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「弟子にしてくれ!」
とりあえず、遅めの昼食を摂ろうとジルに促され建物を出ようとした時、ハガネはクリスへそう懇願してきた。
(こういうことかぁぁあ!)
土下座しそうな勢いのハガネを見て、クリスは溜め息を吐き出した。
ジルが本当に楽しそうに笑ったので、蹴りを入れようか迷って結局クリスはジルを軽く蹴った。
***
建物近くのファミレスに入って、とりあえずいったん落ち着いて話をしようということになった。
案内されたボックス席。ハガネとジルが並んで座り、ハガネの前にクリスが座った。
料理を注文して、待っている間にクリスは口を開いた。
「そういうのいらないから」
そう前置きして、向かいに座っているハガネにクリスは続けた。
「俺はいつまでここにいられるかわからない。
お前の面倒を見るのは、そう頼まれたからだ。
弟子って言うのは、ようはお前は俺からいろいろ習いたいし学びたいってことだろ。
一応聞いておくが、お前金とか持ってんの?」
ここで二十年前にアキラ達としたやり取りが活かせようとは考えていなかった。
人生は何が起きるのかわからないとはよく言うが、人生において経験してきたことにも無駄なことはなにもないのだと実感する。
クリスもかつて似たような申し出をアキラ達にして、じゃあ仕事を手伝えと交換条件を提示された。
そして、色々叩き込まれたのだ。
ここで仕事を手伝えとか、家事をやれとか提示するのは簡単だ。
そして、その条件ならおそらくこの少年の勢いからするに了承してしまうのは確実だ。
なら、相手の足下を見ればいいのだ。
この場合は、相手の弱味ーー痛いところをついて諦めさせるのが目的である。
案の定、黙ってしまったハガネに、今度は諭すように言い含める。
「持ってないだろ? 良いか? 世の中タダじゃないんだ。
生きていくただそれだけで金がかかるんだよ。
それに、お前には妹もいるし、なにより自分がどんな存在か自覚することだ」
魔道兵は然るべき施設で、管理されるべき存在だ。
研究対象として観察する分にはいいが、それと教育を施すというのは全くの別物だ。
「こう言っちゃなんだが、お前は兵器なんだ。
それも自我のある兵器。
それをさらに強くするために無償ってのは、あまりにも都合が良すぎるだろ。
仮に、お前を弟子にしました、生徒にしました、じゃあお前が暴走したとして、その時、俺が教えた技術で誰かを傷つけた時に、その責任を負うのは誰だと思う?」
「それは」
「良いか? お前は子供だ。
だから大人の保護下に入らないといけない。
それが今までの実験施設から俺に変わるだけだ」
そこでジルが口を挟んできた。
「なんなら、それも含めて教えれば良いじゃない。
何が危ないのかとかさ。せめて魔法の基礎だけでもね。
お金の稼ぎ方なら、この子の場合ぴったりの仕事を知ってるし」
ジルの言葉にハガネの顔が明るくなる。
子犬のようだ。
「歳の近い友達もいないからねー。
定期的にとある場所でアルバイトして、そのお金でクリス君がここにいる間だけでも授業をしてあげれば良いじゃない」
簡単に言うが、基本休みなしで働いているのだ。
カリキュラムでも作れと言うのだろうか?
「アルバイトに関しては面接に受からないとだけど、まぁハガネ君なら大丈夫だと思うよ」
施設で読み書きくらいは教えてもらっていたようだが、この中央大陸に無学の子供を働かせてくれる場所などすぐに見つかるものだろうか?
と、なると、飲食店での皿洗いとかのバイトだろうか?
疑問はあるが、その方向で話が纏まりそうだ。
それに、ぐずぐず言った所でさらに面倒が増えるだけである。
かつての自分も、働くという条件のもと色々教わったのも事実だ。
それに、どうせ少しの間の関係だ。
そう割りきってクリスも納得した。
そこで、タイミングよく料理が運ばれてきた。
昼食を済ませると、ハガネの衣服など生活に必要なものを買いにいき、帰宅した。
すっかり日も暮れていたので、すぐに仕度に取りかかる。
ちなみに、軽トラに乗せて放置していた畑泥棒達は、どうやら昼のうちにリューが小屋にきて、本来ならハガネの仕事である罠の点検を済ませると役所に連行していったようで、軽トラは空になっていた。
そのメモも残っていた。メモによるとまた夜に来るという旨が記されていた。
リューは、どうやらハガネを受け入れることには賛成しているらしい。
歓迎パーティをするから、町のスーパーでオードブルと刺身、あとピザやジュースを買ってくることが書いてあった。
「ハガネ」
「は、はい!」
「お前、食えないもんとかアレルギーとかあったりするか?」
念のため確認すれば無いとのこと。
これなら式を飛ばさなくて良さそうだ。
「あ、あの、怒って、ますか?」
昨日と昼間の砕けた口調が消えて、丁寧なものになっている。
「なんで?」
「その、俺も、先生の事情を知らずに色々図々しかったかな、と」
そして、どうやらクリスのことを先生呼びすることに決めたらしい。
面倒なので、いちいちクリスは突っ込まず流して、返した。
「怒っちゃいないさ。
ただ、俺もいつまでここにいられるかわからないから、安請け合いはしたくなかっただけだ」
結局、安請け合いになってしまったことには苦笑しか出てこない。
ハガネにわざわざ言うことでもないが、正直彼の面倒を見るというのはリスクしかない。
観察対象としての興味もあったが、ただ彼がジルの提案で自分で金を稼いで師事してくるのなら、断る理由はリスクを除けば無かった。
ハガネは成功例の一つだろうと推測される。
なら、施設の人間が連れ戻しにくることも考えられる。
そして、兵器の暴走について考えた時、正直なところ手に余る気がしたのだ。
万が一、ハガネが不具合を起こして、今世話になっている集落の者達に危害を加えようとしたら、その時は一番近くにいるクリスがハガネを退治しなければならなくなる。
考えすぎなのかもしれないが、リスクヘッジするにはあらゆる可能性について考える必要がある。
熊や魔物とは違う。
人を殺す武器を、術式を作ってきた。でも開発したそれで実際人を殺したことはクリスには無かった。
熊や魔物とは違う、自分が面倒をみた子供をいざというとき処分する自信が無かった。
出来ることなら、この子供を処分することが無いよう願うしかない。
そして、クリス自身に起きたことも早く解決したいところであった。
とりあえず、コンソメの元があったのでトマトとキャベツ、あとは溶き卵を入れてスープを作ることにする。
キャベツをざく切りにしながら続ける。
「俺にはもう家族はいないし、基本失うものって言ったら命くらいだ。
でも、現状ここで世話になってるから、お前を預かっている間にお前が面倒を起こしたら俺の責任になるって話はしたよな?
別に責任だけならいくらでもとってやる。
でも世の中には責任を取ったところで解決しないこともあるんだよ。
で、お前はそれを引き起こしかねない。
お前、自分で言ったよな?
施設の人間を壊したって」
鍋に水と切った具材をいれて煮ていく。
「妹のため、自分のため、それはきっと正しいことなんだろうけど。
何も事情を知らない人間からみたら、それはただの無差別の殺戮でしかない。
自分がどんな存在か自覚しろってのは、そういうことだ。
お前は、簡単に人を壊せる。
殺せる存在ってことを、ちゃんと自覚しておけよ。
説教臭くて悪いな」
最後には笑って、クリスはスープ作りを続行した。
その背中に、ハガネは言葉を投げた。
「先生は、俺のことが怖いですか?」
「お前がっていうよりは、この歳になってくると転ばぬ先の杖を重要視してくるんだ。
子供の頃は新しいことに挑戦することに躊躇いは無かった。
もう少し俺が若ければ、未来ある若者に喜んで色々教えたかもな。
お前、師事する相手を間違えたな」
やはり、クリスは苦笑した。




