4 コーラ視点
わたくしは、コーラ・ジャマ。
正式な名前はもっと長いけど、自己紹介をする時はそう言っているわ。
だって、“ジャマ“が付けば大概が分かっている事が多いもの。
辺境伯のジャマと言えば、帝国だけじゃなく、他国にだって通じるのよ?
代々、辺境の地を守ってきた先祖様は、武術や外交で驚くべき才能を見せてきた人ばかり。
帝国の国境を守っているのが我が家と言っても過言ではないわ!!
わたくしのお父様だって、優れた武術で帝国一に輝いたこともありますし、長男のお兄様もアカデミーで数々の大会で名を残して、領地でもご結婚もされて、後継として申し分のない働きをしていらっしゃるの。
お姉様は、お母様譲りの大陸の華と謳われるほどの美しさと知性のある方で、あのバーリードゥ侯爵夫人よりも完璧なマナーなのですわ。そんなお姉様は、他国の王族に見染められて、今では王弟妃としてご立派にお勤めを果たしておられるの。
そして、次男のアーノルドお兄様。
アーノルドお兄様もお父様達と一緒ですごく武術に秀でているの。
アーノルドお兄様は特にご自分にも厳しい方で、若いうちから第一騎士団の副長まで勤めていらっしゃるわ。
わたくしの家族は誰も彼もが素晴らしく、私の誇りですの。
何においても、お兄様とお姉様たちは難なくこなしてしまうから、小さい頃からわたくしの憧れでもありましたわ。
でも、わたくしはお兄様達とは違いました。
1歳の頃から訓練に参加していたお兄様達とは違って、わたくしにできたのは剣を持つ事がやっとでしたわ。
それに、わたくしはすぐにものを壊したり、ティーカップなんて何度割ってしまった事か──
優雅な所作が身についたのも12歳になった頃でしたわ。
──お兄様やお姉様はできるのに…なんでわたくしはできませんの?
わたくしだけ、ジャマの家で不出来な子でしたわ。
それでもわたくしは頑張りましたの。
お兄様やお姉様のようになりたい、少しでも近づきたいって思いの方が強かったわ。
だって、わたくしの家はそれだけ誇らしいのですもの。
わたくしだって見合った人間になりたかったの。
落ち込んでいる暇はありませんでしたわ。
凡人なら凡人らしくお兄様達の倍の努力が必要ですもの。
お兄様達もわたくしを応援し、根気強く指導してくださいましたわ。
わたくしの為に特注品も作って下さいましたの。
アーノルドお兄様は厳しく指導してくださいましたわ。
「お前は体が弱い。訓練が足りんのだ」
そうおっしゃって、わたくしを律して下さいましたわ。
わたくしもそれにお応えしたいと、より自分を鼓舞したの。
でも、それでもまだ足りない事を自覚する事件があったわ。
それはやっと自分の愚かさを自覚し、恥というものを知りましたわ。
──わたくしは、落ちこぼれだったんだ…
皇后陛下の茶会でのわたくしは、お兄様やお姉様だったら絶対にありえない振る舞い。
わたくしはわたくしのやり方で頑張ればいい。
そんなゆるい考えではダメなの。
わたくしはもっと自分を恥じて、お家の恥になってはいけないのだと思うようになったわ。
丁度、上のお兄様は領地で忙しくされながら、数々の功績を挙げて、お姉様は他国に嫁がれ、アーノルドお兄様はアカデミーを卒業されて、騎士団に入られた時でしたわ。
──わたくしは何ができるの?
お姉様やお母様のような華もない。
マナーだって人並みがやっと。
──たまたま、いいお家に嫁いだとしてもきちんと務めを果たせるの?
わたくしには出来ませんわ。
まず、その前にわたくしという人間を知って仕舞えば、縁談も断られる可能性だってあるもの。
──そんなのダメよっ…
わたくしは少しでも認められないといけない。
そんな考えでたどり着いたのが、女官という道でしたわ。
悩んでいた時に、ティア皇女殿下の奉公人団を募集するという話を聞きましたわ。
きっと天からのお導きかもしれないと私は飛びついたの。
ここから少しでも『落ちこぼれ』の汚名を返上しようと、少しの希望を持ちました。
なのに、ですわ。
わたくしは最近、同僚のミンディ・ウルグスという子に振り回されていますの。
きっと、選ばれたのだから優秀な方、『魔力なし』であっても、それを跳ね除けるくらいの方なのだと思っていたの。
そしてこの方はどちらがティア皇女殿下のお気に入りになれるかどうか、わたくしのライバルでもあるのですわ。
よく小さい頃からお父様が仰ってました。
『敵が来たらまず、相手の隙をつけ。自分の大きさを見せて、怯ませるんだ』
──分かりましたわ!
ですので、わたくしの誇る家を語って差し上げましたわ。
ミンディさんも私に言い返すこともできませんでしたわ。
やっぱり我が家は誰から見ても素晴らしいわ!
気分がいいので余計に口が回って、色々と言ってしまいましたけど、お姉様に習った淑女の余裕の笑みもきっちりかまして差し上げましたわ!
『敵の弱点を突くのも大切だ』
お父様はそうとも言いましたわ。
だからわたくしは容赦なく、ミンディさんの身分を貶しましたわ。
何も言ってこないから、少しは相手を牽制できたかもね。
完璧ですわ!
けど、周りの方からミンディさんの評判はいいの。
あのマナー夫人とまで言われるバーリードゥ侯爵夫人だって褒めるのですわ。
しかも三大公爵家の一つの名前も出てきました。
このままじゃダメだと思ったわたくしは、焦って頭をフル回転させました。
わたくしの自慢をかき消す程彼女が優秀ならわたくしは勝ち目がありませんもの。
ですので、パッと思いついたことを実践いたしました。
お姉様は言っていたのですわ。
『相手が邪魔なら、強制的に退場させればいいのよ?退場しなければいけない事情を作ってあげるの』
そうですわ。
私はミンディさんが紅茶を飲もうとティーカップに口を近づけた時に実行しましたわ。
火傷させるのは目的ではありませんので、魔法を使って先に紅茶は冷ましておきましたの。
そしてミンディさんの手に肘を当てて──
バシャッ
とっても上手くいきましたの。
ミンディさんが一瞬、睨んできて怖かったですけど成功ですわ。
ミンディさんを退場させて、ここからわたくしのアピールだと思ったのですけど──
けど、その後、ノア公子が来て更にアピールすれば、わたくしはあっけなく追い出されましたわ。
ノア公子にお近づきになればきっと他の方にも求められると思いましたのに…
けど、問題はその後ですわ。
アーノルドお兄様に出会って、厳しいお言葉を受けてしまいましたわ。
昔はこのお言葉通りに頑張ればなんとかなると信じておりました。
けど、アーノルドお兄様は褒めてくださったことなんて一度もありませんの。
それに、お兄様の冷めた目は、あの茶会での皆様によく似てますの…
最近はお兄様とお話しすると、すごく苦しいの。
ですけど、ミンディさんはわたくしを羨ましいと言いました。
意味が分かりませんわ。
あのアーノルドお兄様に説教まがいなことをして、わたくしを変に褒めるのです。
わたくしは隙を見せちゃいけないと怒鳴りかえせば、更に怒鳴り返してくるのです。
訳のわからない『日本文化』なんて言葉も言いますし──
「自分は好き勝手やって、私のが許せないって何?!」
そう言われてしまって、わたくしは返す言葉もありませんでしたわ。
上のお兄様は言っていました。
『敵と戦うときは、自分も殺される覚悟を持て。敵に与えた傷は、自分にも返ってくることもある』
でも、それでも負けてはいられないわ。
これが最後のチャンスなの。
これを手放したらわたくしは何もないの。
それから私が言い返せば、ミンディさんが更に言い返してくる。
私も負けられないので、更に言う。
その繰り返しを始めることとなったの。
──なんで、このかたはさっさと負けてくださらないのっ?!
そう思いながらも、なぜかもっと頑張れそうな気がしましたわ。
昔のように、もっと頑張れる。
そんな気が一瞬だけしたのです。
けど、またしても現実をつきつけられましたわ。
わたくしが『落ちこぼれ』であることを、見知らぬ令嬢に言われましたわ。
──名の知らぬ様な方にも知れ渡っているのね…
そう思うと、お腹のあたりからひゅっと冷めてくるのです。
──わたくしは、認められなきゃいけないのに…もっと、頑張らないと…私はお兄様達みたいに結果を残さないと…
きっとミンディさんにも馬鹿にされるのですわ。
そう思うとわたくしはいてもたってもいられませんでしたわ。
──せっかく『羨ましい』って言ってもらったのに…
これからあの時の様に軽蔑されるんだ。
みんなに見捨てられるんだ。
そう思うと、わたくしはカチコチの岩になったような気分でしたわ。
それからは、周りがよく見えましたわ。
ミンディさんはティア皇女にどんどん気に入られているのに、わたくしは何もない。
ノア公子だって、いつの間にか親しくなって…
きっとこれがお姉様の言う醜い嫉妬なのです。
どこまでも私は愚かな人間で、どうしようもありませんでしたわ。
そしてつい、馬鹿な事を口にしてしまうのです。
けれど、ミンディさんは全く私に動じませんでしたわ。
むしろ、そんなこと平気だと笑ってみせるのです。
「ですが、本当に悲しく恥ずかしいのは、そのまま何もしない事です」
──本当に?本当にそう思うの?
わたくしは彼女の言葉を聞きながら、心の中で尋ねましたわ。
「人とは違っても、それでも頑張れば、それは全然悲しくも恥ずかしくもない事です」
──それなら…それなら私は…
今までわたくしは自分が『恥』の塊だと思っていたわ。
わたくしが努力しても全部悪いんだって。
けど、彼女はそれは違うと言ったわ。
努力してきたことは恥ずかしくないと。
分からないけど、涙が溢れてきたの。
今まで、『恥』だと責めてきた自分が、少し救われた気がしたの。
でも私はやっぱり出来損ないで、どうしようもない人間ですの。
嫉妬に狂って酷いことをして──
この前までなら、わたくしはもっと綺麗だったのに。
わたくしの中には醜さが溜まってしまって、
恥ずかしかったのですわ。




