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戦国野望  作者: 丸に九枚笹
第四章
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第四章 63話 大峰城の探索と未来の軍編成

1553年10月22日


予定通り近臣衆に兵部、左近、新次郎、孫一、源左衛門を加えることにした。

今日は、城内を移動するだけなので、近臣衆、小姓衆に加え、俺の弟たち、一族家臣の子たちも連れて来た。


連れて来たのは、


大峰武蔵守信政 13歳

大峰播磨守信久 12歳

大峰越前守信武 11歳

室賀飛騨守政賢 13歳

山下淡路守尚和 12歳

中村図書助清憲 13歳

安倍上野介信満 12歳

大久保相模守信純 13歳

大久保安芸守信時 11歳

黒田出羽守信親 10歳

鎌田式部少輔信成 12歳

湯塚大膳亮信豊 11歳


たちだ。


皆、祖父のカリキュラムで学び、武芸、馬術を鍛えられ、新陰流の修行も行っている。

幼い頃から、浅川園の産物を食べて育ち、医食同源の影響をしっかり受けてきているので、骨格も大きく、健康で丈夫に育った。剣の修行のお陰で心も鍛えられている。

近い将来、一軍の将として、俺の右腕、左腕になれるだろう有望な若者たちだ。


まずは天守近くに集まった。


俺や近臣衆、小姓衆は行ったことがない場所なので、彼らに先導してもらうことにした。


皆馬に乗って、ばらばらと北に向かって進み出す。

先頭には越前、大膳、出羽。この三人は猛将タイプ。大きな声で話している。

次に続いているのが、播磨、式部、安芸。この三人は智将タイプか。昔から策を立てたりするのが好きだった。

その次に俺ら。俺の後ろに小姓衆、その後ろに近臣衆。

俺の近くには武蔵、飛騨、相模。この三人は政治タイプ。周りを見る力がある。俺が京にいる間、この武蔵がこの面子をまとめていたようだ。飛騨と相模が補佐していたように見える。飛騨は武蔵の偏諱をもらっている。

上野も俺の側にいる。これは俺の補佐かな?

淡路は近江と、図書は下総と話している。

同じタイプは軍にするときに分けた方がいいのかもしれないが、分けずにこのまま同じ方面軍として使ったら面白いかなと考えている。


まあまだ先の話だ。



山頂から見て、東は三ノ丸、二ノ丸、上松門から登ってきた道。

南は、葛山曲輪へ繋がっている。

武蔵に聞くと西は、防御施設があると聞いていたが、城内馬場や、鉄砲の訓練場があるそうだ。

そして北に浅川園。最初に造られた時の何倍にもなっているらしい。西側の馬場、訓練場の外側にも牧場が広がっているということだ。牧場と言っても、山のままにしているところもあり、そこで山でも馬が走れるように調教しているそうだ。


浅川園の拡張や、馬場、訓練場は大人たちだけでなく、ここにいる者たちも、武蔵を中心にして意見を出したらしい。


皆の成長を感じた。ここにいるのは既に元服したものだけだが、まだ下にも一族がいる。優秀な将候補がたくさんいて助かるわ。


北に向かって屋敷が立ち並んでいる中を抜けると、紅葉が眩しい林となった。この辺は屋敷から近いし、ここに建物もあるし、妻たちを連れて皆で紅葉狩りに来てもいいな。少し行くと今度は桜並木になった。今は花はないが、春には花見ができる。そんなことを考えていると、門が見えてきた。門の向こうには、既にずっと浅川園が見えている。右を見ても左を見ても先が見えない。建物も増えているようだ。大峰の財政を支えているだけある。


浅川門をくぐり、浅川園に出た。ここは浅川園の端の方らしい。ここから西の山の方に広がっていると武蔵に説明を受けた。十年前、俺の発案で始まった浅川園だが、牧場、菜園、薬草園、酒蔵に、様々な工場などの建物も加わって、多くの人が働いている。何十万貫と生み出すこの浅川園は当主直轄であり、実際の管理は今、全て安倍家が行っているそうだ。上野が何でも聞いてくださいと言っている。今後も、浅川園と、農業に関しては、隠岐殿を継いでこの上野が活躍してくれそうだ。


南浅川からいくつも分岐させて園内を水路が流れており、道が整備され、花なんかも植えられているため、ちょっとした観光スポットのような景色だ。ここにも妻たちを連れてこよう。周りは塀や堀で囲まれており、戸隠衆の警備もあるそうなので、安全だろう。ここも城内だし。


上野の話を聞きながら西へ進んで行くと、左手に馬場が見えてきた。が、まだまだ浅川園は続いている。左手に馬場を見ながらそのまま西に進むことにした。ちなみにここから見て、馬場の向こう側、つまり南側に鉄砲の訓練場があるらしい。大峰銃を作っている鍛冶も住んでいる。そこから葛山曲輪に続いている。これは武蔵が教えてくれた。

なんとなく大峰城の全容が見えてきた。


そして牧場となってきた辺りをまだ西に進んでいると、整備されていない山へと道が続いている。

ここが馬を山でも走れるように訓練している場所だそうだ。ほぼ山そのまま。一見放し飼いにしているようにも見える。そこはちゃんとやっているそうだが。そのずっと向こうに塀と堀があって、そこが大峰城の西の端となっている。

広い。よくこんなの造ったね。さぞ金を費やしたのでしょう。

でもそれが金を作り出すのか。すごいな。

三年いなかったから浦島太郎気分。

近臣衆も驚いていた。


西の端の門を出ると猪や鹿などの狩りをできる山がある。今度久々に狩りも行こう。

そのさらにずっと西に戸隠衆の里があると。

戸隠衆も人数増えて七百五十人くらいいるらしい。

助かる。まだ隼人が棟梁だが、俺の側にいる采女がいずれは継ぐことになる。あと、采女の二人の弟、大学正信胤と織部正信興も近々俺に仕えることになっている。どちらかは、この武蔵に付けてもいいかもしれないな。



ぐるっと回って、西側の馬場に戻ってきたときにはもう日が暮れかけていた。

広かった。そして人がたくさんいた。馬場門から本丸へ戻り、屋敷に帰る頃には暗くなっていた。



案内してくれた皆には礼を言い、また日を改めて、俺の屋敷で宴を開くことにして別れた。

この人数で宴をするとなったら、俺の居住区の宴会場じゃ狭いな。大広間しかないから、大広間を板敷から畳敷きにしてもらおうかなと考えながら、屋敷に入った。


屋敷の者たちに迎えられ、小部屋の方に戻った。


食事はここに持ってきてもらい、風呂も自分専用のところを使い、その日は終わった。


この屋敷住み心地いいわ。よかった。改築してもらって。



後で侍女から教えられのだが、妻たちは大部屋の方で俺が来るのを待っていたと。ちょっとでも顔を出せばよかったと思った。


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