↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺は聖女のキスで無双する!  作者: 阿門 甲斐吽


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
22/34

【第22話】潜伏する毒筆と放課後の甘い罠


 編集者(へんしゅうしゃ)を名乗(なの)る不気味(ぶきみ)な男(おとこ)との邂逅(かいこう)から数日(すうじつ)。学園(がくえん)を包(つつ)んでいた不穏(ふおん)な霧(きり)は一掃(いっそう)されたように見(み)えたが、和希(かずき)の心(こころ)に落(お)ちた影(かげ)は、未(いま)だ消(き)えることはなかった。


 「……。……和希(かずき)くん、そんなに難(むずか)しい顔(かお)をして、朝(あさ)から眉間(みけん)に皺(しわ)を寄(よ)せないの。……。折角(せっかく)の美形(びけい)が台無(だいな)しよ」


 登校(とうこう)風景(ふうけい)の中(なか)、隣(となり)を歩(ある)く咲季(サキ)が、呆(あき)れたように和希(かずき)の脇腹(わきばら)を肘(ひじ)で突(つ)いた。彼女(かのじょ)は以前(いぜん)と変(か)わらず涼(すず)しげな表情(ひょうじょう)を装(よそお)っているが、その瞳(ひとみ)は絶(た)えず周囲(しゅうい)の魔力(まりょく)反応(はんのう)を警戒(けいかい)しているのを、和希(かずき)は知(し)っていた。


 「……。……分《わ》かってる。……。でも、あの男(おとこ)が残(のこ)した言葉(ことば)が気(き)になってな。……。『脚本(きゃくほん)の修正(しゅうせい)』……。俺(おれ)たちの人生(じんせい)を、勝手(かって)に自分(じぶん)の都合(つごう)で書(か)き直(なお)そうとするなんて、……反吐(へど)が出(で)る」


 「……。……そうですよね。……。私(わたし)たちの想(おも)いは、……私(わたし)たちだけのものです。……。誰(だれ)にも、……何者(なにもの)にも、侵(おか)させはしません」


 咲季(サキ)の反対側(はんたいがわ)で、和希(かずき)の袖(そで)をギュッと掴(つか)んでいるリリシアが、静(しず)かな、だが鋼(はがね)のように強(つよ)い決意(けつい)を込(こ)めて頷(うなず)いた。


 「……。随分(ずいぶん)と熱(あつ)い朝(あさ)だわ。……。おかげで、朝食(ちょうしょく)抜(ぬ)きでも午前中(ごぜんちゅう)は持(も)ちそうだわ。……。ほら、二人(ふたり)とも。教室(きょうしつ)の扉(とびら)の前(まえ)よ。……。仮面(かめん)を被(かぶ)りなさい。……。私(わたし)たちは表向(おもてむ)き、平凡(へいぼん)な高校生(こうこうせい)なんですから」


 咲季(サキ)の言葉(ことば)に、和希(かずき)は深呼吸(しんこきゅう)をして表情(ひょうじょう)を緩(ゆる)めた。


 だが、教室(きょうしつ)に一歩(いっぽ)踏(ふ)み込(こ)んだ瞬間(しゅんかん)、和希(かずき)の背筋(せすじ)に寒気(さむけ)が走(はし)った。何(なに)かが決定的(けっていてき)に狂(くる)っている。目(め)に見(み)える光景(こうけい)は、談笑(だんしょう)する生徒(せいと)たちと、机(つくえ)に突(つ)っ伏(ぷ)して眠(ねむ)る男子(だんし)、賑(にぎ)やかな女子(じょし)たちの笑(わら)い声(ごえ)……昨日(きのう)までと何(なん)ら変(か)わらない日常(にちじょう)だ。


 しかし、和希(かずき)の視界(しかい)の端(はし)、黒板(こくばん)の隅(すみ)に書(か)かれた日直(にっちょく)の名前(なまえ)や、掲示板(けいじばん)に貼(は)られた時間割(じかんわり)の文字(もじ)が、微(かす)かに蠢(うごめ)いているように見(み)えた。


 「……。……咲季《サキ》、見(み)えるか?」


 「……。……ええ。……。文字(もじ)が、……生(い)きている。……。侵食(しんしょく)が始(はじ)まっているわ」


 咲季(サキ)が険(けわ)しい目(め)で周囲(しゅうい)を見回(みまわ)す。


 「……。和希(かずき)、私(わたし)の周囲(しゅうい)だけ、聖(せい)なる加護(かご)で認識(にんしき)の歪(ゆが)みを中和(ちゅうわ)しています。……。……これは、……集団(しゅうだん)催眠(さいみん)に近(ちか)い精神(せいしん)干渉(かんしょう)だわ。……。皆(みな)、……自分(じぶん)たちの行動(こうどう)を『上書(うわが)きされている』ことに気(き)づいていません」


 リリシアの言葉(ことば)を裏付(うらづ)けるように、突然(とつぜん)、教卓(きょうたく)に立(た)った担任(たんにん)の教師(きょうし)が、棒読(ぼうよ)みの声(こえ)で話(はな)し始(はじ)めた。


 「……。皆(みな)さん、静(しず)かに。……。今日(きょう)から新(あたら)しい特別(とくべつ)顧問(こもん)を迎(むか)えることになりました。……。文芸部(ぶんげいぶ)の外部(がいぶ)指導員(しどういん)、朱鷺(とき)先生(せんせい)です」


 教室(きょうしつ)の扉(とびら)が開(ひら)き、一(ひと)人(り)の男(おとこ)が入(はい)ってきた。細身(ほそみ)で、銀縁(ぎんぶち)の眼鏡(めがね)をかけ、上品(じょうひん)なスーツを纏(まと)った知性(ちせい)溢(あふ)れる人物(じんぶつ)だ。昨日(きのう)の屋上(おくじょう)にいた『顔(かお)のない男(おとこ)』とは、似(に)ても似付(につ)かない。


 だが、和希(かずき)は確信(かくしん)した。その男(おとこ)が手(て)に持(も)つ、深紅(しんく)のインクが充填(じゅうてん)された万年筆(まんねんひつ)――FOUNTAIN(ファウンテン)PEN(ペン)を見(み)た瞬間(しゅんかん)に。


 「……。……はじめまして、諸君(しょくん)。……。朱鷺(とき)克己(かつみ)だ。……。私(わたし)は物語(ものがたり)を愛(あい)している。……。特(とく)に、予測(よそく)不能(ふのう)な展開(てんかい)の果(は)てに訪(おとず)れる、残酷(ざんこく)で美(うつく)しい終焉(しゅうえん)をね」


 朱鷺(とき)と名乗(なの)った男(おとこ)の視線(しせん)が、教室(きょうしつ)の最後列(さいこうれつ)に座(すわ)る和希(かずき)を射貫(いぬ)いた。クラスメイトたちは、まるで操(あやつ)り人形(にんぎょう)のように一斉(いっせい)に拍手(はくしゅ)を送(おく)る。その音(おと)は乾(かわ)いていて、感情(かんじょう)が全(まった)く籠(こ)もっていなかった。


 「……。……アイツ、堂々(どうどう)と現(あらわ)れやがったな。……。挑発(ちょうはつ)のつもりか?」


 和希(かずき)は机(つくえ)の下(した)で拳(こぶし)を握(にぎ)り締(し)めた。


 「……。……待《ま》って、和希(かずき)くん。……。今(いま)ここで動(うご)くのは得策(とくさく)じゃないわ。……。周囲(しゅうい)の生徒(せいと)全員(ぜんいん)が、…… アイツの支配(しはい)下(か)にある人質(ひとじち)と同(おな)じよ。……。迂闊(うかつ)に手(て)を出(だ)せば、脚本(きゃくほん)に何(なに)を書(か)き足(た)されるか分(わ)からないわ」


 咲季(サキ)が低(ひく)く鋭(するど)い声(こえ)で制(せい)した。


 「……。……リリシア、お前(まえ)の魔力(まりょく)で、……皆(みな)の術(じゅつ)を解(と)けないか?」


 「……。……やってみるわ。……。でも、……相手(あいて)の力(ちから)が巧妙(こうみょう)すぎて、……一気(いっき)に解放(かいほう)すれば精神(せいしん)への負荷(ふか)が強(つよ)すぎます。……。……少(すこ)しずつ、侵食(しんしょく)を食(く)い止(と)めるしかないわ」


 授業(じゅぎょう)は淡々(たんたん)と進(すす)んだ。だが、その内容(ないよう)は異質(いしつ)だった。朱鷺(とき)は教科書(きょうかしょ)を開(ひら)くことさえせず、黒板(こくばん)に流麗(りゅうれい)な筆致(ひっち)で物語(ものがたり)の構文(こうぶん)を書(か)き連(つら)ねていく。


 『勇者(ゆうしゃ)は自(みずか)らの手(て)で、守(まも)るべき存在(そんざい)を傷(きず)つける』


 『聖女(せいじょ)の祈(いの)りは届(とど)かず、世界(せかい)は赤(あか)く染(そ)まる』


 『傍観者(ぼうかんしゃ)は喉(のど)を焼(や)き、真実(しんじつ)を語(かた)れなくなる』


 その一節(いっせつ)が書(か)き終(お)わるたびに、教室(きょうしつ)の温度(おんど)が一(いち)度(ど)ずつ下(さ)がっていくような錯覚(さっかく)を覚(おぼ)える。


 「……。……っ、……ふざけるな……!!」


 休(やす)み時間(じかん)のチャイムが鳴(な)った瞬間(しゅんかん)、和希(かずき)は席(せき)を立(た)ち、廊下(ろうか)へ出(で)ようとする朱鷺(とき)の前(まえ)に立(た)ちはだかった。


 「……。……やあ、神代(かみしろ)和希(かずき)君(くん)。……。私(わたし)の講義(こうぎ)は面白(おもしろ)かったかな?」


 「……。お前(まえ)、……何(なに)が目的(もくてき)だ。……。学校(がっこう)を巻(ま)き込(こ)んで、……何(なに)を企(たくら)んでいる」


 「……。……企(たくら)む? ……。心外(しんがい)だな。……。私(わたし)は最高(さいこう)の物語(ものがたり)を完結(かんけつ)させたいだけだよ。……。君(きみ)という主人公(しゅじんこう)が、極限(きょくげん)の絶望(ぜつぼう)の中(なか)で見(み)せる『真実(しんじつ)の表情(ひょうじょう)』……。それを描写(びょうしゃ)したい。……。ただ、それだけだ」


 朱鷺(とき)は慈悲深(じひぶか)い聖職者(せいしょくしゃ)のような微笑(ほほえ)みを浮(う)かべ、万年筆(まんねんひつ)の先(さき)で和希(かずき)の胸元(むなもと)を指(さ)した。


 「……。次(つぎ)の章(しょう)を始(はじ)めようか。……。放課後(ほうかご)、旧校舎(きゅうこうしゃ)の図書室(としょしつ)で待(ま)っているよ。……。来(こ)なければ、……クラスメイトたちの設定(せってい)を『消去(しょうきょ)』せざるをえない」


 朱鷺(とき)は軽(かろ)やかな足取(あしど)りで去(さ)っていった。


 「……。……クソッ……!」


 「……。……和希《かずき》くん、落(お)ち着(つ)いて。……。……これは罠(わな)よ。……。明確(めいかく)な誘(いざな)いだわ」


 咲季(サキ)が和希(かずき)の手(て)を握(にぎ)り、その震(ふる)えを抑(おさ)えた。


 「……。……でも、……行(い)くしかないわ。……。……皆《み》んなを、放(ほう)ってはいられません」


 リリシアの表情(ひょうじょう)も硬(かた)い。三人(さんにん)は無言(むごん)で頷(うなず)き合(あ)った。


 放課後(ほうかご)。夕闇(ゆうやみ)に染(そ)まった旧校舎(きゅうこうしゃ)は、以前(いぜん)のベルナルドの時(とき)とは比較(ひかく)にならないほど濃密(のうみつ)な魔力(まりょく)の渦(うず)に呑(の)み込(こ)まれていた。


 図書室(としょしつ)の重厚(じゅうこう)な扉(とびら)を開(あ)けると、そこには幾千(いくせん)もの本(ほん)が宙(ちゅう)に浮(う)き、紙片(しへん)が吹雪(ふぶき)のように舞(ま)う異様(いよう)な空間(くうかん)が広(ひろ)がっていた。


 「……。……ようこそ、諸君(しょくん)。……。最終(さいしゅう)稿(こう)の打(う)ち合(あ)わせを始(はじ)めようか」


 図書室(としょしつ)の中央(ちゅうおう)、朱鷺(とき)が一(いっ)脚(きゃく)の椅子(いす)に腰(こし)を掛(か)けていた。彼(かれ)の周囲(しゅうい)では、舞(ま)い散(ち)る紙片(しへん)が結合(けつごう)し、黒(くろ)い鎧(よろい)を纏(まと)った『文字(もじ)の兵士(へいし)』たちが次々(つぎつぎ)と産出(さんしゅつ)されている。


 「……。咲季(サキ)、リリシア! ……。供給(きゅうきゅう)だ!!」


 「……。……ええ! ……。分(わ)かったわ、和希(かずき)!!」


 和希(かずき)は迷(まよ)いなくリリシアを抱(だ)き寄(よ)せた。二人(ふたり)の魔力(まりょく)が交差(こうさ)し、黄金(おうごん)の光(ひかり)が図書室(としょしつ)を満(み)たす。


 「……。一対(いっつい)の絆(きずな)、…… サキュバス・エンチャント!!」


 咲季(サキ)が翼(つばさ)を広(ひろ)げ、二人(ふたり)の愛(あい)を純化(じゅんか)した魔力(まりょく)へと変換(へんかん)する。和希(かずき)の手(て)には、眩(まばゆ)い光(ひかり)を放(はな)つ聖剣(せいけん)――HOLY(ホーリー)SWORD(ソード)が形作(かたちづく)られた。


 「……。……無駄《むだ》だよ。……。どんなに力(ちから)を高(たか)めても、…… この空間(くうかん)では私(わたし)が『執筆者(しっぴつしゃ)』だ。……。君(きみ)の剣(けん)は、次(つぎ)の行(ぎょう)で折(お)れる……と、書(か)けばね」


 朱鷺(とき)が万年筆(まんねんひつ)を一閃(いっせん)させた。


 衝撃波(しょうげきは)ではない。和希(かずき)の脳内(のうない)に、直接(ちょくせつ)『剣(けん)が折(お)れる』という概念(がいねん)が流(なが)れ込(こ)んでくる。実際(じっさい)に、和希(かずき)が握(にぎ)る聖剣(せいけん)に亀裂(きれつ)が入(はい)った。


 「……。……和希《かずき》くん!!」


 「……。……くっ、……負(ま)けるか……!!」


 「……。……おや、……まだ抗(あらが)うのか。……。……なら、演出(えんしゅつ)を変(か)えよう。……。聖女(せいじょ)を、……魔物(まもの)に変(か)えてしまおうか」


 朱鷺(とき)の万年筆(まんねんひつ)が、リリシアの足元(あしもと)を指(さ)す。黒(くろ)いインクが触手(しょくしゅ)のように伸(の)び、彼女(かのじょ)の脚(あし)を絡(から)め取(と)ろうとする。


 「……。……そんなこと、…… させないわ!!」


 咲季(サキ)が間(あいだ)に割(わ)って入(はい)った。彼女(かのじょ)は自(みずか)らの指(ゆび)を噛(か)み、溢(あふ)れ出(だ)した鮮血(せんけつ)をインクに叩(たた)き付(つ)けた。


 「……。私(わたし)の前(まえ)で、……物語(ものがたり)を支配(しはい)しようなんて百年(ひゃくねん)早(はや)いわよ、三流(さんりゅう)作家(さっか)!! ……。サキュバスの真髄(しんずい)は、……他者(たしゃ)の空想(くうそう)を貪(むさぼ)り、自分(じぶん)の快楽(かいらく)に書(か)き換(かえ)えることなのよ!!」


 咲季(サキ)の魔力(まりょく)が、朱鷺(とき)のインクを侵食(しんしょく)し始(はじ)めた。黒(くろ)い文字(もじ)が、鮮(あざ)やかな桃色(ももいろ)に変色(へんしょく)していく。


 「……。……ほう。……。私(わたし)の設定(せってい)を食(た)べるか。……。……面白(おもしろ)い。……。……だが、それだけでは不足(ふそく)だ」


 朱鷺(とき)は立(た)ち上(あ)がり、初(はじ)めて殺気(さっき)を露(あらわ)にした。


 「……。……咲季《サキ》、助(たす)かった!! ……。リリシア、全力(ぜんりょく)でいくぞ!!」


 「……。……はい!!」


 和希(かずき)は折(お)れかけた剣(けん)を強引(ごういん)に魔力(まりょく)で繋(つな)ぎ止(と)め、朱鷺(とき)へと詰(つめ)より一撃(いちげき)を放(はな)つ。


 図書室(としょしつ)に、光(ひかり)と闇(やみ)の火花(ひばな)が散(ち)る。三(さん)人(にん)の共同(きょうどう)戦線(せんせん)は、未知(みち)の領域(りょういき)へと突入(とつにゅう)していった。


(第(だい)23話(わ)へ続(つづ)く)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。