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ジルが取り出したのは、封印術式がびっしりと刻まれている布に包まれている物だった。
形は大きい花瓶や、人の頭がすっぽりと入りそうな筥である。
その布を取ると、筥にも封印術式が施されていた。
ミミズがのたくったような黒い絵にも模様にも見えるそれは、かなり強力な部類に入る術式である。
これと同じものをクリスは少し前まで職場でよく見ていた。
筥の蓋を開ける前に、ジルが筥の周囲にドーム型の簡易結界を張る。
さらに特殊な加工をした手袋を嵌めて、ジルは蓋を開けた。
筥の中には、目玉が一つ、手首から上ーー切断された右手が一つ入っていた。
結界から出さないように気を付けながら、ジルは目玉をクリスに見せてくる。
目玉の中心には小さく魔方陣が浮かんでいた。
「魔眼か」
すぐにそれがなんであるかクリスは悟る。
「人体実験か?」
確認のために訊けば、ジルは頷いた。
「話が早くて助かるよ。
そう、おそらく畑がこの山の奥にある」
言いながら、リューの私有地である山の方を向く。
そこは壁で外は見えない。
しかし、壁の外にはリューの所有する山がある。
さらに奥には別の人の私有地があり、その山には人体実験を行っている畑があるのだとジルは言う。
魔眼を筥の中に戻して、今度は切断されている右手首を同じように見せてくる。
それには、呪術式の入れ墨が彫ってあった。
数百年前の記録にあるところの、魔道兵に組み込まれていたものに似ている。
今では、魔法の歴史研究で研究されている術式だ。
どちらも、人間を兵器にするためのものだ。
「君は、さすがに顔色を変えないか」
「俺が相手してたのは死体だしな」
引き取り手のいない死刑囚の死体とか、身元がわからない遺体でさらに様々な理由で処理に困った遺体に術式を施し実験や研究をしていた。
この方法だと、別ルートで遺体を処理できるからだ。
正直、魔眼を見るのは初めてではない。
魔眼の機能も組み込まれている術式でかわる。
相手の性質を見抜くものだったり、それこそ透視能力を持たせたものであったり、様々である。
しかし、魔眼を含め魔道兵の本質は兵器であるということだ。
どれだけの種族をより多く殺すことが出来るのか?
どれだけの種族を捩じ伏せて屈伏させることができるのか?
とにかく、強く強靭で従順な、死の恐怖を感じずむしろ死なない壊れない兵器であることが求められる。
この目も、右手もそれこそ部品でしかない。
死なない壊れない兵器を作り、そこに他の遺体から摘出し魔法で加工したパーツを組み合わせる研究も、クリスはしていた。
仕事だったのでさせられていた、が正しいだろうか。
もちろん、それ以外の外道と言われる仕事もしていたが。
人間の死体パズルをさせられていたのだ。
切断された右手も、ジルは筥の中に戻す。
筥のなかをクリスは覗きこむ。
クリスが行っていた仕事と、このサンプルの違いは生きているかどうかだろう。
クリスの相手は本人が言うように、すでに死亡した検体が相手だった。
しかし、
「これ、生きてるのか?」
自身の目に魔力を集中させ、簡易的な魔眼機能を持たせて分析すると今筥の中にあるこの二つの検体は、まだ『生きている』状態だった。
これは、本来ならありえない。
生きている人間で研究、実験をして成功していると言うことなのだから。
何故、あり得ないのか?
それは、何故死体を使うのかという話にもつながる。
生きている人間を使った実験は、極めて成功例が少ないのだ。
まだ生まれて間もない、自我のない赤ん坊ならともかく自我のある人間を対象にしたこの実験は非常に難しい。
術式を刻まれ、その魔法を発動した場合脳が、体が拒否反応を起こして内臓から溶けて死んでしまうのだ。
おそらく、自我やそれまでの記憶などが関係しているのだろうとは考えられているが、現代で実際にやる馬鹿はいない。
一説では国が亡んだとも伝えられる禁呪である。
クリスが所属していた国も、研究施設の上層部もそこを理解していたのだろう。
だから、死体をつかっていたのだ。
記憶はともかく自我はないのだから。
これに関して、クリスは数百年前の実験の失敗はひょっとしたら魂に原因があるのではないかとも考えていたが、研究論文を発表したところで握りつぶされるか干されるしかないので考えるだけでやめておいた。
仕事以外で道を外れたくはなかった。
クリスの、生きているのかという疑問にジルは頷く。
「見ての通りだ。
サンプルとして持ってきたこれ以外にも、約数十体の魔道兵を捜査局は捕らえた」
「数十?!」
嘘だろ、と言いたくなった。
それだけの生きた成功例を作り出しているということだ。
「あ、やっと驚いた」
そこじゃない。
「成功させる技術がある、ってことだろ」
「そういうこと。
捜査局でもまおーー役所でも把握できていない技術が開発された可能性がある。
公にはなってないけど、昔、神の欠片を母親の中で死んだ赤ちゃんに入れて実験して成功した例もある。
けど、やっぱりこういうことをするには死が必要最低限の条件になる。
でも見てもらった通りこの魔眼と右手は生きている」
「それを、畑ごと潰すのがお前の仕事か」
「もしくは、臭いものに結界をするのが僕の今回の仕事かな。
君が保護した子供は、その畑で作られた可能性がある。
ただ、わからないのはせっかく作った成功例を、何故、外に出しているのか?」
「二十年前」
「ん?」
「同じ場所で、二十年前に人間狩りっていう悪趣味な遊びをしていたのが発覚した事件があったらしいんだ。
それとは関係ないのか?」
「それについては僕も調べた。
関係性は薄いかな。
その事件は頭のネジが外れた一部の上流階級の人間が起こしたものだし。
主犯たちは捕まってすでに死刑が執行されてこの世にいない。
主犯たちの家族は、事件が起こった直後、主犯達と縁を切っている。これは裏も取れてる」
「そうか。少なくとも魔王軍はでばってない、と」
「あ、なるほど。よく考えればそうか。君もこっちがわの人間なのか」
「学生時代に役所の手伝いをしてただけだ。つっても支所だったけどな」
「そのまま就職すれば良かったのに」
確かに、そうすればきっと今みたいに手を汚すような仕事をすることはなかっただろう。
「色々経験してみたくなったんだよ」
クリスは学生時代、荒れに荒れまくった。
その時に同い年くらいの役所の職員に負けて、その職員の仕事を手伝わされたのだ。
あの少年ほど強い者に、クリスは今のところあったことはない。
黒歴史をわざわざ話す趣味はないので、とりあえずそれだけ言うと、ジルもそこまで他人の過去に興味はないのか追求してこなかった。
アルバイトであったからか、支所をやめるとき機密情報の漏洩をふせぐ封印処理を記憶にされただけで、大変だけれど楽しかった思いではちゃんと残っている。
「君が保護した子供にあった枷だけど、あれは居場所を探知する魔法がかけてあった。それも、今どき珍しい刻印術式で」
現代、科学技術と魔道技術が進歩して本来なら魔法が使えない一般人でも普通に魔法が発動できる。
これには安全性を優先させた結果、販売されている携帯端末でしか発動できない上、購入時にいろいろ制約がかせられる。
何よりも現代の魔法は偉い存在によって管理させられていて、時間はかかるものの調べれば、誰がどこでどんな魔法をいつ発動させたのか全てわかってしまうのだ。
しかし、アナログの方法ではこの管理から外れるために調べることができない。
クリス達が保護したあの子供に嵌められていた鎖と枷には、アナログの技術が使われいたということである。
「気づいてたんだろう?
僕が昨夜警察で確認したとき、そこに上書きで他の魔法がかかってた。
あれ君だろ?」
「けっこう自信あったのに。
よくわかったな」
「僕だから気づいたってのもあるかな。
術式の隙間に別の術式が縫い込んであった。
普通なら気づかれないよ」
そうは言われても自信を無くしてしまう。
「あれ、記録魔法だろ。一昔前に痴漢冤罪防止で流行ったやつ」
今でこそ、性能のいいアプリ魔法で同じものがあるが、それのアナログ版である。
「警察に今回の黒幕が取り戻しに行くと思ったの?」
「少なくとも、あの子供の情報を得るために警察に行くんじゃないかな程度の考えだったけどな」
「それでもしも確実な証拠映像が録れたらどうするつもりだった?」
「匿名で、捜査局に届けるつもりだった」
悪びれずに、クリスはそう言って肩をすくめた。
思ったより早く書きあがったので更新してみました。




