第五章 82話 父上と今回の騒動
1554年4月20日
父上の容体が回復してきたため、父上の屋敷に集まった。
鎌田内膳叔父は松本城に戻り、湯塚玄蕃叔父は春日山城に戻った。
黒田掃部叔父はまだ沼田城を攻めている。
父上の部屋に祖父、大久保伊勢叔父、俺がいる。
父上はやっと起き上れるようになった。
広心「右京、もう身体はよいのか?」
信秀「はい、何とか。武衛の応急処置が素晴らしかったと聞いたぞ。助かった。ありがとうな。」
信輝「いえ、ご無事でよかったです。」
信秀「しかしまだ撃たれた部分に近い左肩や、左腕に力が入りません。医者が申すには、以前と同じように動かすには相当時間がかかるかもしれないと。」
大久保伊勢「それは困りますね。馬を操るのに支障がありそうだ。」
広心「そうだな。政治には影響はないだろうが、戦の指揮は難しいか?」
信秀「激しく動かなければ馬にも乗れるとは思いますが。」
広心「そうも言っていられまい。」
信秀「そうですね。これを機にわしも隠居をしてもいいかと考えています。命がなくなってもおかしくなかったわけですから。武衛はもうしっかりしていますし、問題ないでしょう。」
大久保伊勢「武衛なら大丈夫でしょう。我々もまだ支えられますし。」
広心「そうじゃな。この騒動が落ち着いたらそうしてもよいな。」
信秀「武衛、そういうことだ。しっかりな。」
信輝「はい。」
信秀「よし。ところで、備後もわしと同じく撃たれたと聞きましたが、備後は?」
信輝「はい。備後も父上と同じく左腕を撃たれ、一時は生死を彷徨いましたが、父上より先に回復し、もう元気になり、左腕に違和感があるとは言いながら、政務に復帰しております。」
広心「そうなのじゃ。備後の気力はすごいぞ。まだ万全ではなかろうに。まあ、右京と違って撃たれた部分が四肢だったのがよかったみたいだが。」
信秀「そうか。よかった。まだまだ備後には働いてもらいたいからな。でもそうなると、わしも早く復帰しなくてはいけませんな。」
信輝「ご無理なさらずに。」
大久保伊勢「兄上、しばらく私は大峰におりますので、ご心配なさらずに。まずは養生してくだされ。」
信秀「ああ、悪いな。頼んだぞ。」
広心「それで、斉藤勢と長尾景虎勢はどうだったのじゃ?」
大久保伊勢「はい。今回の件は何かがおかしいです。我らは何者かに踊らされているとしか考えられません。何だったのか一体。兄上と備後が撃たれたことも我らを揺さぶることだけが目的だったとしか思えません。」
信秀「それで撃たれたこちらはたまったもんじゃないぞ。」
広心「まあ、命が無事で何よりじゃったな。又右衛門だけが惜しいことになった。」
信秀「そうですな。」
大久保伊勢「又右衛門は責任感が強かったですからね。」
広心「武衛、その後何かわかったか?」
信輝「いえ。本当に斉藤勢も、景虎勢も撤退しました。我らを引き付けておきたかったとしか思えませぬ。」
信秀「ということは、今まさにどこかで何かが起きているということだぞ?」
信輝「はい、そう思い、領内を隈なく戸隠衆に調べさせていますが、何も起きておりませぬ。」
広心「そうか。では領外はどうじゃ?嫌な予感がしてきた。」
信輝「領外ですか?」
信秀「公方様ですか?」
広心「我らを引き付けておいて公方様のもとに攻め込む輩がおるやもしれん。」
大久保伊勢「公方様を攻めるような真似しますかね?」
信秀「実際、六角、細川ならやりかねん。」
信輝「まさか。それに、距離的に我らが助けに行けるかわからないですし、もしそのためだったとして我らを邪魔するためだけにそこまでやりますか?」
広心「わしら大峰の者は公方様のためなら行かねばなるまいて。何としても。これは、もしや大峰のことを知った者がおるのやもしれんな。」
信秀「まさか。」
大久保伊勢「大峰のこととは?」
信輝「何かあるのですか?」
広心「その話はまた後じゃ。すぐに京の様子を探りに行かせよ。急いでじゃ。兵の準備もさせよ。ここ大峰ではなく直接直江津に集めよ。行けるだけなるべく多くじゃ。甚右衛門にも船を頼め。」
信秀「わかりました。すぐに。伊勢、八善屋に連絡してすぐに船の用意を。武衛、まずは大峰から一万を直江津に集めよ。各城からも最低限の兵だけ残して順次、直江津に集めよ。掃部だけはそのまま沼田を攻めさせよ。」
大久保伊勢「ハッ。」
信輝「わかりました。」
信秀「父上、万一に備えて隼人が行っておりますが?」
広心「隼人なら大丈夫かとは思うがな。武衛、まずはすぐに戸隠衆を京をはじめ近畿中に行かせ情報を集めるのじゃ。」
信輝「ハッ。」




