第五章 81話 挟み撃ちと空振りの出陣
1554年4月16日
この日、家臣たちが政庁に集まった。
父上、備後はいない。
黒田掃部は前橋城、鎌田内膳は松本城、湯塚玄蕃は春日山城、高梨勘解由は飯山城、真田弾正は渋川城、馬場美濃は伊勢崎城、内藤修理は藤岡城、仁科盛政は安曇郡。安倍主水、隠岐は上州で土木作業。戸田隼人は京。
ここに集まったのは、大和入道広心、大久保伊勢、山下兵庫、中村主計、島津大隈、小笠原佐八郎、笠原弥九郎、大井勘十郎、上泉壱岐、森三左衛門、堀秀重、奥田直純、藤堂虎高、井伊直親、蒲生賢秀。
それに俺ら六神隊の将たち。
信輝「軍議を始める。まず、既に皆聞いているように、越後春日山城に向かう途中、父上と備後が鉄砲で射撃された。幸いなことに命に別状はなかった。下手人も大岩衆が処断してくれている。ただ、まだ本日はここに来れないため、私が取り仕切る。宜しく頼む。」
一同「ハッ。」
信濃を中心として広く描かれた地図を広げた。
信輝「地図を見ながら聞いてくれ。現状を確認する。現在我々は二勢力から攻められようとしている。」
一同、地図を見る。
信輝「まずは西。斉藤勢が美濃から筑摩郡の木曽に攻め入ろうとしている。大将は長井道利殿。兵力は一万二千。現在は多治見辺りまで進んでいるようだ。攻めてきているのは美濃勢だけで、飛騨、越中は動きがない。先日一族となった木曽勢が迎撃しようとして構えている。」
一同、地図を見ながら頷いている。
信輝「次に北。先日大峰領となった越後の春日山城、頸城郡に長尾景虎勢が東から迫っている。数は一万五千。おそらく明智光秀勢もいるだろう。鉄砲も相当な数を揃えていると考えられる。」
一同、今度は越後を見る。
信輝「南は、武田、北条ともに友好関係にあるため問題はない。問題は美濃と越後。我が兵は、大峰に一万二千、安曇に千、木曽に千、松本に五千、上田に千、龍岡に五百、上州に合わせて一万五千、飯山に千、春日山に三千だ。どのように対応するのがよいか皆の意見が聞きたい。」
色々な意見が出たが、大きく分けると二つとなった。戦力を二つに分けて戦うか、どちらかに戦力を集中して戦うかだ。
相手の意図を考えてみる。
ここで大峰を挟み撃ちにすることに何か戦略的意図があるか?
斉藤勢は木曽を取りに行くことにそんなにメリットはないはずだ。
長尾景虎殿の助勢?大峰の動きを二つに釘付けにするため?
いや、何のために?
いや、結果よくわからん。とにかく領地を守らなくては。
とにかく、斉藤は木曽に執着はないはずだ。西は退けることを第一にしよう。
長尾勢にはしっかり備えた方がいいな。
皆の意見を参考に、結果、三つに分けて戦うことにした。
まず、西の斉藤勢に対しては、木曽義康の木曽勢が千、鎌田内膳の松本勢が四千、俺と六神隊が二千二百。全部で七千二百。大将は鎌田内膳。
そして、北の長尾勢には、高梨勘解由の飯山勢千はそのまま城に、湯塚玄蕃の春日山勢二千、大久保伊勢、山下兵庫、中村主計の上田勢、龍岡勢、大峰勢合わせて一万。全部で一万二千が頸城郡に出陣。大将は大久保伊勢。ここに集まったほとんどの武将がここに所属。
上州勢は、前橋、伊勢崎、藤岡、渋川に少しずつ兵を残し、黒田掃部、真田弾正、馬場美濃、内藤修理の一万三千で上州の長尾勢力である沼田を攻める。大将は黒田掃部。
作戦は、斉藤勢に対しては、山岳戦ができる南部馬の騎馬隊でゲリラ戦を繰り返し、雑賀隊で将を狙っていき、いち早く撤退させること。
長尾勢に対しては、大久保軍は守りを第一として、攻められないこと。黒田軍は沼田城を落とすこと。沼田城の少し北には、現在の長尾景虎殿の居城である栃尾城がある。沼田城を落とせば長尾景虎勢は撤退するだろう。
ここまで決めて翌日出陣することにした。各武将たちには使者を送った。
大峰兵たちは、全員が軍靴を履いているため、移動速度は速い。急げばすぐにそれぞれ目的地に着くだろう。
陣昼食も以前から色々と作っているものを持っていこう。
1554年4月17日
俺たちはそれぞれの部署に向かって出陣した。
俺たち六神隊としては初陣となる。移動は六神隊だけなので早い。全員が馬に乗っている。
途中、松本で一泊し、大峰を出て二日目には木曽に着いた。
木曽福島城から少し南に行った、南木曽の辺りに布陣していた陣に入った。
既に木曽勢、松本勢は到着している。
信輝「内膳叔父上、お久しぶりです。」
鎌田内膳「おう、久しぶりだな。今回の件、何かがおかしい気がするが、今はとにかく目の前の敵を倒すことに集中するぞ。」
信輝「はい。」
木曽義康「木曽義康と申す。」
信輝「大峰右兵衛督信輝と申します。この度は宜しくお願い致します。」
木曽義昌「初めてお目にかかります。木曽義昌と申します。宜しくお願い致します。」
木曽義康偉そうだな。まあ、義昌がしっかりしてそうだからいいか。
挨拶を済ました俺たちは簡単な作戦会議をした。
斉藤勢はすぐそこの恵那まで来ている。
これを迎え撃つわけだが、俺たちが機動性を活かしてゲリラ戦法を取るので、このまま木曽勢、鎌田勢にはここに陣を構え迎撃の態勢を取ってもらうことをお願いした。しかし、これには木曽義康が反対。臨機応変に動きたいと。
じゃあ、好きにしてくださいってことで、山中の狭い地形を利用して木曽勢は勝手に動くことになった。
木曽義康わがまま。大峰に降伏したんじゃないのかよ。義昌に嫁いだ年下の叔母がかわいそうだ。
松本勢、俺たち六神隊は連携して、鎌田勢が構えているところに敵が寄せてきたら、俺たちがこれを奇襲するという作戦にした。
そして、すぐに斉藤勢が寄せて来たのだが、特に何をするでもなく、山中を駆け回っていたら、勝手に撤退して行った。討ち取った敵も数人。討ち取られたものは運がなかったとしかいいようがないくらい戦らしい戦もなかった。手柄などあるわけもなく、何もなかったと言っていいほどだ。
何だったんだ?もしかして長尾景虎が本命か?
そう思い、後は内膳叔父に任せ、行きと同じく二日で大峰まで戻った。
そこでは驚いたことに、越後に出陣していた大久保軍も帰ってきていた。
大久保軍も、長尾景虎勢が簡単に退いて行ったことで、斉藤勢が本命かと急いで戻って来たらしい。




