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ひとまず、話は纏まったので山奥に調査に行くと言うジルを見送る。
調査のための手続きは終えているらしい。
そもそも、クリスは元専門職というだけだ。
さすがに現場に同行ということには、当たり前だがならなかった。
そのことに安心しつつ、腕時計で時間を確認すればすでに正午であった。
ジルと話をしている間にも、いつも通りの獲物が捕らえられていた。
今回は食うに困った冒険者に加え、相変わらずレア魔物を倒して名を上げようと畑と山を荒らし回ったであろう冒険者。
罠にかかりながらも、品種改良して大きさと味が格段によくなったトマトを貪る、大きさは人間の大人くらいの小竜。
とりあえず、子供の竜に関しては猟友会に連絡して引き取ってもらうことにする。
慣れと言うのは恐ろしいもので、淡々とギャーギャーわーわー騒ぐ冒険者達全員の声を魔法でシャットアウトする。
その後にまとめて大型トラックに転移させる。
ここまで作業をすでに流れるように出来てしまうのだ。
子供の竜はトマトを貪って満足したのか、網の中でスヤスヤと寝始める。
(大物になるな、このドラゴン)
子竜が引き渡された後どうなるのかは、クリスは正直よく知らない。
ただ、この辺に生息している竜は今のところ人を食べたことがないらしい。
むしろ警戒心が強いのか臆病なのかわからないが、ヒトがくると逃げ出すことが多いとのこと。
ヒトが食べられたということは無いが、威嚇してきたヒトに怪我をさせる、最悪死亡させるという事故は多発しているようだ。
残る被害と呼べるのは作物を食い荒らすのと、道路や走行中の車に特大の糞を落とすことくらいである。
ニュースなどで取り沙汰される射殺ーー殺処分はほんの一例でしかない。
猟友会は、面白がって生き物を殺しているわけではないし冒険者のように必要以上を狩っているわけでもない。
必要以上には殺さない。
あくまで人間基準になってしまうが、自然との共存をはかる組織なのだ。
その証拠に、山に追い返せるものは威嚇射撃や爆竹で追い返す。
危険だからと殺しすぎると、自然のバランスが崩れてしまうからだ。
クリスの場合は、罠のなかで弱って死んでしまったとかいう場合を除いて勝手に処理できない。
なので、熊でも魔物でも生け捕りにした場合は猟友会に連絡して来てもらうという方法をとっていた。
さて、冒険者達の方だが基本は身動き出来ないよう魔法をかけてある。
あまりどぎつい魔法を使うと、市役所から怒られるためだ。
農作業や、こういった非常識な冒険者などを捕まえるための魔法の使用許可については、予めリューによって市役所から許しを得ている。
とりあえず、昼食を摂ってから不法侵入兼畑泥棒の冒険者を引き渡しに行くことにする。
山道でしっかりと舗装されている場所は、二車線になっている。
それ以外の砂利道だと基本は一車線である。
小屋から舗装されている道まで出るには、一車線の道を通らなければならない。
それでも小屋からの道は、大型トラック一台分なら余裕で通れる。
しかし、稀に対向車がやって来るときがある。
普通の軽トラ同士でもすれ違うことが、少々難しい。
こういう場合どうするのか?
少し広くなっている場所か、分かれ道がある場所までどちらかが譲歩し、空気を読んで戻るのである。
もちろん、Uターンはできない。
なので、バック走行するのである。
慣れている者なら距離と場所にもよるが、時速十から四十キロくらいでバックする。バックですれ違うことができるところまで戻り、相手のために道を開けるのだ。
田んぼではわりとよく見られる光景である。
たまにUターンするのがめんどくさくてバック走行で爆走する、高レベルドライバーがいる。
クリスは何度かそういった軽トラを見たことがある。
見るたびに田んぼに後ろから落ちるのではないかと他人事ながら冷や冷やする。
何を隠そうクリスは、このバック走行が普通の車でも苦手であった。
なので、大きな道に出るまで妙な緊張感があるのだ。
幸いにして、今日も対向車がくることはなく無事に道路へ出ることが出来た。
子竜は3時くらいに猟友会の人が引き取りに来てくれるので、巨大な篭に入れて置いたままにしてある。
いつものように、術式を解除して持っていってくれるはずだ。
もう通い慣れてしまった道を進み、すでに顔を覚えられているので役所の職員とのやりとりも滞りなく終わらせると、また一時間かけてもどる。
午後のこの時間はラジオドラマがやっていることを知ってから、BGMがわりによく聞いている。
今日は漫画原作のドラマだった。
それが終わるとニュースにコマーシャル、そして道路情報が流れる。
それを聞きながら、小屋への脇道へ入ろうとウィンカーを出した時だ。
「?」
速度を落としつつあったクリスの運転するトラックの前に、通せんぼをするかのように人が出てきた。
慌てて急ブレーキを踏む。
なんとか轢かずにすんだ。
そのことに胸を撫で下ろして、文句の一つでも言ってやろうとその人物を見た。
それは子供だった。ノエルやファルより年下のように見える。
十代半ばくらいの、赤黒い簡素な服装をきた少年であった。
よく見れば、服だけでなく全体的に赤黒い。
少年とクリスの視線が交差する。
少年の口が動いた。
「妹はどこだ?」
少年はそう言ったのだが、五月蝿いエンジン音によってかき消されてクリスには聞こえていなかった。
バック走行のちゃんとした名称がわかりません。意味、通じるといいのですが。
(T-T)




