【第24話】断絶する境界と招かれざる転校生
朱鷺克己との決戦から数日。私立 伊邪那岐学園は、表面的には何も無かったかのような平穏を取り戻していた。昨日まで集団催眠状態にあった生徒たちも、誰一人として「特別顧問」の存在を覚えていない。
「……。……和希くん、おはよう。……。今日も眠そうね。……。昨夜は私の夢でも見ていたのかしら?」
登校直後の教室、咲季が和希の机に腰を掛け、艶やかな笑みを浮かべる。彼女の指先には、和希が巻いた絆創膏が大切そうに残されていた。
「……。……悪い。……。少し考え事をしてただけだ。……。……それより咲季、魔力の回復は万全なのか?」
「……。……ええ、バッチリよ。……。和希くんの手厚い看病のおかげで、今なら世界だって書き換えられそうだわ。……。……あら、リリシア、貴女も今日は元気そうね」
教室の隅、和希の背後に控えていたリリシアが、慎ましく微笑む。
「……。……えぇ。……。カズキの傍にいれば、私の聖なる魔力は尽きることはないわ。……。……でもなんだか、……空気が、……澱んでいるわ」
リリシアの言葉に、和希は表情を引き締めた。朱鷺は消えたが、彼が残した「次の章」という不気味な予言が、澱んだ霧のように校舎を包んでいる。
「……。……皆、席に着け」
予鈴と共に、担任が教室に入ってきた。その表情は、朱鷺に操られていたときとは違う、純粋な驚きに満ちていた。
「……。……急な話だが、今日から新しい転校生が加わる。……。……入ってきなさい」
教室の扉が静かに開く。
瞬間、和希の心臓が跳ねた。リリシアと咲季もまた、同時に息を呑む。
そこに立っていたのは、透き通るような銀髪を靡かせた、幻想的なほどに整った顔立ちの少女だった。彼女の瞳は深い瑠璃色で、見る者を吸い込むような不思議な魔力を秘めている。
「……。……星奈ステラです。……。……理由あって、この学園に来ました」
鈴を転がすような澄んだ声。だが、その言葉の端々には、温かみのない機械的な響きが混じっていた。
「……。……ステラ……? ……。アイツ、どこかで……」
和希は記憶の底を探る。彼女の雰囲気は、異世界から召喚されたリリシアや、魔族からの転生者である咲季とも決定的に異なっていた。
無機質で、冷徹。まるで精巧な自動人形――AUTOMATAを見ているかのような錯覚。
ステラは教室を見回し、正確に和希の正面で足を止めた。
「……。……観測対象、神代和希を確認。……。……物語の攪乱要因として、監視を開始します」
「……。……なっ……!?」
静かな宣言に、クラスメイトたちがざわめく。当然だ。初対面の転校生が、特定の男子に向かって「監視」などと口にすれば、注目を集めないはずがない。
「……。……ちょっと貴女、転校早々大胆じゃない。……。……私の和希くんに変な因縁を付けるのは止めてくれるかしら?」
咲季が鋭い視線で牽制するが、ステラは微動だにしない。
「……。……個体名、瀬戸際咲季。種族コード、サキュバス。……。……貴方の存在もまた、物語の余剰データに過ぎません。……。修正の対象です」
「……。……修正だと……?」
和希の脳裏に、朱鷺が口にした不吉な語彙がフラッシュバックする。
「……。……カズキ、下がって! ……。この方からは、生命の鼓動が感じられません。……。……これは、……形を持った『法則』そのものだわ!!」
リリシアが和希の前に割って入り、目に見えない魔力の盾を展開する。だが、ステラは表情一つ変えず、淡々と事実を羅列し続ける。
「……。……聖女、リリシア・セレスティア。……。異世界からの密入国者。……。物語を崩壊させる最大のバグ。……。速やかに削除されるべきです」
「……。……お前、……何を知ってるんだ!!」
和希が叫ぶのと、休み時間のチャイムが鳴り響くのは同時だった。ステラは一礼すると、割り当てられた窓側の席へと静かに向かった。
「……。……今日のところは、接触のみ。……。……神代和希、貴方が誰を選び、どのエンディングへ進むのか……。……私が見極めます」
放課後、和希たちは緊急で図書室に集まった。朱鷺との決戦の舞台となったその場所は、今や彼らにとっての作戦本部――BASEと化していた。
「……。……あの転校生、確実に『編纂者』の息が掛かってるわね。……。……それも、朱鷺のような道楽半分の作家じゃない。……。……もっと機械的な、検閲官のような冷たさを感じたわ」
咲季が不機嫌そうに腕を組む。
「……。……えぇ。……。私たちの秘密を完全に把握していました。……。……それに、彼女の周囲だけ、因果の流れが断絶しています。……。……攻撃も祈りも届かない……隔離された特異点のよう」
「……。……あいつ、最後に言ったんだ。……。『俺が誰を選ぶか』って。……。……これって、……」
和希は二人を交互に見る。
リリシアは異世界から召喚された孤独な聖女。
咲季は幼馴染でありながら、秘めた想いを魔力に変えるサキュバス。
二人のヒロイン。そして、物語を紡ぐための魔力供給――ENERGYSUPPLY。
「……。……要するに、和希くんがどっちの女を取るかで結末が決まる……。……そういう三流なギャルゲー的な展開を、あのステラは強要しようとしてるわけね」
咲季が呆れたように吐き捨てるが、その目は笑っていなかった。
「……。……私は、……和希が選んだ道を信じます。……。……たとえ、それが私にとって悲しい結末であっても……」
「……。……リリシア、そんな寂しいこと言わないでよ。……。和希くんは欲張りなんだから、……二人まとめて守るって言ってくれるに決まってるわ。……。……そうでしょ?」
咲季が和希の顔を覗き込む。
「……。……ああ、決まってる。……。……誰も欠けさせない。……。朱鷺も、あのステラも、……俺たちの人生を勝手に弄らせやしない」
和希が拳を握り締めたその時、図書室の空気が凍て付いた。
「……。……その解答は、……不合理です」
いつの間にか、図書室の入口にステラが立っていた。彼女の背後には、無数の青白い幾何学模様のウィンドウ――INTERFACEが展開されている。
「……。……全てを救うという選択肢は、この物語の容量をオーバーさせます。……。……どちらかを選び、どちらかを棄却する。……。……それが、世界を存続させるための絶対条件です」
「……。……勝手なことを言うな!!」
和希は思わず叫び、供給のための手を二人へと伸ばした。
だが、ステラが指先を一振りすると、和希と二人の間に透明な壁――FIREWALLが立ち上がり、物理的な接触を阻んだ。
「……。……強制イベントを発生させます。……。……神代和希、貴方にはこれから『究極の二択』に直面していただきます」
ステラの瑠璃色の瞳が、妖しく発光を開始する。
「……。……今ここで、貴方の真実の愛を証明しなさい。……。……さもなければ、……この学園ごど世界のアーカイブから抹消します」
突如、学園全体が激しく揺れ、窓の外の景色がデジタルノイズのように崩れ始めた。
「……。……なっ、……学園が……消えていく……!?」
「……。……和希くん、逃げて!! ……。これ、ただの魔力じゃない……次元そのものが削られてるわ!!」
崩壊する世界の中、和希は絶望的な距離に引き裂かれた二人の手を必死に探す。
「……。……選べ……だと? ……。……そんなもの、最初から決まってる!!」
和希の魂の咆哮が、バグだらけの世界を切り裂く。朱鷺との戦いを超えた、過酷なる試練が今、幕を開ける。
銀髪の観測者・ステラがもたらすのは、救済か、それとも完全なる消去か――。
(第25話へ続く)




