10
「ミミ、一人でいい?」
「いいよ。大丈夫」
「外で待機しておこうか?」
「いいよ」
「だけど──」
こそこそと私とノアは話す。
ノアは心配性で私に何度も確認する。
「大丈夫だって、私にはこれがある。でしょ?」
私はバビィさんのブレスレットと、リニューアルされたノアの魔法玉を見せる。
魔法玉にはノアの加護が込められていて、私を守ってくれる。
「うん…」
「私、口喧嘩が強いわけじゃないけど、これ以上レイナの言葉で傷ついたりしないよ?だってノアがいるから。自信持っていける」
「うん…」
私はノアの心配を全てかき消したい気持ちで言うが、ノアの不安はどうしようもないみたい。
これは打つ手なしだと思った。
──ノア、お父さんになったら心配で、本当に子どもを家から出さなさそう…
前に一度、パパさんに言ってた。
「娘をもつ全ての父親には尊敬しかありません」って。
どう言う意味かって問いただすと、「心配で死にそうだから」って。
気持ちは分かるど、結婚する前から子供の話はなんだかプレッシャーを感じる。
私は男児しか産んじゃいけないのかって、なんだか考えてしまう。
「じゃあ、行ってきます」
「嫌だったら、危険だったらすぐに──」
「呼ぶよ。呼ぶから待ってて」
私がノアの言葉を遮って、強めに言うと、ノアは渋々頷いた。
どうやら、あの潜入捜査と馬車に飛び込んだ件で私の信用はガタ落ちみたい。
私はもう一度、ノアに行ってきますを言って、一つの建物に向かう。
ここはデネブレ公爵家の敷地内。
今向かっているのは、その離れのレイナの部屋。
私は一つの賭けをしに行く。
*
コンコン
私は扉を叩く。
「…はい」
警戒しているレイナの声が返ってきた。
私は緊張気味に扉を開く。
「誰?」
レイナは椅子に座ったまま窓を見つめて尋ねてくる。
心ここにあらず。そんな雰囲気。
部屋はやけに薄暗く、質素に見える。
それなりの家具が揃っているのに、この部屋の空気が闇を生み出しているようにも見えた。
「ミンディ・ウルグスです」
私は一音一音丁寧に発音する。
すると、レイナは勢いよくこちらを振り返った。
その顔はあの可憐で明るいレイナのものだと、一瞬分からなかった。
前にはクマがあって、溌剌とした姿はどこにもなく何かに取り憑かれている。
そんな雰囲気もあった。
「なんでっ…なんで貴方がここにいるの?なんで、誰も貴方を罰さないの?なんで?」
レイナが私に問いかける。
どこか怯えているようにも見えた。
そこまで否定されるのがこわいのか、レイナは手を震わせていた。
「私、何も間違ったこと言ってないのにっ!!」
叫ぶレイナ。
──あぁ、何も反省してないんだ
あの時、私は完全に突き放したはずだった。
過ちを指摘する手さえ差し伸べなかった。
なのに、レイナはそれに気づけないどころか、私を恨むばかり。
──本当、なんで気づけなかったんだろう…
心からそう思った。
私は深呼吸して、背筋を伸ばす。
あの時のレイナみたいだなってちょっと笑いそうになったけど、それよりもやるべきことがある。
「まるで我が儘な子どもみたい」
「え?」
私が言うと、レイナが固まった。
私はレイナの反応なんて気にせず、言葉を次々に口にする。
「だってそうでしょ?皆んなに自分の意見が受け入れられないからって、そんな風に言って、ただ自分が間違ってるって認めたくないだけじゃない」
「そんな事をしても無意味だと思う。自分の望まない状況も、思い通りにならない事もたくさんある。レイナさんはそれを知るべき。知らないと。レイナさん自身が苦しむ事になるよ」
「これ以上、嘘をついても何にもならないよ」
「自分を苦しめるのやめよう?今なら皆んな許してくれるから、ね?」
「もう、いいでしょ?レイナさん」
感情なんて特に入れずに私はつらつらとレイナに言った。
全部、レイナが私に言った言葉。
今のレイナにぴったりの言葉。
あの時、私がどんな気分だったかやっと分かっただろうか。
あの時だけじゃない。
前世のあの腹の底から冷えてくる感じ、心細さ、全部、レイナが私にくれたものだ。
「な…なんで………」
レイナは青ざめた顔で私に呟く。
いつも自信に溢れていたレイナの目は輝きを失っていた。
「言われた言葉、全部お返しするね」
敬語で話す必要性も感じなかった。
レイナは唇を震わせながらこちらを見ている。
さくらんぼ色だったはずの唇は真っ白にも見える。
言葉も出てこないのかもしれない。
こんな態度を取られのは始めなんだと思う。
──だって、いつでもみんなレイナの味方だったんだもんね。
全部が逆転し始めることに耐えられないのだと思う。
「ひどい…」
レイナは涙を浮かべて私に訴えた。
でも、それで心は動かない。
「私も、あの時そう思ったよ」
──半分は呆れていたけど
これは前世の私の思いだ。
「なんでって、ひどいって思ったよ」
一呼吸おいてレイナに問いかける。
「今でも、自分は間違いじゃないって思ってるでしょ?」
そう言うと、レイナの体がびくついた。
本当に何も分かってないんだ。
レイナにとって私は悪ってのが絶対揺るぎない事実なんだ。
それがなんでか分からないけど、それを感じれないほど私も馬鹿じゃない。
「間違ってないのにそんな事を言う私は非道だって。私の気持ちをなんで汲み取ってくれないんだって。私も思ったよ?でも、貴方は最後まで止めなかったよね?」
「私だけじゃない…皆んなそう言ったのにっ…」
「違うよね!」
私はつい叫んでしまった。
そんな言い訳はもう遅い。
「貴方が、自分と同じ人の意見しか聞かなかっただけだよね?都合の良いように解釈して、自分を押し通そうとした。私だけじゃないでしょ?止めた人は他にもいた。貴方は一度でも誰かの意見に耳を傾けた?『でも。でも』って意見を曲げなかったよね?同じ意見の人に頷くばかりで、自分の信じた世界が間違ったって思ったことなんて一度もないでしょ?」
「わ、私は…」
レイナは何かを探している。
言い訳を考えているのか、反省をしているのか、ただ絶望しているのか。
「ミンディさんの…せいよ……」
レイナはそう呟いて顔を上げ、立ち上がった。
「ミンディさんが全部仕組んだのよ!証拠だって全部、ミンディさんがしたの!そうよ!」
どうにかして私を責めたいのか。
本当に何も分かってない。
──ここでどんなに私が関係ないって言っても証拠をあげても、レイナは認めないだろうな…
レイナがそれで一人で追い詰められるのなら問題ない。
でも、今はそんなことなんかじゃあない。
「ねぇ、なんでそんなに私を嫌うの?私が貴方の意見と違うから?それとも、貴方の意見に逆らわない人が私を悪いって言ったから?どれ?」
レイナは顔を険しくさせる。
「逆らわないって……なんでそんな言い方──」
「馬鹿らしいからだよ」
落ち着いて言えた。
さっきよりは感情が落ち着いてきた。
どれだけ本気で訴えても仕方ないって思った。
「貴方のやってることが全部馬鹿らしい。自分を好意的にみてくれる人だけが正しいって思っていることも、そんな人たちを利用して良いように自分の手柄にしちゃうことも。それで貴方をすごいって言ってる周りも、全部馬鹿らしいからだよ」
──それに振り回された私も馬鹿らしい…
私もそうだった。
何も分からず、ただ力になれるのが嬉しくて、自分の手元に残らなくて、レイナの手柄だと思ってた。
「したらどうかな?」そう言うだけで全部が得れたレイナには当たり前のことだったのかもしれない。
自分の言葉で全てが始まる。求めるがままに成果が手に出来ればそれで良い。
周りは勝手にレイナを持て囃すから、全部自動的で自然な流れ。
レイナの人柄に惹かれたから…
そうなる子だから…
それで片付く事じゃない。
傷つく人だっている。
それを忘れちゃダメだ。
「じっ、自分が、自分がそうなれないからって、酷い!ただ嫉妬してるだけじゃない!」
レイナは引き下がらずに私に敵意を見せてくる。
自分が間違ってるなんて認めたくないのだろう。
「ノア様のこともあんな嘘をついて!自分の首を自分で締めてるのよ!」
──同じ事しか言えないのか
そうなればただの無限ループ。
私はため息をついた。
ここでずっと討論していても仕方ない。
呆れながらも、私はレイナに確認する。
「ノアから聞けば納得するの?本当に?自分に有利な事しか認めないのに?」
「っ……」
「もう、ノアから言われたでしょ?」
そう言ったらレイナの体がびくついた。
拒否されたことは理解できたみたい。
「もう良いでしょ?自分の意地を通した結果はもう見たでしょ?ベイリーさんの事、忘れた?」
私がその話題を切り出せば、レイナはハッとして辺りを見回した。
「そうよ。最近、彼女がいない…。貴方がまた何かしたのね!私を孤立させるためにっ!」
レイナはきっと目を釣り上げて私に言った。
わざわざそんな事しない。
するとしたら治療するため。
「ベイリーは亡くなったよ」
私はレイナをじっと見つめながら告げた。
「ベイリーは、もう1ヶ月前に亡くなってるよ。知らなかった?」
「……う、嘘よ」
「そんな嘘つかない」
「な、なんで……」
愕然とするレイナ。
それもそうだと思う。
味方を探す為にしか思い出されない彼女が哀れにも思う。
彼女の忠誠心は本物だったとしたら、こんな無惨なことはない。
ここからが本番だ。
私がお願いした。私から伝えさせてくれって。
前世の私を少しでも慰める為に。
私は顔を上げた。
思ったよりも感情的だった。
「貴方の力は治癒でも、魔力強化でもない。貴方の力は、人のリミッターを外す能力」
「何を言ってるの…?」
「ちゃんと、研究者たちが貴方のことを調べた結果だよ。今回正式に分かったから、報告にきたの」
私はこんなにも冷酷になれるんだ。
自分でもびっくりした。
レイナの表情が固まって幾たびに一歩ずつ進んでいくような気分だった。
「だから、ベイリーの解毒は成功してなかった。そのせいで、限界のきたベイリーは息を引き取った。貴方を守った騎士も、腕が使い物にならなくなった。ねぇ、考えたことなかった?」
レイナはもう怯えていた。
ガクガクと全身を震わせていた。
「なんで自分の思い通りになるんだろうって。自分の欲しいものが集まってくるんだろうって。好意的だと良いなって思ってたことない?みんな協力してくれれば良いって?全ての人に私がよく見えたらって。人の気持ちのリミッターも勝手に外してたら?貴方の行為を最大限に引き出してただけだったら?」
「う、嘘よ…そんな事…」
「じゃあ、あの場で制限魔法をかけたら、貴方の味方が出てこなかったのは何故?」
「あっ…あぁ…」
レイナは声を震わしながら呻き声とも思える声を出した。
「貴方のやった事って何?」
そう畳み掛けるとレイナは崩れ落ちた。
「嘘よぉおおおおおおおおおお!!!!!!」
叫んでそのまま蹲った。
レイナを否定することで、慰めようとしている私も非道だ。
レイナのことを非難できないかもしれない。
でも、そうじゃない。
ずっと否定された私を私だけはもがいていた事を伝えたかった。
少なくともレイナの為に犠牲になった人たちは忘れられちゃダメだ。
人は人を傷つけた事を自覚する必要がある。
きっと私もこの事を忘れない。
レイナを傷つけた言葉を絶対に忘れない。
この気持ちを忘れないから、人はもっと強くなれる。
同じ過ちを繰り返さない為に、踏ん張れるんだ。
「絶対なんて、そうそうないんだよ。自分が間違ってない保証なんてどこにもない。だから、人は考えて悩むんだよ。その先にやっと自分の絶対がある。あぐらをかいてるだけじゃ、ダメなんだよ」
レイナは唇を噛み締める。
思い当たることがあるのだろう、初めて私から目を逸らし、何も言い返してこない。
自分が絶対だと思っている。
それがレイナの一番危ないところだ。
「貴方の能力が公表されれば、今まで通りっていかないと思う」
騙されたと思う民が出てくるかもしれない。
「この世界にいると決めても、向こうの世界に行くとしても、貴方はその力をもう使えなくなる」
これは本当の事。
元の世界に戻るにしてもその人の全ての魔力が必要だ。
命に影響はないものの、魔力は枯渇し、能力は消えてしまう。
ノアが言ったから間違いはない。
「貴方は、これからどうしたい?」
私はレイナに問いかけた。




