13
レイナが去った後、神官たちが気づいて寄ってきた。
ノアは私を抱きしめたまま「いきなり、光り始めて、彼女が驚いたみたいだ」ってまた嘘をついてくれた。
いつの間にかノアは残りのシャンパンを池に注いで、結界を修復済みだった。
何気に冷静なノアに救われたけど、何だかその冷静さに嫉妬しちゃう。
「彼女に自分が友達だって言わなくてよかったの?」
無事に教国を出ることが出来た私たちは、帰りの船の中でやっと緊張をほぐすことが出来た。
海風に吹かれているとノアがのんびりとした声で私に尋ねる。
「…そうだね」
そう言われて、言ってなかったなって思い出した。
だとしたらレイナには私の言葉は意味不明だったかもしれない。
「多分、君がなんであんな事言ったのか彼女は一生モヤモヤすることになる」
「あぁ…かもね」
結構罪深い事をしたかも。
私はどうだろうと悩んでいると、ノアはさっきよりも声のトーンを落として私に尋ねた。
「…ミミはよかったの?」
私はその意味がわからなくて、首をかしげる。
そんな私を見て、ノアが口をモゴモゴとさせた。
迷ったように視線を彷徨わせ、手をぐにゃぐにゃと遊ばせた後、言いづらそうにまた口を開いた。
「いや……今更だけど、その……ミミは帰らなくて…よかった?」
──それか
緊張した表情だから、何事かと思った。
「本当に今更だね」
私がうっすらと笑みを浮かべならが、ノアに言葉を返せば、ノアはうっと言葉を詰まらせる。
多分、今になって気づいたんだと思う。
「…ごめん」
素直に謝ってくるあたりが、やっぱりノアだ。
夫婦喧嘩してもノアから先に謝ってくるんだろうなとか考えてみる。
──いや、夫婦喧嘩って!
私は勝手に想像しておいて自分でツッコミを入れる。
緊張が解けて、妄想を暴走させすぎたと一人で恥ずかしさに悶える結果となった。
「本当は、ミミも行きたかった…?」
ノアは不安そうに私を覗き込む。
──いや、今は全く違う事考えてたんだけど…
私は苦い顔をして、申し訳なさが込み上げる。
「あぁ~~~~、うん。それはもう私の中で解決してるんだよね」
「?」
私が言うと、今度はノアが不思議そうな顔をこちらに向ける。
その瞳の中には不安が幾分か混ざっていた。
「ほら、これ」
私は自分の腕についているブレスレットをノアに見せた。
翡翠色の魔石は今日も美しく輝いている。
まだまだ魔法は使えないけど、日々魔石が私に馴染んできている。
そう実感はしている。
「これさ、ノアがこの世界のものだって教えてくれたじゃん?その後、バビィさんがこの世界の人なんだって気づいて、私ももしかしたらあの世界に帰れる可能性があるって気づいてたから」
「あ」
ノアもそう言えばと思い出したみたい。
なんだかんだと抜けているノア。
「その時、めちゃくちゃ考えてたんだよね。前の世界に帰るのか、それとも残るのか」
「それで?」
ノアはやけに神妙な顔をこちらに向ける。
その表情を見て私はつい吹き出してしまった。
「それでってさ、ここにいるんだから、もう結果はわかってるでしょ?」
そう問いかけるとノアは「あ、そっか」と気の抜けた返事をしてきた。
どうやら、ノアにはポヤポヤ属性もあったみたい。
この会話は間抜けだ。
──けど、それだけ焦ってたってことか
それが嬉しくむず痒い。
結局私はノアのそういうところに弱いんだ。
「ノアがいたからだよ」
恥ずかしいから海を眺める。
「ノアがさ、私をすごいとか尊敬するとか言ってくれるからだよ」
そして間違ってたら教えてくれる。
ノアがいいと思ってもらえる自分が好きだ。
──他にも大切な人は沢山いるしね…
未練がないかと言えば嘘だ。
お母さん達に会いたい。
私を非難してきた奴らをギャフンと言わせたい。
色々とあるけど、それでも同じように17年ここで生きて、私は既に踏ん切りがついてしまっていた。
時間が解決するってのは本当だった。
家族への未練はあるけど、私はこの世界の人生を生きる、踏ん張る覚悟は出来てる。
「…うん」
少したってからノアの返事が聞こえた。
その声が私の胸に沁みていく。
「…」
沁みる声だから、余計に考え込んでしまった。
私はスッキリした気分だったのに、余計な考えのせいで下を向く。
「余計なことをしたのかな…」
一人じゃ抱えきれなくて呟く。
海がノアが全部を受け止めてくれる。
そんな甘えもあったと思う。
「レイナにはベイリーの事、教えなくてよかったのかな…。誰かを殺したって、レイナの余計な重りになっちゃったかな。知らなくていいことだったのかな…」
知るべきだと思う事自体が間違いだったのだろうか。
海の深い底へ気持ちを落としていく。
「どうだろうね」
ノアのぼんやりとした返事がきた。
思ってたのとちょっと違う。
──これは卑怯か…
逃げるためにノアを利用した。
「そんな事ないよ」って言ってくれると思って甘えていた。
私も、自分の都合のいいように生きてるだけなのかもしれない。
「人は自分の罪を自覚しない生き物らしいよ」
ノアがいつもの調子で話し出す。
「ある程度の事は違反や罪を犯しても『みんなしてるから』って自分を正当化してしまう。だから、人は同じことを繰り返すらしい。ダメだってことでも中々守れないし、それが回り回って自分を苦しめていても、自分のせいじゃないって、関連性を無視してしまうらしい。意外と楽に生きれるように人間はできてる」
ノアが言った全ての言葉が痛かった。
確かに、他の人でも同じことをしただろうって思いがどこかにあった。
私は手すりにおでこをつけた。
ちょっと粗い木材がチクチクして痛い。
ノアの話を聞いていると、これぐらいの痛さは我慢しないとって思えてきたから、私はじっとそれに耐えた。
罪滅ぼしの代わりにはならないけど、そんな気分だった。
「でも、それじゃダメなんでしょ?」
ノアが私に問いかけた。
私はおでこをずらして横のノアに目を向ける。
ノアの水色の瞳に、海の深い青が映し出されていた。
いつもよりの濃いいろの瞳は、ノアを頼もしく見せる。
「楽に生きる生き方がいくらでもあるけど、それじゃ、大切な人は守れない。自分を本当の意味では守れない。強くなれない。全部を受け止めて、そしてずっと考える必要がある。同じ過ちを繰り返さない為に、最善を常に見つけるために」
──そうだよ。その為に踏ん張ったんだ。
「だから、ミミもこれから一生、言うべきだったか悩めばいい。彼女が自分の被害者を知るべきだったか、そうでなかったか。模範解答なんて存在しないから、考えて自分の公式を作るしかない。その公式も常に変わるだろうし、その度に考えて悩めばいい。そうするべきなんだよ」
ノアは淀みのない声でそう言った。
──すごいな
最初会った時、人を傷つけたのではと心配ばかりしていたノア。
傷つける事を、傷つく事を恐れて、そして自分の正しさを考え続けていたノア。
──それがノアの生き方なんだ
性分だと諦めているわけでもない。
ノアはそれが自分としてあるべき姿だと見つけんだ。
「そっか」
私はおでこを手すりから離した。
下を向いては踏ん張れない。
上を向くから踏ん張れる。
「そうだよね」
私はそう言って、空を見上げた。
いやになるほどいい天気で私は自然と笑みが溢れた。
*****
「やってくれたな」
全身の気が逆立つほどの威圧のある低い声が部屋に響く。
大きなその部屋には、男が3人いた。
一人は先程の声の男、もう一人は静かに厳しい顔をしている老いた男、もう一人は笑顔を絶やさない柔らかい印象のある男だった。
「陛下、一体何のことでしょうか?」
笑顔の男がその場に似合わないにこやかな声で言った。
低い声の男──この帝国の皇帝トバイアスは笑顔の男を見てため息を吐く。
「お主、聖女が行方不明だと?」
「はい。聖女の希望で、私の領地へ移動させようとした所、賊に襲われ行方知れずになってしまいました」
わざとらしいため息を吐く笑顔の男。
「デネブレ公、それで納得するとでも思っているのか?」
皇帝がそういえば、笑顔の男──デネブレ公爵が大袈裟に両手をあげて見せた。
「して頂かないと、どうしようもありませんね。真実ですから」
恐れ知らずな笑顔を振りまくデネブレ公爵。
そして、厳しい顔の男──ノイトラール公爵がやっと口を開いた。
「公爵を責めても何もなりませぬ。彼の領地への移送でしたが、護衛は帝国の騎士団と神官達でしたから、聖女が行方不明でも公爵の責任とは言えますまい」
「ほぅ…他の全員が無傷だと言うのにか?」
ノイトラール公爵の言い分に、皇帝が目を細める。
「負傷者はいましたが、どれも軽症の為、我が国の万能薬での治療で足りております」
「たかがかすり傷だがな」
「おや?陛下、たかがかすり傷、されどかすり傷ですよ?それに賊はかなりの手練れらしく、痕跡を一切残していないので、捜索はかなり困難でしょう。あぁ、なんと哀れな聖女でしょう」
デネブレ公爵が戯けた声で言った。
その様子で、これ以上責めても意味はないと悟ったのか皇帝はこめかみを押さえた。
「あぁ、もうよいわ。民の不満が高まらぬよう、手を回しておけばこれ以上の言及はせぬ」
皇帝は呆れたように言ったが、その裏で彼が聖女を処分せずに済んだことに安堵しているのは、その場にいるもの誰もが知っていたがそれを口にすることはない。
皇帝が譲歩した、その形が大切なのだ。
そうやって帝国の皇帝は存在してきた面もある。
「すでに話が息子が関わっている研究で、面白いものができました。ガラス玉に魔法石と同じ仕組みを取り込む、人工の魔石が完成しております、改良の余地はありますが、これで多くの民が魔力の恩恵を受けれるでしょう。それこそ聖女の力なんぞなくてもある程度の治療が民間で行えるかも知れません」
デネブレ公爵は意気揚々と言った。
「人工の魔石の成果は、ティア皇女殿下も巻き込まれた例の件で、すでに実証済みですよ。民衆の関心はより高まるでしょう」
「すでに手は回しているとな」
準備のいいデネブレ公爵の発言に、皇帝は感心しながら呆れている。
用意周到な所が何とも憎らしい友人なのだ。
「そうなる前にまずは法の取り決めを行う必要があるでしょう。魔力の乱用には危険性が十分にあります」
ノイトラール公爵が冷静に判断する。
彼もまたよく頭の回る堅物だ。
「其方達は揃いに揃って…」
皇帝は天を仰ぐ。
そう呑気に座っているだけの皇帝ではないが、彼の臣下たちはそう簡単には休ませてはくれない。
「嫌なら私から公爵を剥奪しますか?私はどこへでも亡命しますので、いつでも仰って下さいね」
デネブレ公爵は笑って言った。
けど、流石にその発言にはノイトラール公爵が顔を顰める。
彼は帝国の忠犬だ。国の不利益になることは決して許さない。
その彼が、聖女がいなくても問題ないと判断したのなら、皇帝もそれに倣うしかない。
「早く息子にこの座を譲りたいものだな」
皇帝は心の呟きを吐き出す。
それに対し、デネブレ公爵が笑い声を上げた。
「まだ息子に開け渡すまでにやるべき事が残ってますよ」
あっけらかんと言ってみせるが、長い間国を支え続けてきた皇帝達には重い言葉だった。
あえて返事はしないが、沈黙が同意だった。
「まぁ、引退するなら陛下より私が先でしょうね。私は既に、いい娘を得られそうですから。ノイトラール公はもう30年は元気そうで」
「…其方に心配される覚えばない」
ノイトラール公爵はデネブレ公爵の腕は買っていたが、彼の調子付いた人間性は気に入らない。
「公爵らよりも、我の方が早いかもしれぬな」
それを聞いていた皇帝は意味深に笑みをこぼす。
聞き捨てならないと、すぐにデネブレ公爵が反応する。
「まだ、皇太子殿下は婚約もされていなでしょうに。そう簡単に我が家の嫁ほど素晴らしい子はいませんよ?」
「心配せずとも目星はついている」
「ほう?それは楽しみですね」
緊張感に包まれていたその部屋はいつの間にか穏やかな空気を纏っていた。
「帝国の未来に」
皇帝が持っていたグラスを掲げる。
それに倣って、他の者達も持ち上げた。
「陛下の栄光に」
そう言って互いに目を見合わせると、一等級のシャンパンを口に含むのだった。




