18
ハガネの視界が一回転して、照明器具が見えた。
同時に背中に衝撃を受ける。
痛みはない。
だが、何が起きたのかわからずしばらくぼうっとハガネは照明器具と天井を見つめていた。
「は?」
わけがわからない、とばかにハガネからそんな呟きが漏れた。
「あ、やっべ」
赤いツナギを来た初老の男が、そんな事を呟いた。
ジルという女のような美しさを持つ男によって連れてこられた、建物。
その建物は、片道一時間かかる町よりもさらに遠い、都会の中に立っていた。
最初は施設に居たときのように色々検査された。
そのあと、渡されたトレーニングウェアに着替えて案内された先で待っていたクリスと手合わせをしてみろと言われた。
それにはクリスが難色を示した。
あれだけの魔法の使い手であるがゆえに、学者向きなのだろう。
本人も、元研究職と言っていた。
だからだろう、こういった体を動かすことは苦手なようだった。
魔法を使って良いからと説得され、クリスはハガネの前へ立った。
それは、とても隙だらけの立ち姿で。
そうして始まった手合わせであったが、決着は早かった。
「???」
何が起きたのか、まるで理解できていないハガネをクリスは心配そうに覗きこむ。
「頭打ったか?」
目をパチクリして、ハガネは覗きこんできたクリスを見る。
「いや、え?」
「ん?」
「頭は、打ってない」
「そっか、よかったよかった」
ほら、とクリスは手を差し出してくる。
それをつかんで立ち上がる。
(いま、何をされた?)
「あ、不思議がってる」
ハガネの疑問を読み取って、ジルが楽しそうに言う。
「なんか気になるのか?」
クリスがジルの言葉を受けて、疑問を抱いているハガネを見た。
「いま、あんたは何をした?」
「そんな真剣に訊かれても、特別なことはしてないぞ」
クリスの言葉をジルが引き継ぐ。
「そーだよ。ただ君より早く動いただけだよ」
(早くうごいただけって)
一般的に自分のような者のことを魔道兵というらしいが、そんな人ならざる存在に改造されてしまったハガネ。
そんな彼より、魔法を使ったとは言えそれ以上に早く動けるなどあり得るのだろうか?
何故なら、施設にいたハガネ達を管理をしていた者達もそれなりに強かった。
それこそ、一般人やあまり体を動かさない人間からすれば化け物並みと言っては過言ではなかっただろう。
しかし、ハガネより弱かった。
クリスは、そのハガネを簡単に負かせてしまったのだ。
驚きと戸惑いで言葉を失っているハガネを他所に、ジルはクリスへ訊ねた。
「クリス君さ、ひょっとしてアキラくんかコウくんと知り合いだったりする?
動きがすごく似てるんだけど」
あからさまにクリスの体がびくついた。
心なしか顔も青ざめていく。
「昔、ちょっとな」
顔色を見るにちょっと所ではないことがあったのだろう。
それもそのはずで、荒れていた頃のクリスとリューの鼻っ柱を叩きおり、クリスのことは支所でこきつかった張本人達である。
その濃き使われていた間に、一度でいいから鼻をあかそうと二人に何度も喧嘩を仕掛けるたびに返り討ちにあっていた。
とうとう負かすことなく就職が決まって、それ以来会っていない。
クリスの今使っている喧嘩技は、アキラとコウ、当時の自分とそう歳が変わらない二人が使っていたものだ。ジルがいったように相手より早く動いているだけである。
先手必勝、加えていろいろ叩き込まれたのだ。
まさかそれで畑泥棒の相手をすることになろうとは、当時は欠片も思わなかった。
「えっと、その、アキラさん達は元気、なので?」
「アキラくんは今は役所辞めちゃったんだけど元気だよ。
子供も三人いるし」
「そう、か」
久し振りにあってみたいものだ。
基本はいい人達であったし。
「あの人、結婚したのか」
特別に驚くことでもないが、少し意外だった。
しかし、
「仕事、辞めたのか」
クリスの知る限り、アキラという人物は仕事中毒であった。
だから、てっきり定年まで役所にいると思っていたのだ。
と言うことは、今は別の仕事をしているのだろう。
あるいは、パートナーの方が稼いでいてアキラが主夫をしているのか。
どちらかなのだろう。
「上の子達は今二十歳くらいだったかな」
「うわぁ、そんなデカイ子がいるのか」
時が過ぎるのは早いなと感じずにはいられない。
と言うことは、逆算するとクリスに出会った前後に結婚したのか、していたということだ。
そんな会話を、ハガネは見ていた。
その瞳には、ハガネが知るよしもないことだったが、若い頃、かつてのクリスがアキラとコウという名前の人物に対して向けていた羨望の色が浮かんでいた。




