【第1話】聖女召喚!
ここは、この物語の舞台となる日本のとある街、高天原市。
今宵は、不気味なほどに輝く満月に照らされて、街は静まり返っていた。
その住宅街の一角、両親が海外赴任中で一人暮らしを満喫している神代和希の部屋だけが、怪しげな紫色の光に包まれている。
和希は、度の強い丸眼鏡の位置を人差し指を立ててぐいと直した。
ボサボサの髪をかきむしり、古本屋の隅で見つけた「真・異世界召喚の書」を必死に読んでいる。
「……いでよ、俺の運命を導く者! 俺の中に眠る勇者の血が、今こそ目覚めを求めているんだ!」
中二病全開の叫びとともに、和希が床に描いた図形が激しく発光した。
突風が吹き荒れ、机の上の|フィギュアがバタバタとなぎ倒される。
「うわっ、本当に成功したのか!? これ、本物の魔法じゃないか!」
和希が目を細めて天井に現れた光の中心を凝視すると、そこには信じられない光景が広がっていた。
白い法衣に身を包み、宝石のように輝く銀髪をなびかせた、絶世の美少女が宙に浮いていたのだ。
彼女は、手に持った黄金の杖を握り直し、厳かな声で口を開いた。
「――我が名はリリシア・セレスティア。精霊の加護!Luminous・Judgement!?……ン……ト……!?」
リリシアと名乗った少女は、そこで言葉を切り、周囲を困惑したように見渡した。
つい数秒前まで、彼女は勇者パーティーと共に、魔王討伐の最中だったのだ。
「ここ、は……? 魔王城では……ない? それに、魔力が空っぽになって……くっ!」
リリシアは空中で姿勢を崩し、俺へと向かって落ちてきた。
「こ……これは……夢にまで見た空から女の子が降ってくるあのシュチュエーションじゃないか!」
理想的な|キャッチに成功してリリシアと名乗っていた美少女に視線を向ける。
「……あ、あの、俺が君を呼び出した、勇者の素質を持つ神代和希です。よろしく、聖女様!」
和希は顔を赤くしながら、挨拶をかわす。
しかし、リリシアの青い瞳が和希を捉えた瞬間、その美しい顔が目に見えて歪んだ。
「……は?」
冷たい声が部屋に響く。
「ちょっと、なんですの、その泥まみれのジャガイモが、悪意のある加工をされたようなツラ構えは? 私に何をしたの!?……ここはどこ!?……貴方はどなたですの?……魔王はいったい……」
「え、ジャガイモ……? あ、いや、これは俺の普段の姿で……」
「そんなことより早く降ろしてくださらない!」
リリシアの言動に気圧され静かに従う。
リリシアは頭を抱え、膝をついて絶望した。
しかし、絶望している暇はなかった。
この世界には魔力が存在しないため、彼女の存在を維持するための「マナ」が、急速に底を突こうとしていたのだ。
「うっ……身体が、重い……。このままでは、私の体が粒子となって消えてしまう……」
「ええっ!? 消えるって、そんなの困るよ! どうすればいいんだ!?」
和希が慌てて駆け寄ろうとすると、リリシアは「近寄らないで、ジャガイモ菌がうつるわ!」と拒絶する。
だが、同時に彼女の体が透き通り始めた。
「くっ……屈辱だけど……背に腹は代えられないわ。ジャガイモ……いえ、カズキ! 今すぐ私と|パスを繋ぎなさい! 召喚主である貴方の生命|エネルギーを補給しないと、私は消滅してしまうのよ!」
「パス? どうやって繋けばいいんだ?」
リリシアは顔をリンゴのように真っ赤にし、小刻みに震えながら言った。
「……く……口づけよ! それも、粘膜を通した深い、その……濃厚なやつ!」
「えええええっ!? いきなりKiss!? しかも濃厚って!」
「細胞レベルで魂に繋がるには粘膜吸収しか手段がないのよ!|キスならまだマシなほうよ!!……」
和希の心臓が爆発しそうなほどの速さで脈打つ。
リリシアは涙目になりながら、消えかかる手で和希の胸ぐらを掴んだ。
「勘違するんじゃないわよ! これはあくまで、私という存在を維持するための事務的な作業なんだからね! はやく……はやくしなさい、この不潔ジャガイモ!」
「そ、そんなこと言われても……」
「黙りなさい!」
リリシアは目をぎゅっと閉じ、和希の唇に自分の唇を強引に押し当て俺の中に深く入ってきた。
その瞬間、和希の脳内に雷が落ちたような衝撃が走る。
童貞の和希には刺激が強すぎた。
リリシアが俺の中に溶けていく……ドクン、と体内の生命エネルギーが逆流し、リリシアへと流れ込んでいく感覚。
同時に、リリシアの魔力が和希の中へと流れ込み、彼の身体構造を一変させた。
「おおお……なんだ、この漲る力は……! 視界が、視界が鮮明すぎるぞ!」
供給の儀式を終え、リリシアが息を切らしながら離れる。
和希は、自分の唇に残る余韻と、体から溢れ出す黄金のオーラに驚愕した。
今の自分は、間違いなく「本物」だ。
眼鏡の奥の瞳は鋭く光を放ち、全身の筋肉が鋼のように引き締まっている(本人の主観)。
「見ろ、リリシア! 俺のこの雄姿を! もはやジャガイモなんて呼ばせないぞ!」
和希は窓を開け放ち、夜風を浴びながら月に向かって格好よくポーズを決めた。
その時である。
「……ちょっと和希くん、こんな夜中に何やってるの?」
すぐ隣の家の二階から、呆れたような声がした。
そこには、パジャマ姿で窓から顔を出した少女がいた。
和希の幼馴染にして同級生で学級委員の、**瀬戸際 咲季**である。
彼女は、学園でも評判の優等生であり、昔から和希を心配して世話を焼いている。
「咲季か! いいタイミングだな。見てくれ、俺のこの勇者のオーラを! ついに俺は、この世界を救う力を手に入れたんだ!」
和希は、自分の背後に燃え盛る黄金の炎を背負い、自信満満に微笑んだ。
しかし、咲季の目に映っていたのは、全く別の光景だった。
暗い部屋の中、寝癖だらけの髪で眼鏡を曇らせ、ハァハァと荒い鼻息を吐きながら、全力で変なポーズをとっている痛い|オタク。
それが、咲季から見た和希の真実の姿だ。
「……和希くん。もしかして、また夜中まで変なアニメ見てたの? 明日は一限目からテストなんだから、もう寝なさい!」
咲季の瞳に、深い、本当に深い同情と憐れみの光が宿る。
「違うんだ! 嘘じゃない! ここには本物の聖女様もいるんだ!」
「はいはい。おやすみ……」
咲季はパタンと窓を閉めた。
その瞬間、和希の足元に、キラリと光輝くピンク色の結晶が転がった。
「あ……これ、『愛のDrop』だわ!」
床に座り込んでいたリリシアが、目を輝かせてそれを拾い上げる。
「咲季さんが、貴方に対して『心から同情して救いようがないと思った慈愛の心』が具現化したんだわ!これを集めていけば、その膨大なエネルギーを使って元の世界に帰ることが出来るかもしれないわ!」
「……手放しで喜べない理由があるんだが、俺のこの勇者の威厳はどこへ行ったんだ?」
黄金のオーラ(本人の主観)を纏ったまま、和希はガックリと肩を落とした。
こうして、不潔なジャガイモ扱いのオタクと、毒舌聖女による、勘違だらけの救世主生活が幕を開けたのである。
(第2話へ続く)




