5 ノア視点
「──で」
「──…だ」
何か話し声が聞こえた。
でもそれが帝国の言葉ではない。
うっすらとした意識の中で、それがグリード語であるのに気づく。
「お姉様の髪色にそっくりだわ…」
「本当にこの者が?確かに髪色は王族ので間違いないと思いますが…」
「えぇ、目の色が彼だもの。あのお姉様の護衛騎士の彼だわ」
何か相談する声。
「まさか帝国に隠れていたなんて…早くアレを回収しないと…」
女性が焦って言った。
──アレ?
彼らの話は全く見えてこない。
「まさか帝国が握っているという可能性は?」
「そんなわけないでしょっ!だったら既に攻めいられているわよっ!」
ヒステリックな女性の声と、しわがれた年配と思われる男性の声。
「やっとここまで来たってのにまた邪魔をするの?」
「ですが、勘違いの可能性も──」
「なに言ってるの!こんな偶然はあるはずないわっ!」
二人は揉め始めた。
──ここは…
やっと意識がはっきりしてきた。
なんだか長い夢を見ていた気がする。
「んっ…」
目を開けようとして、痛みが頭部に走った。
その痛みで記憶が蘇る。
──そうだ、確か父上の遊びに付き合った後…疲れて空気を吸おうと庭に出て…
その時、誰かに硬いもので頭部を殴打された。
それからの記憶が全くない。
うっすらと目を開けると、自分が縛られているのが見えた。
どうやら柱にくくりつけてあるようだ。
見える室内の装飾は記憶のどこにもないもの。
どことなく異国の香りのするデザインでもあった。
なんとなくだが、彼らに意識を取り戻したことを悟られてはいけない気がして僕はじっとする。
うっすらと見えるものと、聞こえる声で判断するに、僕は誘拐された。
しかもグリード国に。
──っ!凱旋式はっ…
室内に入り込む太陽を見る限り、どう考えても夜は開けている。
正確な時間はわからないが、この時期の陽の高さや角度を考えれば昼は過ぎているのかもしれない。
──どうなったんだ…
僕がいなくても成功しているはずだが、気にかかる。
それに一番気になるのはミンディだ。
──待ってくれと言ったのに…
そんな約束さえも守れないのか。
僕は自分が不甲斐なく思う。
コンコン
しばらくすると、扉を叩く音が聞こえた。
「陛下、大変ですっ!」
女性が返事をすると、すぐに誰かが入って報告をする。
「聖女は既に宮殿にたどり着いております!」
「なんですって?どうなってるのっ!」
女性の金切声のせいで余計に頭が痛い。
「どうやら…スコットレット伯爵が捕らわれた可能性が…」
「計画がバレたって事?」
「はい。一向に連絡が取れず…」
「どうしてくれるのよっ!」
何かが割れる音がした。
「聖女を引き渡す約束よっ!聖女の力が必要なのよっ!20年前も勇者に逃げられたってのに……異世界の力のある人間の血がないと儀式は行えないわ!太陽神の力を復活させないとっ…我が国が滅ぶわっ!瘴気を抑えないとっ」
「陛下、落ち着いてください」
「これで落ちついていられる訳ないでしょっ!」
おそらく内容から、察するにこの金切り声の落ち着きがない女性がグリード国のリリアーヌ女王。
年配の男性もそれなりの権力者であるはずだ。
──計画は止められたか…
そう安心するも、一番の黒幕はグリード国だったようだ。
グリード国では生贄を差し出すことで、太陽神が土地に恵みをもたらす、忌々しい文化とされる『太陽の儀式』がある。
アレは時空を歪ます事で新たな力を得るって話だったが、その先があったようだ。
──つまり、瘴気が溜まりやすいグリード国での瘴気の浄化方法だったわけか…
それは確かに彼らの信じる太陽神の恵みだろう。
様々なピースが繋がっていく。
──彼女から瘴気を感じたのはそういうことか…
昨日、感じ取った。
国に溜まりすぎた瘴気によって人々にも影響が出ているのだろう。
そうなれば、土地も手が付けられないほどになっているはずだ。
国が傾いているのも納得できる。
普通は瘴気に多少あてられても人は自己治癒でそれを浄化できる。
それが出来ないほどグリード国には瘴気が溢れ、制御できない状態だと、容易に想像できる。
だから、異世界の聖女を最も欲したのだ。
「何で何も思い通りに行かないの……お姉様を追い出すだけでよかったのに、勇者まで消えるだなんて……あそこから全てが崩れたっ!何で瘴気がこんなに溜まるのっ…」
「巫女制度を復活させては?」
「巫女は私で十分よ!私以上に権力を持つものなんて必要ないわ!見たでしょ?この国でだって聖女だと言って持て囃されるのを…」
──酷い臆病者だ
歴史でよく見る独裁的な主導者の考え方だ。
欲深いのに臆病で、他者を排除しないと不安に駆られる質なのだろう。
僕も臆病だからそれは理解できる。
でも、僕はその欲を簡単に捨ててしまえる。
人によって大切なものなど様々だが、手放せない彼らを酷く哀れには思う。
「やはり、帝国との親交を復活させるだけでよかったのです。あのスコットレット伯爵の話など信用しては──」
「今更そんなことを言ってどうするのよ!帝国との親交を深めるのだって彼が提案してきたことじゃないっ!貴方も賛同したことよ!」
「えぇ、我々の瘴気によって変異した植物の知識を利益として使ってもらうのは確かに利益的だとは思いましたが…」
──そうか、いきなりスコットレット伯爵が植物を押し出した思ったら、グリード国とのつながりがあったのか…
スコットレット伯爵領でもここ数年瘴気の増え方が異常だった。
それで焦ったスコットレット伯爵が何らかの形でグリード国で同じ植物の存在を知り、彼らの知識を対価に、その利益と帝国の国交回復を約束したという事だろう。
万能薬が出来た時とグリード国が帝国に接触を図ったのと時期が重なる。
そして聖女の存在がそれを大きく変えた。
聖女が現れたと同時に大使館の設置を要求。
聖女に力があると分かれば、遠征や凱旋式で誘拐を画策。
──全てが噛み合わさる。
グリード国は元々閉鎖的な国だった為、知られている情報は少なく、未知の事が多い。
盲点だった。
「陛下っ、どうしましょう…」
情報を伝えに来たものは慌てている。
「…っ」
「ここは一旦帰るべきです。スコットレット伯爵が我々の関与を吐けば終わりです。気付かれぬ内に逃げるのですっ」
「何でこうもうまく行かないのっ……」
そう言って慌てるリリアーヌ女王。
苛立ちが分かる忙しない足音が僕の周りでする。
だが、それが突然、僕の前でぴたりと止まった。
「いや、アレが見つかれば、きっと…まだ方法があるわ」
上から聞こえる声。
「この子を連れて行くわよ。きっとお姉様から接触があるはずだわ。すぐに準備しなさい。私たちは先に脱出するわ」
彼女の声がいきなり自信に満ち溢れる。
──僕の事か?
いや、違う。
僕の格好だ。
瞳と髪の色について話していた。
何か関連があるのかもしれない。
──逃げ出すには…
薄目で魔力を操ろうとしたが、出来なかった。
胸元に目をやるが、魔石がない。
──やられた…
既に回収されている。
もし、ここで抵抗して走り出したとしてもグリード国から来た使節団を相手にするのは無謀すぎる。
──兎に角、魔石を探さなければ…
彼らが持っているかもしれない。
マナを感じ取ろうとしても瘴気が邪魔をする。
──いや、近くにないのか…
これほど自分のマナの行き先が分からないとなれば、既に破棄されているのかもしれない。
──くそっ
そう思っていると、僕の鼻と口に何かが当てられた。
おそらく睡眠作用のある何かだと思う。
だけど、それは僕には効かない。
魔法が使えなくても特殊能力は意思とは関係なく働く。
しばらくすると、袋に入れられた。
そして運び出される。
それでも僕は眠ったふりをする。
現状が分からないとどうしようもない。
戸が閉まる音がすると、僕の周りから人気がなくなる。
そしてすぐに振動が僕の体に伝う。
おそらく僕は馬車に詰め込まれている。
これで検問を突破する気でいるのだろう。
ビリッ
人がいないのを確認して、僕はもぞもぞと動いて、隠していたナイフを取り出す。
彼らはこれには気づいてなかったようだ。
確かに令嬢がこんなもの持ってるなんて想像しないだろう。
それを使って縄を切っていく。
思ったように出来なくて、結構手間取ったが、腕のを何とか切ったら後は簡単だった。
こういう時、手元に魔石がないのは困る。
全員の動きを止めてしまえば簡単なのにと思いながら、僕が入れられている荷馬車の隙間から外を確認する。
──邪魔だな…
カツラを脱ぎ捨てる。
ついでにドレスも脱いだ。
──寒い…
スカートは何だかスースーして気持ち悪いから、ズボンを履いていて良かった。
だが、上半身は何も用意してないから裸だ。この季節に裸は肌寒い。
「商人か…」
隙間から見える範囲で、護衛の服装を見るに異国の商人に扮しているようだ。
荷馬車の中の荷物を見るからに、織物の商人を装っているようだ。
ばさりと、布をとると中には金貨が入っている。
一部の報酬って事だろう。
──ここからどうしようか
逃げ出す方がいいのは明らかだ。
僕が誘拐された事に誰か気づくだろうか。
──いや、検問で見つかるか
普通に考えてから、国境を越える時があるはず、その時に出ればいい。
デネブレ公爵家の紋章のある飾りは幸い残ってるし、証明できるはず。
──どうなっているのだろう…
やっぱり大切な時に僕は彼女のそばに居れない。
ドレスに包まって寒さを凌ぐ。
──もし、さっき出たのが大使館なら…
平均的な馬車の速度で帝都の検問までかかる時間を計算する。
──僕がいないと気づかれるのはいつだろう…
きっとスコットレットが捕まって落ち着かないと、ミンディは目の前の事に精一杯だと思う。
父上も成人した僕にそこまで気を使うこともないし、きっと一晩いないぐらい何とも思わないと思う。
凱旋式でアーノルドが気づいてくれればいいけど、アーノルドは細かい奴ではない。
バーリードゥ侯爵夫人はティア皇女に手一杯だろうし、皇帝が僕の方まで気を使うとも思えない。
フィンは、もしかしたら気づくかもしれないが、慎重な性格だから直ぐに行動するわけない。
──まだまだ時間がかかるかも…
もしかしたら、僕が帰ってくるまで気づかないかもしれない。
嬉しくはない。
しばらくすると、荷馬車が動きを緩め始めた。
──検問所か
着いたかと期待する。
ドレスを体に巻きつけている姿は格好いいとは言えないが、見た目より快適性の方が重要に決まってる。
そうやって人類は進化してきた。
姿勢を正して、見つけてもらうのを待つ。
「…」
でも、何だか様子が変だ。
おかしいなと立ち上がった瞬間に、また荷馬車が動き出す。
立ち上がっていた僕はふらつきその場に倒れた。
馬車が先ほどより明らかに速く進み始めた。
体を起き上がらせて、状況を整理するまで少し時間がかかる。
──まさか、検問所を突破した?
嫌な汗が流れてきた。
ミンディ達が僕の不在に気づくとしたら、遅いと夜会だろう。
だとすれば、国境を越えるまでにかかる時間は──
僕はいつもそうだ。
考えれば考えるほど裏目に出る事は多い。
きっと僕一人がいなくても世界なんてどうにでもなる。
むしろ、いない方が順調に回るんじゃないかと思うことも多い。
このまま気づかれずに連れ去られれば、恐らく僕の命はない。
彼らが重要視していた髪と瞳の色は本当の僕のものじゃないし、彼らには不要な人間だとバレてしまう。
──魔法石がなければ、浄化の力も最大限に出来ない…
浄化の力さえあれば、彼らに媚を売れる可能性はあるが、成果が乏しい。
それにあのリリアーヌ女王はその人物の犠牲によって生まれる成功は望むが、生きる人間の成功は望まないだろう。
──僕が僕だってバレれば、太陽の儀式の生贄として使われる可能性がある
聖女召喚に成功した例がある。
きっとその情報は既に掴んでいるだろう。
──厄介だ…
絶望しかないように感じる。
──結局、彼女の話は聞けなかった…
全てを話してもらえる時を待っていたのに。
それを得る機会を失ってしまった。
彼女が婚約式で笑う姿も見れていない。
──やり残した事ばかりだ…
意外と、僕は今の僕を気に入っていたのかもしれない。
まだ、僕がやりたい事は数多くあって、まだ満足して死ねない。
そう考えると、落胆とともに何かが燃え始めた。
本当にこれでいいのか?
できる事は何もないのか?
一度諦めかけたことを思い返す。
まだ、僕は彼女のように踏ん張ってない。
彼女なら絶対に最後まで踏ん張る。
火に炙られかけても、脱出をしようとする人だ。
──ここで何もしないなんて、後味が悪すぎる
何もしなかったって後悔もどれほど辛いか知ってる。
僕は羽織っていたドレスを脇に置いて考える。
──いや、待て。何故こんな速度で走る
走ると不自然さが目立つ。
彼らは絶対にバレたくないから変装しているのに、わざわざそんな行動を起こすわけがない。
何か非常事態が起こっているのは間違いない。
──一か八か…
幸い荷馬車の入り口は布でできていて飛び出すことはできる。
この速度で走っていたら、僕が飛び出しても彼らは直ぐに対処できない。
不意をつくことはできるが、そこからだ…
──馬を調達できればいいが、落下した時に体が損傷していてはどうにもならない…
残りは馬車を乗っ取るかだが、人に危害を加えるのは避けたい。
──やるか
考えれる方法は一つしかない。
そして立ち上がった。
だが、その時──
「ノアーーーー!!」
僕が待っていた声が聞こえた。
緑の彼女の瞳に似た輝きがあった。




