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「「………」」


チェイスが逃げ去って少し経った後、私とアーノルドさんは会話するには少し遠く、無関係だというには少し近い微妙な距離感で、向き合い、そして黙り込んでいた。


『ありがとうございましたっ、本当に…』

『あ、いや…彼は、昔から問題があったからな…。君だとは……』


そこまで言って、アーノドさんは黙ってしまって、私も何を返せばいいのか分からなくなってしまった。


だって、アーノルドさんの表情が相変わらず険しいのだけど、なんだろう猛獣に立ち向かおうとしているようで、出会ったことない珍獣を相手にしているような戸惑いもあって……

こちらにジリジリ寄ってきそうで、でも遠慮してるような、すっごい微妙な動きを見せてくる。


チェイスを追い払ってくれたことは無茶苦茶ありがたいんだけどさ、そんなアーノルドさんに私はどう答えるべきか分からなくて、同じ動きをしてしまう。

近づいていいのかどうか分からないんだもの。


──何か仕掛けてくる?


そんな疑問も出てきて、防衛するべきな気もする。

とにかく私はアーノルドさんの様子を窺っていた。


「………妹は元気か?」

「……」


もうね、びっくり。

こっちは、剣を抜いてかかって来るんじゃないのかってまで考えたのにさ。

長らく攻防戦みたいなことして、出てきた言葉がこれ?

こっちが言葉を失った。


「元気か?」


アーノルドさんがもう一回聞いてきた。

険しい顔で聴きたいのがそれかい。

私は深呼吸していった。


「あの、前にも言いましたが、私はコーラさんの同僚なので」


ここ大事。


「情報の横流しは致しません」


どっかの女医みたいになっちゃった。

けど、本気で思う。


「そんなに、体が弱いコーラさんが心配なら、ご自分で聞いてください。兄妹の話は、兄妹でして下さいっ!」


なんでここには説教したくなる男が多いんだ。

ノア公子は気合を入れたくなるんだけどね。

チェイスは論外ね。


「…そうだったな。すまない」


今度は謝られた。

素直なのも同じかい。

でも、こわい顔は相変わらず。


「いえ、でも、さっきは本当にありがとうございました」


私は頭を下げる。

一番私に被害のない状況で収めてくれた。

有難い。


「そうか…、チェイス・スコットレットには気をつけるべきだ」


──兄妹揃っていいやつだ…


コーラさんも同じように注意してくれた。


「ありがとうございました」

「あ、あぁ…」


険しい顔なのに、ちょっと落ち込んでいる。

言いすぎてしまったか?

けど、これ以上関わって変にこじれるのは避けたい。


モブだけどさ、こういう時って、変に隠し事したり、関わったり、聞いたりしたら後々ばれて面倒になるってよくあるじゃん?

私にも適用するかは分からないけど、人間関係はクリーンな方がいい。

これ、鉄則。前世でもよく分かってるもん。


「これは独り言です」


私はそう言って、アーノルドさんから顔を背けた。


「あ~、あ、コーラさんは、今日も元気だったなぁ~」


わざとらしく伸びをして、私はそのまま足を進める。

横目でチラリとアーノルドさんを見れば、ちょっと目を開いていた。

目が細いってだけが顔をこわくさせてんじゃないんだな。

アーノルドさんは目が開いても怖かった。なぜかちょっと不憫に感じる。


そんなことを思いながら、私はその場を後にするのだった。



*****



「あら、ミンディさん、お使いは終わった?」


ティア皇女のお住まいに戻ると、クリスティンさんと遭遇した。

というか、クリスティンさんが待っていたようで、私が見えると、優雅な動きで寄ってきた。


所作が洗礼されている。本当に白百合みたい。

いつも優しげに細められた目はアーノルドさんとは全然違う。


「ふふ、ティア殿下の客間にお客様がきているわ」

「え?お客……」


誰だろと思考を巡らせれば、思い当たる人間がいた。


──まさか…ヴェロニカ?


『ここにいたら忙しくてベスの相手をする暇がないのよね。ミミに、散歩でもしてもらおうかしら?』


なんてこの前言っていた。

商談以外にも色々と難航しているみたいで、当分宮廷暮らしになりそうなんだとか。

ヴェロニカの家は、彼女の従兄弟が継ぐ予定なのだけど、ヴェロニカはなぜか当主ばりの働きをしている。


──その頑張りはどこからくるのやら…


商会も作ってしまうほどのやり手だし、私の想像を超えてくる。


「分かりました。行ってきます…」


またヴェロニカの愚痴の相手かとため息を吐きながら、言われた部屋に向かう。

なんだか一気に肩が凝った。

きっとチェイスの野郎とアーノルドさんもその要因だと思う。


コンコン


私は扉をノックして、声をかける。


「どうぞ」


部屋の向こうから返ってきた返事に「あれ?」と思う。

聞き慣れてしまった男性の声。

穏やかなのに、感情の起伏があんまりない低い声。


「ノア?」


私は聞き返しながら扉を開けば、そこにはやっぱりノア公子がいた。


「はい」


ノア公子は、どこか優しい声色できちんと返事をする。

窓際に立っていた彼は、こちらを振り返ってゆっくりと笑った。


ティア皇女のお茶会以外でここに訪れることのないノア公子がなんでここにいるのだろう。

この前のように約束するのだって、図書館とか違う場所だし、特にノア公子とは偶然会うことが多い。


「どうしたの?」


私は扉を閉めながら尋ねる。


──何かあったのかな?


そう思うと、その『何か』につながるのは一つ。

私は、心臓がキュッとなった。


「マリッサさんに何かされた?それとも…」


言葉を出しながら、すっごい心臓がバクバクしていた。

だって、それだけ得体の知れない存在だったし、されてきた事が事だ。

それに、本当のターゲットはノア公子だし、私より危険度は違うと思う。


「いや、違うよ」


私の心情とは全く違う落ち着いたノア公子の声が返ってくる。


「そのマリッサ嬢って人の特徴に合う人とは遭遇してないと思う」


ノア公子はゆっくりと言った。

やっぱり彼の声はどこかのんびりしてて緊張感がない。

この前は心配してくれてたんだなとムズムズした。


──友達っていいもんだな…


そんな事を思う。


「其の他も何も変わらないから」


ノア公子はそう付け加えた。

って事は、改善もされてないって事だよね。

もやもやはするけど、あれ以上酷いことになってないなら少しだけ安心。


「それなら、どうしたの?」


だとしたら用件が分からない。


「うん。これ」


ノアは小さな石玉をポケットから取り出して、私に差し出した。

私も手を差し出して受け取ると、手の上にはビー玉のようなものが3つ並んで紐に通されていた。

その玉はビー玉のようなんだけど、ちょっと違った輝きがあって、なんだか神秘的な美しさがある。


私がそれに見惚れていると、ノアが口を再び開いた。


「最近研究が進められている魔法玉」

「魔法玉?」


聞き覚えの全くない単語。


「ガラス玉に魔力を注いだもの」

「へぇ~」

「これを一般的な魔法石の代用品として活用できないかって研究が進んでいて──」


ノア公子が説明しようと私の方へぐいっと近寄った。


──おぉおおお!


だんだん慣れてきたけど、やっぱりイケメンのドアップは、ハードルが高すぎる。


ノア公子はそんな私に気づくこともなく、私の手のひらの魔法玉に意識が向いている。

何かに夢中になると周りが見えなくなるタイプなんだろう。


「それぞれ、一時的に魔力を発動する能力がある」


ノア公子は説明を続ける。

至近距離すぎで、彼の息がかかりそう。

魔法玉に触れようとするノア公子の指が私の手のひらに当たって、なんかバクバクした。

異性との距離感がまだ慣れない。


「この前の、スコットレットの子息のメモ用紙みたいに、きっかけがあれば魔力が発動してくれる。こっちは防御魔法、これは光が一瞬でて目眩しできるし、こっちは伝達魔法」


ノア公子は3つの魔法玉について説明してくれる。

正直、聞いているか聞いていないかのような状態だったけど、チェイスの名前が出てきて正気になった。

てか、冷静になれた。若い子みたいにキャーキャー言ってる場合じゃない。


「そんなにすごいのをくれるの?」

「うん」


ノア公子は素直に頷いた。


「試作品だけど。作動方法は指で強く弾いて──」


ノア公子は丁寧にそれぞれの使い方を教えてくれた。

私はそれを真剣に聞いた。

少し、現代のストーカー対策の商品に似てるものもあった。

けど、これがあるだけでどれだけ安心できるだろう。


ノア公子はストーカーのマリッサさんの対策用に用意してくれたのだと思うけど、チェイス対策にも使えそうだなとか悪い考えが浮かぶ。

多分、いざとなったら子爵家は逆らえないとかビビって使わないだろうけど。

けど、それでも十分心強い。


「ありがとう」


私は魔法玉を腕にはめてノア公子にお礼を言った。

自分の魔力ではないけど、魔法を使える気分だった。


私の満足げな顔を見たノア公子もちょっと満足げに口角を上げた。


「うん」


一言だけなのに、彼の事は心地よくて、すごく気分をよくしてくれる。


「あ、前も言ったけど、魔法を持続させるのは不可能。一時的なもので、助けを求めるか、身を守るためのものにすぎないから」

「分かった」


油断するなって事だろう。

私は気を引き締める。


そう思うと、ふとさっきのノア公子の言葉を思い出す。


──確かあのチェイスの手紙ってノアにあげたっけ?


「あの手紙どうしたの?」


私は疑問をそのまま口にする。

ノア公子は相変わらず素直に答えてくれる。


「匂いが気になったから、ちょっと調べてる」

「匂い?」

「うん。多分、スコットレットの薬草の一つで──」

「その後は?」


どうしたのか気になって、ノア公子の言葉を遮ってしまった。


「あ、ごめん」

「いや、いい」


ノア公子は全然顔いろを変えない。

のんびりとした口調で言葉を返してくれる。


「まだ調べてるから保管してる」

「…持ってて気持ち悪くない?」

「?」


何がと言いたげな顔。

いいならそれでいいのよ。


「ってか、来てくれなくても呼んでくれればそっちに行ったのに」


先輩の女官達にからかわれそうだなとか考える。

2人で話すならノア公子の研究室が一番いいはず。


「出入りを頻繁にしていると、よくないかと思って」

「あ、そっか」


マリッサさんはノア公子の研究室も把握しているんだった。


「殿下の宮殿内ならそうそう入って来れないし、このエリアは許可のある人だけだから」

「なるほど」

「うん」


「「…」」


ノア公子との会話ってぽつりときれる事がある。

そして来るのは沈黙なんだけど、不思議とその感じが嫌じゃなくて、余白が楽しさの余韻を倍増させてくれる感じがする。

本当に不思議。ノア公子は、ノアは不思議な人だ。


「それだけ」


ノアは帰るつもりで、近かった私から距離をとり、扉の方へ向かう。


「あ、緊急の報告があったら、バーリードゥ夫人を通して手紙でもくれたらいいと思う」


扉を開きかけたノアが振り返って言った。

私はそれに頷く。


「分かった」

「うん…、ミンディ嬢、また」

「うん。またね」


挨拶を交わすと、ノアはそのまま出て行った。

私もすぐに仕事に戻る。


廊下を歩いていると、手につけている魔法玉が揺れる。

なんだかすごくワクワクする。


──きっと迷惑をかけたとか悩んでるんだろうな…


ちょっとだけ元気のないノアが私の手につけた魔法玉を見て表情を緩めていた。

それを思い出すとまたウズウズする。


──やっぱりノアに呼ばれるのは違うなぁ…


比べるのが失礼かも知れないけど、ノアとチェイスは全然違う。

あの独特の彼の響きが耳に残って、またウズウズして来た。

まるで、友達が初めてできたみたいな感覚。変なの。

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