくしは止まらない涙を流しながら頷くばかりでしたわ。
その後、ミンディさんが謝罪しにやってきました。
謝罪すべきなのはわたくしだと分かっているのです。
けど、その言葉がうまく出てきませんの。
ミンディさんのあの言葉を思い出すと、胸のあたりが何かがポコポコと出てきて、それがすぐ涙腺を刺激してくるのです。
わたくしは誤魔化すので一杯一杯でしたわ。
ミンディさんにどう接していいのか分かりませんの。
ミンディさんは、馬鹿みたいにノア公子との親交を黙っていた理由をダラダラと語り始めますし、わたくしも本当は謝るべきなのかもしれませんが、素直に言葉は出ませんでしたわ。
なぜか、アーノルドお兄様のような冷たい言葉ばかり言ってしまうのです。
そして、アーノルドお兄様に何を言われるのかビビって逃げた時、わたくしはミンディさんがいるのだと思い出して引き返しました。
お兄様にとって私は酷い妹で、きっとそれがミンディさんにも知られてしまうと不安になりましたの。
「そのせいで、体力もなく──」
やっぱりアーノルドお兄様は言っていました。
わたくしは恥ずかしい思いになって近づく足を止めましたわ。
足が動きませんでしたの。
「ちょっと待って下さい!」
ミンディさんはあのアーノルドお兄様にも喰いかかる様に言いましたわ。
「その…コーラさんの事はコーラさんに聞くので」
今度は驚きでわたくしは固まりました。
何を言い出すのでしょうと耳を澄ませましたわ。
「いや、職場の同僚がいつの間にか家の内情知ってるとか……普通に嫌じゃないですか?」
ミンディさんは言葉を続けましたわ。
「私、今はコーラさんに仲良しこよしとは言わないまでも、同僚として入ってもいい領域には入っておきたいので。お話はご遠慮させて下さいっ」
ミンディさんは頭を下げて、走り去って行きましわ。
全力で走っていたのか、わたくしの真横を通っても全然気づいていませんでしたし。
わたくしも隠れてはいたのですけど……
──嫌ですわ
わたくしはそう思いました。
なんでミンディさんはあんなに馬鹿正直者なのでしょうか。
アーノルドお兄様から話を聞けば、わたくしの弱点なんてすぐ知れますのに。
──そう言えば、あの令嬢に何か言われた後も、特に聞いてきたり、引っ掛けたりなんてして来ませんでしたわ…
社会はそう言うものだとお兄様達はよく言っていたのに、ミンディさんはわたくしをライバルではなく『同僚』と言いました。
そういえば、お父様が言っていましたわ。
『お前の弱点を知った上で、そこをついてこない。そいつはお前の仲間だ』
お母様も言っていましたわ。
『社交界は酷いところなの。でもね、1人でも友を見つければ強いわ。友は守ってくれることもあるの』
──ミンディさんはそうなのかしら……?
わたくしには分からない事は沢山ありますわ。
友というのは、わたくし達の様に言い合いをするのでしょうか。
でも、ミンディさんは私に嫌な事はして来ませんわ。
ミンディさんがティア殿下にお気に入りになるのも、ノア公子と親交を深めるのも全部ミンディさん本人の努力のものですわ。
わたくしを蹴落としたり晒しめたりすることもなく、彼女は彼女として頑張っているだけなのです。
お兄様は言いましたわ。
『友とは心でぶつかるべきだ。それが、友への敬意なのだ』
お姉様も言いましたわ。
『味方には、攻撃をしてはダメなの。もし争うことになっても、実力で行くの。卑怯な者には卑怯な方法をとってもいいの。でも、味方にはダメなのよ。きっと、いろんな事で負けてしまうだけだわ』
──そうですわね
友かどうかは別として、ミンディさんはわたくしの『同僚』ですわ。
それは分かりましたわ。
それからまた数日が経ちましたわ。
建国祭まで1ヶ月をきり、宮廷内は大忙しになりましたわ。
あれからミンディさんとはまぁほどほどに、色々とありましたわ。
わざわざ、見知らぬ令嬢の正体を教えてきたり、『普通の同僚になろう』などと恥ずかしいことを言ってくるし、アーノルドお兄様のことだっていちいち報告してきて、『何も言ってませんよ!』ってアピールしてくるし…
別に、それが面白いとか一切思っていませんわよ!
とにかく、わたくしはミンディさんと相変わらず言い合いをしながら、仕事をしていますわ。
「ミミ!」
ティア殿下はあれから、さらにミンディさんがお気に入りみたい。
真っ先に声をかけているのだもの。
けど、ミンディさんはそれを鼻にかける事はしないわ。
顔は緩みきってるけどね。
「今日はね、外でお茶しよう!」
「いいですね」
「コーラも行こうよ!」
「もちろんですわ」
ティア殿下の誘いを断る理由なんてありませんもの。
私は当然、お誘いをお受けしましたわ。
「今日は、バーリードゥ夫人、遅いですね」
ミンディさんがこっソリと声をかけて来ました。
確かに言われてみればそうですわね。
午前はお休みだと聞いていましたわ。
確か、昨日がご子息様の誕生会でしたの。
まだ幼
い方ですので、親戚のみのパーティーでしょうけど、きっとお疲れなのかもしれませんわ。
「たまにはそういうこともあるのかもしれませんわ」
「バーリードゥ夫人は疲れ知らずかと思ってました」
「人間なのよ?当たり前でしょ?」
「いや。『ロボット』かってぐらい完璧だから…」
「『ロボット』?」
「あ、いえ、えっと…、あ、ティア殿下!こっちですよぉ~」
ミンディさんは時々変なことをおっしゃいますわ。
元から変な方ではありますけどね。
「あのね。建国式のドレス、もうちょっとでできるって」
「わぁ~!楽しみですね!」
「うん!ミミが選んでくれたやつだよ!」
庭園でのお茶会はのんびりと進みますわ。
そよ風が心地よく、お茶やお菓子の匂いを充満させているみたいですわ。
しばらくすると、ミンディさんが立ち上がりました。
「あっちょっと、失礼しますね」
お手洗いでしょうね。
そういえばあの服、私が汚してしまったものですわね。
どなたかが綺麗にしてくださったのとか…
──ご両親からの贈り物でしたわね
ミンディさんの言葉を思い出しましたわ。
彼女はいつもわたくしに本気でぶつかってきますの。
「ねぇねぇ、コーラ」
ティア殿下が私に声をかけて下さいました。
ティア殿下は愛らしくそして聡い方ですわ。
わたくしにも平等に接して下さいますの。
「コーラの服も可愛いね」
わたくしの服装も褒めて下さいました。
「…これは、ミンディさんにおすすめされたものですわ」
以前、殿下が外商を呼んで服を新調されている時、ミンディさんが「これ、コーラさんっぽい」と言ったものです。
なんだか気に入って私も購入しましたの。
「すっごく似合ってるね」
「わたくしですから当たり前ですわ」
つい鼻高々になってしまいますわ。
高笑いもしたいですけど、わたくしはまだお姉様みたいにうまくできませんの。
うまくできるようになれば、またお披露目することにしますわ。
「コーラは…、ミミのこと好き?」
ティア殿下が控え気味に尋ねられましたわ。
以前のわたくしの愚かな態度のせいですわ。
「別に好きとかでは…」
なんと答えるべきですの?
わたくしだって分かりませんもの。
「なら、嫌い?」
「それは…」
そいうものでもないのですわ。
でも、ティア殿下にこんな顔をさせているわけにはいきませんわね。
嘘なんて吐くこと自体愚かですし…
「わたくし…別に、ミンディさんのことを嫌いなわけではありませんわ…」
「そうなの?」
「えぇ、そうですわ」
そういうのが精一杯でしたわ。
でも、ティア殿下には十分なようで、わたくしに気を使ったような表情からパッと華やいだ笑顔を見せられましたの。
「よかった!」
──お気に入りの女官が嫌われているだなんて心配ですものね…
ティア殿下は言葉を続けられました。
「ティアの好きな人達、みんな仲良しで嬉しいね!」
「え?好きな人たち?」
「うん!お父様、お母様、お兄様に、ノアお兄様に──」
大物の名前がどんどん出てきましたわ。
殿下のお口は止まりません。
「ミミに、それに、コーラね!」
「え?」
「みんな好きなんだよ!」
明るく無垢な笑顔をティア殿下はこちらに向けて下さいます。
わたくしも入れて下さいましたわ。
「嬉しいね!」
もう一度言って下さいました。
殿下は本当に素敵な方ですわ。
わたくしは、もう枯れるほど泣いたと思ったのに、また涙腺がゆるみかけました。
ですが、その涙はすぐに引っ込みます。
「殿下、遅くなりました」
お手洗いに向かっていたミンディさんと一緒に、バーリードゥ夫人がやってこられましの。
「その子、だぁれ?」
ティア殿下がバーリードゥ夫人に問いかけられました。
ティア殿下と同じ方へ視線を向けると、夫人の足元に殿下と同じぐらいの年頃の男児がいらっしゃいましたわ。
──あの方は…
バーリードゥ夫人によく似た瞳の色。
きっと、御子息でしょう。
バーリードゥ夫人は男児を前に出して紹介を始めましたわ。
「息子のルーベンです。ルーベン、挨拶を」
「……」
「ルーベン」
「……ルーベンです」
ぶっきらぼうに御子息のルーベン様は挨拶されましたわ。
バーリードゥ夫人はひどくご立腹な顔をされています。
「殿下の前でそのような態度を──」
「ティアだよ!ルーベンよろしくね!」
バーリードゥ夫人が注意をしていると、ティア殿下の方が早く動かれました。
椅子から降りて、ルーベン様の前まで行きましたわ。
そして、愛らしく挨拶をされ、手を差し伸べました。
「天使っ……」
わたくしと同じようにことを見守っていたミンディさんがそう言って、鼻を押さえましたわ。
ミンディさんは気づいていない様ですが、彼女はよく感情が口に出ていますの。
心で止まることを知りません。
殿下もそれを承知な様で「ミミは正直者だね」と笑っておられましたわ。
全く、淑女としては失格ですのよ?
ですが、ミンディさんの言葉通り、ティア殿下の行動は、その場を穏やかにさせるものでしたわ。
まずは自ら歩み寄る姿勢を見せることは、上に立つものとして大切ですの。
さすが殿下ですわ。
「……」
「ルーベン?」
でも、ルーベン様は動きませんでしたわ。
ティア殿下の手を取ることも、反応も示しませんの。
殿下も少し困った様な表情を浮かべておいででしたけど、すぐにまた話しかけられました。
「そのブローチ綺麗だね!もしかして、魔石?」
最近、服に興味を持たれている殿下はすぐに気づかれた様ですわ。
魔石は他の宝石と輝きが違いますからね。
ルーベン様の胸につけているブローチにティア殿下は吸い込まれるように手を差し伸べましたわ。
「わぁ!綺麗!見せて!」
その瞬間でした。
バチッ
「触るなっ!」
ルーベン様が殿下の手を跳ね除けられ、さらに押して遠ざけようとなさいました。
ですが、それでバランスを崩されたティア殿下はその勢いのまま尻餅を搗かれてしまいましたの。
「「「殿下!」」」
わたくし達は慌てて駆け寄りましたわ。




