魔族の国編 ⅩⅦ
「というわけで、新しいパーティーの仲間になります――」
「カマキリ族部族長、メアリー=ブロッサムが長子、シェリー=ブロッサムです。よろしくお願いいたしますわ」
みんなと合流して、見るからにお怒りのクガルーアさんの雷が飛んでくる前に、シェリーちゃんを紹介した。電光石火である。
シェリーちゃんはスカートを摘んで、丁寧な礼をした。
して、クガルーアさんは……。
驚いて目を丸くしてる。おっし、作戦成功だね。
「あ、あと――」
ん? あと? シェリーちゃん、何を?
「私、ディティスちゃんの恋人候補でもあります!」
それ言っちゃうんだ!?
あ、クガルーアさん、白目剥いてるけど、大丈夫かな?
再び貸りた宴会場に移動して、クガルーアさんをシウスさんの膝の上に寝かせること約五分。ハッと飛び起きたクガルーアさんは、開口一番――
「外泊するなら、一度その旨伝えに戻ってこい! 心配したんだぞ、こっちは!」
と、免れたと思っていた雷を落としてきたのだった。
あまりにもごもっともなお叱りに、三人で謝罪すると、シェリーちゃんが、自分が連れ出したのが悪いと、私たちに続いて謝罪した。
「いえ、報告を怠ったコイツラが悪いだけですので、ブロッサム嬢は謝罪することはありません。どうか、顔をお上げください」
と、クガルーアさんは貴族に遇するような態度と言葉遣いで、シェリーちゃんに応じた。
「まぁ、これはご丁寧に、ありがとうございます。――ですが、これからは私も、一冒険者として同行するつもりです。そのような恭しい態度は不要です。そんな身分でもありませんし。どうぞ、心のタイを緩めて、普段通りで構いませんわ。クガルーア第一王子殿下」
「そう、か。……分かった。――では俺も、クガルーアと呼び捨てでも、なんでも、好きに呼んでくれ。遠慮はしないから、シェリーも、遠慮は要らん」
「うふふ。では早速ですが……私、呼び捨ては、家族以外からされるのは好みませんので、あだ名か敬称を付けてくださいな」
「いや、済まなかった。では、シェリーさんと」
「ええ、クガルーアさん」
ちょっと緊張が走った瞬間もあったけど、シェリーちゃんは受け入れてもらえそうで、良かった良かった。
「ディティスちゃんは、いつでも呼び捨てにして下さって構いませんからね! あと、シャルティ先輩とユニエラちゃん、アイちゃんも!」
「気が向いたらね」
「はい!」
「わ、私も!?」
「でだ、ディティスよ」
ホッと一安心と胸を撫で下ろし一段落ついたところで、クガルーアさんからお呼びがかかった。
「なんですか?」
「『というわけで』の『わけ』の部分を、俺は聞いていないんだが?」
「……あ」
怒られたくなかったからと、話を端折りに端折りすぎたんだった。
かくかくしかじかで通じ……ないよね……。そうですよね、知ってます。
「ちゃんと説明してもらおうか?」
「はいぃ……」
と、シェリーちゃんとの出会いと再会、そして昨日のあらましなどなどを、畳と呼ばれる草の床の上に、直接正座して説明したのでした。
全部聞き終わったクガルーアさんは、お茶をぐいっと飲んで、腕を組んだ。
「お前たちの馴れ初め話にも、なかなかに聞き捨てならない部分があったが、今はいい。それよりも、冒険者の編成にルールがあるとは、盲点だった。危うく、足止めを食うところだった。シェリーさんには感謝しなければならないな。ありがとう」
「滅相もないです」
と、私たち周りの話が終わったところで、昨日の成果報告の段になった。
けれど、誰も目的の物を見つけられなかったようだ。
「ナイフくらいのサイズのはあったけどよ、胸ポケットにすっぽり入るとか、そんな小さいのは、こっちじゃ出回ってないみたいだぜ、クガルーアさん」
と、ロア君が言うと、クガルーアさんは頷いた。
「ああ、俺たちも店の者に聞いた。首都くらい大きい街か、開発国まで行った方が確実だろうという話だった」
「儂らの方もじゃ。めぼしい収穫は無かったぞ」
「少し目論見が甘かったな。王国よりも進んでいる街だから、ひょっとしたらと思ったが……」
うーんと意気消沈して、クガルーアさんは俯きしばし考えた。
「やっぱり、ここより大きな街に――それこそ、魔族の国の首都まで行くべきなんだろうな。――シェリーさん」
「はい?」
「こっち側の国の首都はどこにある? ご存じの通り、俺たちは王国から来たもので、こっち側の地理に疎い。ご享受願えないだろうか?」
「その程度のこと、構いませんよ」
こうして、シェリーちゃんの地理の授業が始まる運びとなった。
中央の長テーブルに、シェリーちゃんが地図を広げ、四隅を、湯呑みというティーカップで押さえた。みんなでそれを囲んで注目する。
そして、シェリーちゃんは、地図の中央に指を置いた。
「ここがまず、私たちがいる、ミシルルベニア。虫人族自治区です。ちょうど、魔族領と王国との国境、その約北端に当たります。これより北に村落は無く、オーウー山脈の麓までほぼ森です」
ふむふむと頷く一同に、私も加わっている。
「それで、魔族領の首都ですが、それがここです」
言いながら、ずっと下の方に指を運んだ。
「マジか?」「え、ここって……」
シェリーちゃんが指を置いた場所を見て、クガルーアさんとシウスさんが驚いた顔をした。
私もそこに注視すると、シェリーちゃんの指の下に『ジィ』と見える。まさか?
シェリーちゃんが指を退けると、はっきりと『ジオロジィ』と書いてある。
元々寄るつもりだった図書館の街が、今や魔族領の首都になっていたみたいだ。
「ジオロジィは、もともと、旧統一アルドゥイノ王国の南西大領では、一番大きな街でした。なので、魔族が暫定的な独立を果たした際に、首都として選ばれました。これは古い地図なので、小さい表記ですが、今のジオロジィの大きさは、アルドゥイノ王都、ハディーンと比肩するくらいに広大となっています」
「それほどまでに広いのか?」
「はい。海沿いまで街が拡張されてますので」
「確かに広いなそりゃ。本当にハディーン並みじゃないか」
「陸上、海上貿易も盛んで、他国の新しい物はまず、ここに集積されます。お探しの物も、有るとしたら、ここだと思います」
「なるほどな。もともと歴史書やらの知識が集まる街でもあったし、首都として見ても、うってつけだったって感じか」
「製紙技術や印刷技術の発展、導入後からは、出版物が三倍に増え、書店や図書館の数も爆発的に増大しています。それも町の拡張の要因の一つです」
「本の虫がそれだけ多かったのか。書く虫、読む虫の両方とも……。ま、驚きはしたが、行く場所が一箇所に絞られたのはありがたいな。やはり、現地の人間から情報が貰えるのは大きい。ありがとな、シェリーさん」
「お役に立てて何よりです、クガルーアさん。……ところで、皆さんがお探しの物は、何なのですか? ポケットに入るとかなんとか仰っていましたけど……」
シェリーちゃんが尋ねて来ると、クガルーアさんが怪訝そうな目で、私を見てきた。
「ディティス、そこら辺は話してないのか、お前……」
なぜ私に言うんですかね、この王子様は。
「いや、みんなが見つけるだろうし、別に言うこともないかなって思いまして……」
「聞くだけ聞いておけよ」
「以後、気をつけます」
以後があるかは分からないけどね。
そこで一応、シェリーちゃんにも、ポケットに入る小さいサイズのマイクが売っているところを知らないか、尋ねてみた。
答えは予想通り、知らなかった。なんとなくそんな気はしてたので、ショックはなかった。
「と、なるとだ。できるだけ早くジオロジィに向かいたいな。今日は準備で、明日出発が望ましいが……」
クガルーアさんの提案に、私たちは頷く。
「シェリーさん、ここからジオロジィまで馬車だとどのくらいですか?」
「そうですねぇ……。馬車だけで向かうとなると、速くても一週間と三日というところですかねぇ……」
「一週間ちょいか……」
「ですが――」
ですが?
――あ!
「もしかして、あの魔動車とか言う乗り物かな!? バスみたいな!」
バスの速度を思い出して、テンションが上がった声で、私は尋ねた。
「いえ……違います」
違った! しかも、すごく申し訳なさそうに答えられた。
「そもそも、魔動車は、町の中でしか使えないんです。街道を走らせると、どういう原理か、魔物が寄ってきて返って危ないので、外の移動は、今でももっぱら馬車になりますね」
「そうなんだ。 じゃあ、さっき言いかけた「ですが」って?」
「それはですね、ディティスちゃん。ポータルの設置された村や町に行くんです」
ぽーたる?
その耳慣れない単語に、私たちは一様に首を傾げた。
そんな様子を見て、察してくれたシェリーちゃんがまた説明をしてくれた。
話をシャルちゃんに要約してもらうに、つまるところ、転移魔法陣のことをポータルと呼ぶらしい。魔族領内のいくつかの村や町に設置されていて、それを使えば一瞬でジオロジィに到着するとか。
すごく便利だけど、一方通行らしくて、帰りは普通に馬車移動になるそうだ。
「それで、それはどこにあるんだ!?」
クガルーアさんが、興奮を抑えきれない様子で尋ねる。急にテンション上がったなこの王子。
「一番近いのは、ここから、三日ほど南西に行ったところの村で――」
「よし行こう! すぐ行こう!」
と、クガルーアさんとアレイスターさんは、シェリーちゃんが言い終わるのも待たずに立ち上がった。いや、アレイスターさんまで!?
「転移魔法陣なんて、王国じゃなかなかお目にかかれないからな! テンション上がらない王国出身魔法陣使いはいないぜ!」
聞いてもないテン上げ理由をありがとうございます、アレイスターさん。
シェリーちゃんがまだ何か言いたそうなので、一旦座ってもらえますかね?
私たちは、暴れ馬を宥めるように、二人を落ち着かせて座ってもらった。
「ありがとうございます、ディティスちゃん、みなさん」
私たちは、親指を立てて応えた。
「では改めまして、話を続けます。一般人のポータルの利用には、須らく、お金が必要です。」
「どれくらいかかるんだ?」
「一人当たり、金貨十枚です」
「結構するなぁ……払えなくはないが……だが、本丸を見つけられていない段階で散財するのもなぁ……」
そうだよね。マイクがいくらで売っているかも分からないしね。
「これから稼ぐっていうのも……」
そうだね。冒険者の仕事でこれから稼ぐとしても、一人あたり金貨十枚は、結構な大口依頼でも受けないと、すぐには稼げないだろうし、それくらいの大口な仕事となると、それ相応に難しいか、拘束時間が長いかだろうし。
それこそ、ジオロジィまでの馬車の護衛依頼とか、稼ぐまでに目的地に着いちゃうかもしれないし……。
――あ。
もうこれで良いんじゃないの?
「クガルーアさん」
「なんだ?」
「普通に、ジオロジィまでの馬車の護衛依頼を受ければ良いんじゃないですか?」
「お前なぁ。ポータル使って移動時間を短縮させたいが、身銭をここで切るべきかって趣旨の議論をしてるのに、それじゃあ、下手したら普通に移動するより時間かかるじゃないか」
「あ、そうだった」
でもさ。お金を今、貯蓄から出したくないなら、結局、働くしかないんじゃないの? と、労働者階級の私は思うわけですよ、クガルーアさん。
問題は、喫緊で必要な、一人あたり金貨十枚なんていう大金を、そんなに簡単に稼げるようなボロい商売など、この世にはそうそう転がって無いという現実なわけだけど……。
「あ! 閃きました! では、こういう手はいかがでしょうか?」
私たちが雁首揃えてウンウン唸っていると、何やら閃いたらしいシェリーちゃんが可愛い声を上げ、みんなで注目した。
説明されたその方法は、時間も取られ過ぎず、ポータルも使える可能性があり、なおかつ、私たちの連携の訓練にもなる、一石三鳥とも言える素晴らしい提案だった。私たちはほぼ同時に、異口同音に「それだ!」と手を叩いた。
これは、地元民であるシェリーちゃんがいなかったら、思い付きもしなかっただろうなと、私は思った。
やっぱり、持つべきものは、地元民の友達だね!
「恋人候補! ですよ、ディティスちゃん!」
「あ、うん……。そう、だね。ゴメンね」
顔を読まれて、しっかりと釘を刺されました……。この顔め!
「正直者で、とても可愛い顔ですよ! ディティスちゃん!」
そのセリフに、左右の恋人からうんうんと頷かれた私なのでした。
みんなが好きなら、別にいいか、な?




