キャラバン護衛編Ⅺ
死体の山をかき分けて向かって来ていた魔物が姿を現した。
一見、体躯の大きいゴブリンのようにも見えるが、肌の色は人に近く、ぼろ布の服がさらに破けたような物を身につけている。そしてなにより、頭部に大きな角が二本聳え立っている。それが三匹はいる。
「オーガだな」
「おーが? 魔族の?」
魔族のオーガ族のことを真っ先に思い浮かべて質問した。
「違う違う。ややこしいけど、魔族と魔物には同じ名称使ってる種族が結構あるんだよ。オーガもそれな。で、こいつ等は魔物の方のオーガ」
「魔族との違いは?」
「魔族の方がずっと人っぽい姿してる、らしい」
なるほど? まぁ、ロア君も魔族なんてほとんど見たことないだろうし、仕方ないか。
オーガはいずれも、キャラバンの弓隊が放った矢が体に刺さっている。
「五対三だね」
「俺は一人でだーいじょーぶー!」
アマンさんが言う。
「んじゃ、順当に、俺はアイと」
「では私がディティス様と組みますわ」
「アマンさん、無理はしないでね?」
「だいじょぶだいじょぶ。オーガなんて、相手し慣れてるから~」
私が心配して声をかけるが、軽く流された。頼もしい限りだ。
ふらふらと足下が覚束ないオーガが咆哮して三者三様に走り出した。鏃に毒でも塗ってあったのだろうか? 何はともあれ、多少弱っているのなら何とでもなるはず。
「いくよ、ユニエラちゃん!」
「はい、お供いたしますわ!」
私たちは右へ向かうオーガを討ちに、ロア君たちは正面、アマンさんは左へと駆けた。
私たちが眼中に無いかのように、なりふり構わず疾走するオーガを、ユニエラちゃんと二人で追いかける。
「足を止めるよ!」
「承知しました、いつでも!」
私は、盾の片方を腕から外して、水切りの要領で、オーガの足めがけて放り投げた。
横回転しながら飛ぶ盾は、オーガの足にこそ当たらなかったけど、そのすぐ前の地面に突き刺さり、オーガを躓かせた。
前につんのめって倒れたオーガに私たちは追いつく。
すぐに盾を回収して装着し、顔を上げると、ユニエラちゃんが起き上がったオーガと交戦を始めていた。さすがに、攻撃を受ければこちらに注意が向くようだ。
「きゅ、急所の位置が、高いです、わっ!」
オーガの丸太のように太い腕からの攻撃を、ロングソードで器用に去なしながらユニエラちゃんが愚痴る。
オーガの爪は固く鋭く、ユニエラちゃんがその腕を去なした先にあった岩をごりっと削り取っている。
急がなきゃ。急所が高いなら、膝を着かせよう。
オーガの膝の真横から盾の面を使って殴りつけると、曲がってはいけない方向に膝が曲がってうずくまった。
「今!」
「感謝いたします! ――フッ!」
ユニエラちゃんは私にお礼を言うと、この絶好の好機を逃すことなく、トトンとオーガの体を登っていって、一呼吸でその太い首を切り落とした。
いやぁ、思ってた百倍は強いじゃないの、ユニエラちゃん。過小評価し過ぎだわ、私。反省。
「あ~! ディティス様と、初めての共同作業ですわ!」
「あはは、そうだね~」
「あら? そこは気持ち悪いこと言わないでよ、ではありませんの?」
「私、そこまでユニエラちゃんに口汚い!?」
「少し誇張しましたが、概ねこんな感じかと?」
「ゴメン、少し気をつけるね……」
「はぁあ! シュンとしてるディティス様も素敵ですわぁ! ……おっと、そうではなくて、共同作業について、なぜ憤らなかったのかでしたわ」
「え? あぁ、うん。だって、シャルちゃんとは数え切れないくらいもうしてるしね、共同作業」
それに、戦いで共同作業なんて、できなきゃ死ぬし……。
「あー。理解いたしました。もう初めては済ましているからと……」
言い方がちょっと引っかかるけど、まぁ、今はいいや……。
「さて、これを倒すまでに、また何体か魔物が抜けていきましたが、追いかけますか、ディティス様?」
「一旦、ロア君たちと合流しよう。万が一苦戦してたら助けなきゃ」
「わかりました。あのお二人がオーガ一体ごときに苦戦というのは余り想像できませんが、万が一は、あるものですからね……」
「うん、急ごう」
万が一。あの洞窟で出くわしたトラブルは、正にそれだったと言えるだろう。強者があっさり死んだり、手練れの騎士団が蹂躙されたり。魔物が大挙して襲ってきたり……。
万が一がなければ、今頃はここにあの人達がいたかもしれなかった。
私たちはそれが突然、我が身に降りかかるものだと、身をもって知っている。
だから、その万が一をできるだけ潰すために、私たちはロア君達の方へ駆け戻った。




