8
記憶が塗りつぶされる。
白く、黒く、塗りつぶされる。
守りたかったものがあった。
誰よりも幸せに笑ってほしいと願った存在がいた。
その記憶も、感情も。
全てが消える。消える。消える。
何もかもが、消える。消える。消える。
嫌だと思った。
忘れたくないと、そう思った。
だから、だから、だから。
だから――――。
眩しくて、開けた目を閉じる。
両脇には、二人、白づくめの人がいた。
日本足で立って、他種族と言葉で意志疎通できるのは全部ヒトだとわかっていた。
すぐに、いままでの記録が自分の中に溢れる。
今の自分ではなく、前の自分がどう生き、何を考えていたのか。
記憶ではなく、記録が溢れてくる。
彼は、それを受けとる。
そして、決める。
会いに行こうと、決める。
そして、今度こそは守ろうと決める。
彼はそれを託された。
だから、決める。
自分の手をどんなに汚してもいい。
自分がどれだけ穢れてもいい。
前の自分に無かったそれ。
勇気とも度胸とも覚悟ともいえる、それ。
それを、手に入れた。
そして、強さも手に入れた。
どうすれば良いのか。
この手に入れた力を使うにはどうすればいいのか、全てを瞬時に理解する。
理解出来てしまう。
前とはちがう。
弱くて、何も出来ない、いまや他人となってしまった過去の自分とは、もうちがう。
自分は彼ではない。
でも、それでも。
「まもるんだ」
そうして、その場が赤黒く染まるのは一瞬だった。
***
「それだけを聞きにきたのか?」
再び封印布の中へ、魔道兵の部品が仕舞われる。
それを見ながらクリスは訊ねた。
「いいや。意見を聞きたかったんだ」
ジルは首を横に振って、続けた。
「今のところ、この魔道兵は殺すことができない。
大きめの封印術式の中にまとめていれて管理するくらいしかできない。
これだとコストばっかりかかって赤字なんだ。
君だったら、どうする?」
「データが少なすぎる」
即答する。
これでは答えが出せない。
「質問を変えよう。
君が研究していた殺戮術式だと、殺処分できると思う?」
クリスは黙る。
そして、何かを見通すようにジルを見る。
「ちっ」
しかし、すぐに舌打ちをした。
「僕に魔眼の解析はきかないよ」
ニコニコと、ジルが言う。
「それだけの力があるなら、俺みたいなしがない元研究職を頼るより他にも当てがあっただろ」
「こっちにも色々事情があるんだ。
なにしろ、不本意な二つ名だけが独り歩きして、気づけば嫌われててさ」
あっはっはっは、とジルは笑ってみせた。
捜査局の悪魔と彼が呼ばれるのには、それなりの実績があるのだ。
彼と関わった人間は多かれ少なかれ、死ぬ。
なんて噂がある。
(まぁ、俺は死んだところでどうと言うこともないけど)
出来るなら、墓参りの後に死にたいものだ。
それ以外には、己でも不思議なほどこの世に未練はない。
離婚したので家族はいないし、両親はすでに死んでいる。
実家すらないのだ。
天涯孤独といっても良いだろう。
死んだらリューが適当に共同墓地にでも埋葬してくれるとおもう。
心残りは、子供たちの墓くらいだ。
といっても、永年供養の手続きは済ませてある。
管理は神官達がしてくれるだろう。
「もちろん、これは仕事の話だ。
言い忘れてたけど、情報によってはちゃんとその分のお金は払うよ」
ジルのことを信じるか否か、クリスは少し考える。
リューの知り合いであるなら、最低限は信用できる。
しかし、大人の世界ーー社会は厳しい。
いつどこで掌返しがあるかわからない。
「いや、金はいい。
その代わり、国のことが知りたい」
色々考えた末に、クリスはそう言った。




