(株)幽玄堂出版社の副業DAYS
俺の名前は矢木剛斗。
甲子園を目指してがむしゃらに白球を追いかけてきた、どこにでもいる普通の高校3年生だ。
……いや、「球児だった」と過去形で言うべきか。
鳴り物入りで進学したわけでもない中堅校で、3番ショートの座を掴み取り、最後の夏は奇跡的に県大会の決勝まで勝ち進んだ。だが、あと一歩のところで甲子園の切符には届かなかった。
燃え尽き症候群になるヒマすらない。引退した途端、待っていたのは「高校生活もあと数ヶ月」という現実だ。進学組が受験勉強に追われる中、俺の進路は家業を継ぐ事にすっかり決まっている。残りの高校生活、どうせなら今しかできない「高校生らしい青春」ってヤツを存分に謳歌したい。遊ぶための小遣いをガッツリ稼ごうと、俺はアルバイトに応募したんだ。
それなのに――なんで俺は今、こんなワケのわからない目にあってるんだ!?
「おい、鳥居!! これどうなってんだよ!?」
「どうって、そんなに驚く事はないと思うけど」
時刻は真夜中。場所は数年前に怪異の噂とともに閉鎖されたという廃病院の地下通路だ。
街で見かけたオカルト専門の出版社『幽玄堂』のアルバイト募集ポスター。「体力と根性なら誰にも負けません!」と面接でアピールしたら、即採用。今日は「怪奇スポットの取材の荷物持ち」としてついてきた……はずだったんだ!
なのに今、俺の目の前には、カタカタと骨を鳴らす大量の『骸骨』の群れが迫ってきている。
「うおっ!?」
その時、俺の隣で綺麗な巫女服の袖を翻し、同級生の鳥居が動いた。手に持った大きな木棍を凄まじい速度で一閃。ガキンッ! と重い衝撃音が地下に響き渡り、襲いかかってきた骸骨が一撃で粉々になって吹っ飛んでいく。
鳥居小夜。同じ高校の同級生で、クラスも一緒だ。学校での彼女は、いつも高成績を叩き出す真面目な優等生。野球バカで赤点ギリギリを這い回る俺とは一切接点がなかったが、さすがに顔と名前くらいは知っている。
だが、学校で見せるおしとやかな雰囲気はどこにもない。
「矢木くんの能力は何?」
鳥居は冷徹なまでの手際で棍を振り抜き、群がる骸骨を次々と薙ぎ倒しながら、平然とした顔で俺に問いかけてきた。
「能力って……そんな漫画みたいなのあるわけねえだろ!?」
無数の骨の手に服を掴まれそうになり、野球で鍛えた俊足と反射神経だけで必死に身を交わしながら、俺は喉がちぎれんばかりに叫んだ。
俺の叫びを聞いた瞬間、鳥居の動きがぴたりと止まった。目を見開き、絶句している。
「ジョーさん、矢木くんは一般人だよ!!」
鳥居は怒りを爆発させるように、闇の奥へ向かって怒鳴り散らした。暗がりから「マジで!?」「嘘やろ!?」と、他の社員たちの動揺した声が上がる。
え、俺なんかマズいこと言ったのか!?
パニックになる俺の足元で、大量の荷物を詰め込んだ重たい肩掛け鞄が、突然意思を持ったかのように生き生きと動き出し、俺の身体を強引に引っ張った。
「うわっ!?」
鞄に引き摺られるようにして通路の端へ脱出した瞬間、俺がさっきまで立っていた場所に無数の骨が殺到し、ぎっしりと『骨の壁』を作り上げる。
なんだよこれ、マジでどうなってんだよ!
骨の隙間から向こう側を覗き込むと、そこはまさに異能バトルの真っ最中だった。
燃え盛る炎を纏った刀を持った男性が、凄まじい踏み込みで骸骨を斬り伏せている。両足に鋭い刃を装着した女性は、アクロバティックな蹴りで群れを粉砕していく。さらに遠方からは、黒くて平たい円盤みたいなものが猛スピードで飛来し、群れを真っ二つに両断した。
唖然として口を開ぐり開けている俺の前に、やがてゆっくりと足音が近づいてきた。
そこに立っていたのは、俺の面接をしてくれた幽玄堂の編集長――『ジョー』さんだった。
くたびれた神父服に無精髭。口に煙草を咥えたまま、手に持った無骨な銃をパンパンと適当に撃ち抜く。銃弾が命中した骸骨は、一瞬で黒い塵となって消滅していった。
「いやー、悪かった。まさか一般人だとは思わなかったよ」
ジョーさんは咥え煙草のまま、実に申し訳なさそうに頭をかく。
「一体何なんですか、これ!!?」
俺は限界を迎えて絶叫した。
普通の出版社で、ちょっと怪しいオカルト雑誌の取材の荷物持ちをするだけじゃなかったのかよ!?
するとジョーさんは、煙草の煙をふぅっと吐き出し、ニヤリと笑った。
「我らが株式会社幽玄堂の副業――幽霊の願いを聞いてあげる、何でも屋さ」




